白峰三山遠征記【第2日】
            〜いよいよへろへろ三山縦走〜

中白根山付近から青空に映える北岳を振り返る
平成20年 8月10日(日)
【天候】晴れ
【同行】別掲


 第二日目。山小屋の朝は無茶苦茶早い。午前3:45、灯りが点く。ゴソゴソと動き出
す宿泊客。そこで教訓。「山小屋は早く到着して早く寝ること。さもなければ寝る時間が
減ります」(^^;  4:00、第一陣食事。我々の朝食は何時だったろうか。4:30だ
ったか?日の出は4:50と聞かされていたので、卵かけご飯を平らげて小屋前に出る。
もう周囲は明るく、日の出を拝まんとする宿泊客がかなりの人数、集まっている。太陽は
鳳凰三山付近から上がるらしく、地蔵岳のオベリスクの向こう側にたなびく雲が黄金色の
朝やけに染まっている。今日も好天らしい。

日の出前に見る富士山のシルエット

 小屋の玄関横の石垣脇に出ると富士が見える。白く霞んでいるが山頂まではっきり見え
る。でもデジカメにはどうだろうか。ちゃんと写っているだろうか。と見る間に太陽が上
がってきた。雲の隙間から顔を覗かせた丸い橙色は甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、八ヶ岳などを
薄っすらアカネ色に染め上げる。なかなか厳粛な世界である。

朝5時。鳳凰三山の向こうに太陽が昇る

 乾いた爽やかな風が吹き抜ける。三々五々出発する人々に混じって、全員、整列。5:
20、いよいよ、今回のハイライト、第二日目のスタートである。大丈夫かい?昨日の事
もあって、内心、一寸弱気な小生である。(^^;

早朝5時20分、肩ノ小屋から出発だ

 肩ノ小屋の東側を通って目の前に盛り上がる朝日に淡い赤に染まる北岳に向かって出発
する。まだ本日のトレッキングは始まったばかりではあるが、10時間以上横になってい
た所為か体調は昨日よりは幾らかましなようだ。そのお蔭で周囲を見渡す元気もある。(^^;

 森林限界を超えているので全く樹林はなく、せいぜいハイマツが生える程度の本当に岩
だらけの世界だ。そんなほとんど栄養源のない礫地なのに、高山植物が可憐な花を付ける
のは何故だろう。昨日の雹に当たった所為か、イワギキョウがしおれ加減である。

 ジグザグに石ころだらけの歩き難い斜面をやっとこさ。岩だらけの稜線に出る。ケルン
が積まれてあり、休んでいる人々も多い。ここは両俣小屋分岐でその方面を示す指導標が
立つ。両俣尾根は肩ノ小屋から西に延びているのが望めた尾根だろう。小屋までは行程3
時間だという。北岳の裾を巻いた早川の上流野呂川沿いに立つ小屋からは仙塩尾根にも登
れるようだ。
北岳山頂は意外にも城跡のように平坦だ

 山頂間近の岩尾根に人だかりがある。「なんだ?なんだ?」早速、首を突っ込んだ。す
るとフェレットに良く似た小動物が岩陰をチョロチョロしている。オコジョだそうで、ど
こかに巣があるんだという。すばしこいのでピント合わせに苦労したけれど、なんとか1
枚ものすことが出来た。

オコジョ(黄色の丸印)

 そこから一、二分で山頂。富士山に次ぐ日本第二の高峰なのだが、存外、そんな高峰に
登ったという感慨はない。今思えばそれよりやっと着いてくれたかの思いの方が強かった
ようだ。肩ノ小屋から仰げば近そうに思えた山頂だったのだが、偽ピークのそれだったの
だろう。標高差200m足らずに、1時間近くのアルバイトを強いられたのである。当た
り前だろう。西側の山並みに落とす北岳の黒々とした大きな影が証明している。

北岳の大きな山体の影が西の峰々を覆う

 流石に本邦第二の高峰からの眺望は絶佳である。富士山は白く霞み、たなびく裾野しか
分からなくなってしまっているが、南にはこれから縦走する間ノ岳、その左の肩には農鳥
岳。やや右に見えるドーム状の大きな山は塩見岳とのことだ。西北は大きなカールを見せ
る仙丈ヶ岳でいずれも三千m峰である。更に西側、伊那谷の向こうの長大な山脈は中央ア
ルプスで、北に目を転ずれば甲斐駒が白い尖峰を突き上げて、青く八ヶ岳連峰が雲間に浮
かんでいる。どっちを向いても山また山の世界である。三等三角点に五体倒置して小休止
だ。国内第2峰登頂記念。折角なので記念写真を撮ってもらおう。(^^;

