白峰三山遠征記【第3日】
            〜大門沢小屋から奈良田〜

出発点の大門沢小屋。この二階が昨夜の宿
平成20年 8月11日(月)
【天候】晴れ
【同行】別掲


 いよいよ最終日だ。昨日、アルバイトしたお蔭で今日は割合に楽な行程になる。とはい
うものの、そこは大アルプス。大門沢小屋のある標高1776mから奈良田第一発電所の
Ca800mまで高低差凡そ1000m、下るだけで4時間。奈良田に降りてホッとした時
には、前日までに弱っていた足腰は完膚なきまでにへろへろになっていたのでした。(笑)

 4時半だったろうか、宿舎に電灯が点る。朝食は5時から。韓国の団体のキャンセルが
あったとかで、一人に布団一組という幸運に巡り合い、枕が代わると寝られないデリケー
ト?な性分が売りの小生も、割りにぐっすり眠れた夜である。空は好天を約束するかのよ
うに藍色からやや白い青に変わろうとする。小屋の正面には富士山が薄っすら霞んでいる。

 5時半頃から次々に出発するのは、これから農鳥岳へ向う者、そして奈良田へ下る者。
その中に混じって、小屋横の沢に下りて右岸沿いに折れる。濡れた大きな石混じりの小道
を行くと、直ぐに現れる丸太の梯子橋。これがなかなかの曲者なのだ。電信柱位の太さの
丸太を二本渡し、それに板を打ち付けただけの代物。飛沫に濡れて滑りやすい上に、下は
大きな岩を噛む激流。それでなくても踏ん張りが効かなくなっている足は小刻みに震える。
(滑るなよ)内心願いつつ、ほうほうの体で渡り終えたけれども、聞けばこんな橋があと
何箇所かあるそうな。「・・・」絶句する小生。隠してはいるが、実は高所恐怖症なので
ある。(笑)
大門沢に架けられた丸太の梯子橋をおっかなびっくりで渡る

 その後も、タマガワホトトギスの黄色い花が揺れる岩壁に渡した桟道を伝ったり、人の
腰の高さほどもある大石の間を飛び渡りなどしながら進む。ほとんど土の部分は無く、そ
ういう意味ではまことにワイルド、歩きにくい道である。二番目の丸太橋は最初よりも何
故か渡り良く、三番目のは前者二つの中間くらいか。その間、沢は徐々にその水量を増す。

桟道。こちらは手摺りがあって安心

 次第に小道は沢を離れ始める。少し登りだ。こんな少々の登りでも、ヒィーヒィー、歩
幅が小さくなっている小生。もう末期症状だ。(笑) そんな感じで何とか小さな尾根を乗
っこすと、人の手が入っていないような森になる。沢音が消え、鳥の声とエゾゼミか何だ
か分からぬが蝉の鳴き声のみの世界である。道はほぼ等高線に並行して山腹を辿る。そし
て1616m標高点付近を過ぎると最初の難所に出る。広河内岳から東に延びる尾根が広
河内に侵食された部分を一気に下るのだが、木の根を掴んでの急勾配かと案じていたら、
古くからの山仕事道なのか、イワタバコの花が揺れる岩を過ごすと、峠の古道に良くある
ようにジグザグを切って降りてゆくので安心。やれやれ。降り切るとそこは広々として、
大台ケ原を彷彿とさせる風景が眼前に展開する。ガスると少し分かり難いかも知れないが
ヤブもなく歩きよい。先行していたグループが三々五々小休止を摂っているのもこの辺り
だ。この付近だったか。「大門沢小屋1時間半、奈良田2時間半」の道標を発見する。ま
だまだ先は長い。
大台ヶ原に似た森が現れる

 その台地を過ぎると今度は大コモリ沢へ向っての急降下である。左手かなり下に再び広
河内の泡立つ白い流れが見える。木梯子を伝ったりしながらも気がつけばあっという間に
流れの近く。大コモリ沢に架かる丸太橋をおっかなびっくりで渡ると、もう大きな傾斜は
ないようだ。向こう岸にはフサフジウツギの薄い赤紫の房状の花がある。

 小コモリ沢は常も水量がそれ程でないらしく橋が無い。「良かったぁ!」すぐさまゴロ
ゴロ石の沢に下りて顔を洗う。冷たくて気持ちいい。

 もうここまで来れば丸太橋ともお別れだろう。沢は余程太くなり、とても丸太橋なんか
架けられそうにない。それに地形図を見ると、もう少し下れば発電所の水路トンネルとそ
の取水口があるはずである。そうすれば少なくとも管理道があって、それなりに整備され
ているであろう。案の定、左下に大きな鉄格子に覆われた取水口と長さ20mほどの立派
な吊橋が現れた。こちらは両手を支える所があるので下を見る余裕もある。クラクラ揺れ
るのを楽しみながら渡り終える。なに、ブランコの要領、高所恐怖症でもこんなのは怖く
ないのだ。(^^; 