山頂にて筆者。もうへろへろやあ

 北岳地蔵と呼ばれる素朴なお地蔵さんに南無妙法蓮華経の髭文字が彫られた石碑。流石
にここは日蓮宗の本場、身延山に近い。そのお地蔵さんに別れを告げて腰を上げる。

 さて今日の行程にここより高い箇所はない。つまり基本的には下り基調になるから、少
しは楽になるだろうとの甘い思いは、地図を見て無残にも崩れ去る。そう、次の間ノ岳は
北岳よりほんの1、2m低いだけなのだ。そして南アルプスの主稜線の姿が見えるに及ん
で失望感?は決定的となる。鋸の歯状にアップダウンを繰り返した先の間ノ岳の山体の大
きいこと。そう、ここは近畿の低山尾根ではないのだ。天下のアルプス。大きさを実感す
る。

 八本歯のコルからの道が左から合わせて、ほぼ一直線で尾根のやや下側を下っていく。
北岳小屋の赤い屋根が遙か下の尾根のたわみに見えるが、あそこまで行かなくてはならな
いのか。折角、稼いだ高度を吐き出すのが惜しい。

北岳山荘北付近から眺める北岳と仙丈ヶ岳

 1時間強で到着した北岳山荘は山梨県が運営している公営施設。それらしく瀟洒な建物
だ。トイレもバイオトイレで利用した人に聞くとなかなか快適だったらしい。その管理棟
横でザックを下ろし、パンを齧っていた時だったろうか。Sさんがイワヒバリがいるとい
う。見れば体長十数cmで茶色に黒い斑点がある、下嘴が黄色いのが特徴の鳥である。余
り人を恐れる風でもなく近くを飛ぶ虫を食べている。これならコンデジでも近寄って大丈
夫だ。(笑)

 北岳小屋は主稜線を少しだけ外れており、イワヒバリの目撃地点の上の主稜線へ戻って、
次の間ノ岳へ。最初に越えねばならないのが中白根山である。しばらく続いた平坦地も終
わって、約100mの登りにかかる。中白根山は三角点は無いが3055mの標高点ピー
クで、一応の独立峰だ。白根三山の中ではなだらかで、やや情勢的な感じがする山である。
南南西に向っていた縦走路はここで南南東に向きを変える。相変わらずの岩尾根は延々と
続くかに見える。疲れに足を停めて振り返れば、さっきまで立っていた北岳がピラミダル。
青い空にはやや積雲が増えてくる。その上に流れるすじ雲はもう早秋のたたずまいだ。

これから歩く稜線。北岳山荘の奥が中白根山で
左に間ノ岳、農鳥岳が左端遠くに覗いている

 中白根山を越えてまたまたしばらく下って登り返す。北岳の山頂から丁度2時間をかけ
て登った間ノ岳の山頂は広い。標高3189m、本邦第4位だ。富士山が爆発する以前の
古代では、間ノ岳が日本一の高さだったのではと云われるほどの山体を持つ。三峰岳への
分岐を過ごして、縦走路は真南方向に続く。小さな雪渓を踏んで次に現れるのは大きな岩
が転がる急斜面。これを一気に下らねばならない。直下に農鳥小屋の赤いトタン屋根が目
に入るのだが、これが曲者、いっかな近づいてこないのである。下りなので息が上がるこ
ともなく、連続して歩けるのだけれど、岩が折り重なる急傾斜を進むので自ずとスピード
は上がらない。間ノ岳を降りて広くほぼ平坦な稜線歩きとなっても、小屋はやっぱりなか
なか大きくなってこなかったのだが、それが歩いている内に目の前に忽然と現れたのには
驚いた。テントサイト横から小屋の売店前に辿り着く。

 間ノ岳で振り返った時、北岳がガスで覆われていたが、農鳥岳方面にもガスが出始めて
いる。昨日の雷のこともあって、Mさんはここに泊まることも考えていたようだ。安楽椅
子に坐った禿頭のおっさんは小屋主らしい。大門沢に行くなら「早くせい」という。現在
の時刻は11時。大門沢の小屋までは遅めの足で6時間の行程と売店横の張り紙があり、
そうすると小屋到着は午後5時であり、今がリミットの時間となる。山の斜面の上昇気流
でできる積乱雲による雷雨は避けられないが、昨日に比べれば朝から気流も安定している。
おっさんに聞いても雷雨は確実に来るが昨日みたいなことはなかろうという。明日の帰阪
を考えれば、今日は大門沢まで降りておきたいというメンバの意識は強い。Mさん、山行
継続と決める。とはいえ、ここ泊まりでも...という気持ちに一瞬”ぐわらり”と傾い
ていた小生の気持ち。正直、目の前の農鳥岳の高さに辟易していた。

 肩ノ小屋で仕入れた水は1L。もうほとんど使い果たしている。そこでポカリを1本追
加購入。500円也。重さが嫌だったのだが、今思えばここで水も買っておくべきだった
なあ。(^^;

 さて、気を取り直して農鳥岳。標高は2950m。越えて来た山より200m以上も低
いではないか。今度こそ少しは楽になるぞの思いも幻想だった。山頂付近の稜線を見上げ
れば、農鳥岳に到達する前に西農鳥岳やその東の無名峰など結構なアップダウンがある。
案の定、50mも登らぬ内にスタミナ切れ。10m登っては休み、また10m登っては休
み。ついに小さな台地にへたり込む。今日は取り立てた昼食時間はなし。適当に見計らっ
て腹へ入れるらしい。カロリーメイトをポカリで流し込む。

 ようやく、稜線を越えて向こう側が見える場所まで来る。「あれえ」農鳥岳は遙か向こ
うではないか。救われるのはそれ程の急傾斜がもうなさそうな事だ。小休止中のTちゃん
と入れ替わりになって幾つかの小ピークを越える。西農鳥岳は三角点のある農鳥岳より高
いのだけれど、どれがどれだか分からぬ内に越えてしまう。ペンキで「西農鳥」とか書い
てあったのがそれらしいが定かではない。農鳥の山稜の北側は、覗くと凄い高度感のある
岩壁で、這い登るガスも南からの風で邪魔されて上がってこれないようである。

 ここまで来てようやく農鳥岳が見えてくる。目の前の稜線を追うと一寸した高みがあっ
て、人が数人立っているみたいだ。だが直線でも700m位はあろうか。でも何時着くか
なあ?坂になると歩幅は高々15cmだ。(^^;

屏風の如き農鳥岳(中央)。ガスが稜線で堰き止められる

 あそこまで、あそこまで。区切りながら歩を進める。空気が薄いのか息が切れる。ほん
の一分足らずで呼吸は戻るのだが、10歩程度でまた息切れするのには参った。それでも
歩けば距離は縮まるもので、緩い斜面を斜行して登り切ると農鳥岳の三角点、三山踏破の
瞬間である。大きな吐息をついて大休止。その内、Tちゃんもやってきた。

 農鳥岳を降りれば直ぐに大門沢への降り口があると思ったら大間違い。まだ稜線上を4
0分も歩かねばならない。基本的には下りだけれども、見れば甲駿国境の稜線のアップダ
ウンがこれでもかと続いている。やれやれ。溜息が出るわ。と思いきや、稜線をしばらく
歩くと登山路は左手に降りてゆくではないか。これはしめた。東海パルプの石碑付近から
は広々とした砂礫の地だ。しかもそこはお花畑。ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、イワ
ベンケイ、イワギキョウ、ミヤマオダマキ等々。少しは花を愛でる余裕も出てきたという
もの。2946m峰を右に見て、最低鞍部に到達。ここにも鐘が置かれているが、ここで
ビバークしたのち遭難死した男性の鎮魂の為のものらしい。なんとか雷にも遭わずにここ
まで来れたのは幸いである。小休止。目の前の広河内岳がガスに覆われたのを汐に下山に
かかる。
農鳥岳から大門沢下降点へは稜線の左の平原を行く

ようやく大門沢下降点と広河内岳前山


 地形図通り長く厳しい下りだ。大きなゴロゴロ石が重なるのは道というより沢の最上流
といった感じである。本当にこの道なのかといぶかしみ始める頃、黄色いペンキや早川町
の標識が現れる。早川町の標識に書かれている4桁の数字は何を現しているのかと思って
いたら、どうも標高のようである。下で人声がする。大きなザックを背負った7、8名位
の女子ワンゲル部のグループの様な感じである。お先に失礼して雨に濡れた山道を降りる。
沢音が響き、遙か下に小さく見えていた白い流れには幾ら下ってもなかなか近づけなかっ
たのが、ようやく直ぐ横に近づいてきた。1時間位で大門沢に出られるであろうとの予想
であったが、ここまで約2時間。そうして目前に大きな沢が現れた。フーッ。一息入れて
靴紐を結びなおそうと足を上げると小刻みに震えているのが分かる。やはりこの1000
mの下降はかなりの難行だったみたいだ。