 取水口からの水を貯める池の横を通って、次の吊橋へ。こちらは長さは40mくらいか。
説明板には山梨県企業局の管理とあって、同時に二人以上は渡るなと注意書きがある。こ
う書かれていると二人で渡りたくなるのが人情だが、「良い子はちゃんと決まりを守りま
しょう。」(笑)

発電所の取水口と吊橋。ここから道は俄然良くなる

 三番目の吊橋の近くでは大きな堰堤工事が行われていて、登山路は付け替えられている
らしく、工事現場の外周を巻く形になっており、何とも風情が無い。吊橋で左岸に渡って
しばらくすると、林道突端から取り付けられた堰堤作業道に飛び出したのである。

大砂防堤工事の作業道に出てきた

 ピンクのツリフネソウが揺れる道は日向で暑いと思われたけれど、適度に木々の影もあ
り、またここいら辺りであっても、金剛山の山頂遊歩道とほぼ同じ標高とあって、それほ
ど厳しい暑さでもない。途中、左手にある登山者休憩所の東屋には先行の男性ペアが休憩
中である。

 作業道に出て凡そ小一時間。発電所の建物が遠くに見えてきた。出て来た所は、往路で
乗合いバスが停車し、二人連れが降車した場所である。その時、なんでこんな所でなどと
不思議に思ったことだったが、そうか、農鳥岳へ登るペアだったらしい。

 もう緊張も解け、南アルプス林道をのんびりテクテクと南へ向う。早川にかかる大橋を
渡って10分もすると、見覚えある寺の甍、駐車場はその前である。

 「フーッ!もう歩かなくて済むわ」偽らざる実感である。残った水を全部飲み干す。こ
うなれば風呂、風呂、風呂。ところが、町営の『女帝の湯』は12時からだという。仕様
が無いので、県道を下り西山温泉郷へ。幸い町営の『湯島の湯』が営業中である。

『湯島の湯』の洗い場。中央の木樋に新鮮な湯が流れている

 何が幸いするか分からない。『女帝の湯』が開いていないお蔭で、いい湯にあたった。
露天風呂のみで全部懸け流し。しかも貸切状態だ。それが500円で利用できるのだから
有難い。洗い場で湧き出した湯は木の樋を伝って露天風呂の湯船に流れていくのだが、樋
を流れる湯は垢が入らぬよう専用の桶ですくって、洗い場で使う仕組みである。青空の下
で久しぶりに使う湯は最高である。でも腕や顔は日焼けでヒリヒリ。あらためて気がつけ
ばえらく焼けているのだった。

 アサヨ峰の経験はあったが、山小屋利用で本格的に登った南アルプス。しかし、低山徘
徊が主の高山初心者にとって、いきなり南アルプス核心部、日本最長の3000m尾根を
行く白峰三山縦走は、些か無謀であったかもしれない。高山に向かない体質もあって、登
る前日の体調準備も他にも増して重要である事を認識した次第である。とはいえ、三山を
踏破したという何物にも代えがたい充実感だ。山嶺から眺める富士、見渡せばグルリと3
000m級の山々。可憐な花々。はなから諦めるのも勿体無い。体調その他、色々吟味し
ながら挑戦してみたいものである。それほどの魅力を持つアルプスでありました。単独で
は最初で引返していたであろう小生を引っ張っていただいた同行の皆さんに感謝です。



【同行】あかげらさん、修ちゃん、たらちゃん、ちかちゃん、ハム太郎さん、
    水谷さん(五十音順)

【タイムチャート】
6:15大門沢小屋発(1,776m)
8:03大コモリ沢
8:50発電所取水口の吊橋
9:05森山橋
9:15林道出合
9:45林道南アルプス線出合
10:15奈良田駐車場


■『白峰三山遠征記【第1日】〜広河原から三千mの肩へ〜』は こちら
■『白峰三山遠征記【第2日】〜いよいよへろへろ三山縦走〜』は こちら



大門沢コースのデータ
【所在地】山梨県南巨摩郡早川町
【標高】2840m〜800m
【備考】 農鳥岳から広河内岳と続く南アルプス主稜線から、大門
沢小屋を経て奈良田へと出るコースです。稜線から小屋
まで1000m、小屋から奈良田まで1000m、それ
ぞれほぼ3〜4時間の行程では、ハイマツなどの高山植
物からダケカンバ、ツガ、モミと植生の変化を楽しめま
す。ただし非常に厳しい地形の為、装備はしっかりと固
める必要があります。
【参考】
エアリアマップ『北岳・甲斐駒』



   トップページに戻る

inserted by FC2 system