 や?沢辺の手頃な石に単独兄さんがお地蔵さんのように座っている。
「もう疲れて休憩してるんです」
こちらも笑って会釈する。この兄さんとはこの後しばらく同行することになる。

 国家試験の10月にある結果待ちの間に山に登って来たそうだ。胃腸をやられてここの
ところ固形物を摂っていないそうで、足がとても上がらないとつらそうだ。といっても当
方も人のことはとても言えた義理ではないのだが...。(笑)

 沢沿いなので先に比べれば傾斜は緩んできた。ただ、二箇所、木橋がある。濡れている
ので気をつけねばならない。一箇所目は懸けられた虎ロープを掴みながら、二箇所目は幅
が狭いので橋を降りて越える。

 ウラジロモミなのかトウヒなのか。針葉樹林の中の道に変わる。さっき早川町の標識で
は1930mとあったので、そろそろ大門沢小屋(標高約1800m)が現れてもいい頃
だ。すると沢が左から右へ大きく曲ってくる先にくすんだベンガラ色が見えた。大きく溜
息が出る。「着いたぁ。ああしんど」

 午後4:45、大門沢小屋によろよろになって到着。遅れていたCちゃん、Tちゃんも
30分後に到着で、これで全員無事に小屋到着だ。小屋前のテーブルでお互いの無事を祝
す。なんだかんだ云ったものの、ほぼガイドの目安時間くらいで歩いているではないか。
アルプス初心者にしては立派なものだよ。有森裕子さんじゃないが、自分を褒めましょう。
(^^;

 今日のアルバイトのお蔭で明日は麓まで降りるのみだ。しかも最初は布団一組に2人だ
ったのが、団体がキャンセルしてくれたお蔭で、夜はゆったり一人布団一組。ゆっくり手
足を伸ばして、午後8時就寝する。


【同行】あかげらさん、修ちゃん、たらちゃん、ちかちゃん、ハム太郎さん、
    水谷さん(五十音順)

【タイムチャート】
5:20北岳肩ノ小屋
6:07〜6:19北岳(3,192.4m(三等三角点))
6:40八本歯のコル分岐
7:30〜7:40北岳小屋
8:25〜8:30中白根山(3,055m)
9:40〜9:50間ノ岳(3,189.3m(三等三角点))
10:50〜11:05農鳥小屋
12:05西農鳥岳(3,051m)
12:48〜13:03農鳥岳(3,025.9m(二等三角点))
13:19東海パルプ碑
13:43〜13:55大門沢下降点
15:45〜15:46大門沢出合
16:40大門沢小屋(1,776m)


■『白峰三山遠征記【第1日】〜広河原から三千mの肩へ〜』は こちら
■『白峰三山遠征記【第3日】〜大門沢小屋から奈良田〜』は こちら



間ノ岳のデータ
【所在地】山梨県南アルプス市、早川町、静岡県静岡市、
【標高】3,189.3m(三等三角点)
【備考】 名前の由来どおり白根三山の中央にあり、大井川の源流
域でもあります。地味ではありますが本邦第四位の標高
を誇ります。山頂付近は広々として大展望が広がり、と
りわけここから見る北岳は秀麗です。稜線上にある北岳
山荘から1時間40分、農鳥小屋から1時間半です。
■日本百名山
農鳥岳のデータ
【所在地】山梨県南巨摩郡早川町、静岡県静岡市、
【標高】3,025.9m(二等三角点)
【備考】 白根三山の最南端を形成する三千m峰で、標高はやや西
に盛り上がる西農鳥岳(3,051m)に譲ります。春
先、雪解けによって現れる鳥の形を農作業を始める目安
としたことが、珍しい山名の由来といわれます。南アル
プスの主稜はここで東に振る為、複雑な地形をしていま
す。東の麓の大門沢小屋から5時間半、農鳥小屋から1
時間半です。
■日本二百名山
【参考】
エアリアマップ『北岳・甲斐駒』



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