白峰三山遠征記【第1日】
            〜広河原から三千mの肩へ〜

広河原から北岳。左に八本歯のコルと大樺沢の雪渓が見える
平成20年 8月 9日(土)
【天候】晴れのち雷雨
【同行】別掲


 ”Day Trekker”を自認する小生の宗旨を破るアルプスデビューは2006
年の南アルプスはアサヨ峰。しかし、いまだ3000m越えは果たさずにいて、話の種に
いつかはと思ってはいたのであるが、2年後の今年、その機会がやってきた。それも核心
部、白峰三山縦走。初心者にとっては無謀?にも、国内第二と第四の高峰を縦走するとい
うコースである。果たして大丈夫なのかいな。お誘いに「行きましょう」とついつい相槌
は打ったものの、後でつらつら考えると不安がムクムク...。(笑) 案の定、その不
安は半ば的中したのでありました。それではその顛末を三部に分け、お暇な方のみお読み
いただくことにしよう。

 8月8日19時。暮れそめる集合地の千里中央駅を出発する。意外に空いている名神道。
例によって深草BSでメンバをピックアップして新名神土山SAで再集合する。ラジオで
は今日から始まる北京オリンピックの開会式の模様をしきりに報道している。アナウンサ
ーの声に混じるノイズ。雷だ。地平のあちこちで稲光が夜空を明らめている。

 東名阪で事故渋滞があって、東名清水ICを出たのは午前1時過ぎである。おかげで深
夜割引4700円。有難いが仮眠時間も削られる〜う。(^^; 痛し痒しではある。

 コンビニで食料調達の後、R52を北上して富士川、早川沿いに北上すること約90km。
仮泊地の奈良田着は既に午前3時をまわる時刻である。すぐさま仮眠に入るが、標高80
0mはあるはずなのに蒸し暑い。蚊もいるらしく窓全開とは行かない。ウトウトしていた
らすぐにほの明るくなって4時半だ。早くも駐車場がざわついてくる。始発のバスは午前
5:30発だという。

 200mほど戻って奈良田のバス停。既に二、三十人の登山客がバス待ちしている。青
い山交タウンコーチバスの料金は協力金込み1100円。マイクロバス1台が増発されて
いて幸い座ることが出来た。途中、無料駐車場からの1台を合わせて、広河原までおよそ
1時間。岩盤剥き出しのトンネルが次々現れる県道南アルプス公園線を、バスはローギア
でウンウン唸りながら登っていく。奈良田から広河原まで、その標高差は700mである。

広河原駐車場に停まる我々を運んでくれた山交バス

 広河原というだけあって山峡の開けた場所である。夜叉神峠や北沢峠からの道を合わせ
て、多くの登山客がたむろしている。それらに混じってオニギリ、ソーセージでまずは腹
ごしらえだ。

 6:45。早川の上流、野呂川沿いに懐かしい北沢峠へ向うアルプス林道を進む。左方
向の木々が途切れると、綿雲が浮かぶ青空の下、すっくと立つのが今日のターゲット、国
内第二の高さを誇る北岳である。あらためて眺めれば想像通り大きい、高い。果たしてあ
そこまで上がれるかしらん。(^^; 

広河原山荘に通じる吊橋が登山口

 吊橋がある。大樺沢を遡行する登山口だ。吊橋からも北岳の雄姿が望め、雪渓の姿もこ
こからはっきり分かる。(冒頭の画像) 右に山荘を過ごして、左に大きく騒ぐ大樺沢の
流れを聞きながら、針葉樹の中を登リ始めると、早くも種々の花々が登山者を迎えてくれ
る。グンナイフウロ、ヤマホタルブクロ。センジュガンピの白花が多い。黄花のタマガワ
ホトトギスが多いのも特徴である。しかし、周囲を見渡す余裕があったのもこの辺りまで
だった。少し体が重い、もう汗が噴き出す。

 ザレた沢で休憩したり、小橋を渡っていくに従って、あれだけ騒がしかった沢音も伏流
したのか聞こえなくなる。だが、近畿の山とは山の大きさが違うのだろう、北岳の高みは
なかなか近づいてはくれず、まだ遙か向こうだ。その奥深さには溜息が出るなあ。

 渦を巻くような紋がある岩を過ぎると、ようやく大雪渓が足元近くに近づいてくる。エ
アリアマップにある二俣はここか。標高2200m、登山口から700m登ってきたこと
になるが、ここまでもう3時間近くを要している。エアリアマップでは2時間半とあるか
ら、初心者としてはまあまあか。でもこの体のつらさはなんだ?

 色とりどりのウエアを身にまとった登山者が大休止を摂っている。大樺沢の雪の上を吹
き降ろす冷風が、火照った体に心地よい。この風がなければ、疲れはとっくに倍加してい
たであろう。いつまでも吹かれていたい。というわけにも行かぬ。

大樺沢の大雪渓までやって来た
まだ1000mを登らねばならない

 大雪渓のある二俣から直進するのは八本歯コルのコース。北岳山荘へはこの直登が近い
のであるが、かなりの体力がいるという。それでも多くの登山者がそのコースを採って上
がっていく。我々は肩ノ小屋泊りなので右俣コースへ折れる。左下の右俣にも少し雪が残
っている。見上げれば稜線はまだ遙か上だ。そして今までにも増しての急登が待っていた
のである。

 ジグザグ道は飽きもせず続く。だいぶ歩いたはずなのに大雪渓付近から見えたオベリス
クのように尖った部分がなかなか近づいてこない。見上げるたびにまだ上にあるのだ。段
々腹が立ってきたなあ。(笑)

 草つきのちょっとした原で昼食。といってもパン、オニギリ、カロリーメイトに水。で
も大したものは口に入っていかない。(^^; が、心配なのは遠雷の音。まだ地鳴りのよう
に遠いが、ガスが下から湧き始めて周囲を流れ出し、空も翳ってきた感じである。

 青空が消えた事もあるのか強気と弱気が交互に気分を支配するようだ。その弱気の間、
「嗚呼、もう動けんわ」何度思ったことか。「もうええ、帰ろ!」多分、単独ならば躊躇
なく戻っていたろう。休むとすぐ息は元に戻るのだが、どこというわけでないが気だるい
気分。標高2400〜2500m辺りがもっともつらかっただろうか。ついに手頃な石に
へたり込み肩で息をする。そこへTちゃんの酸味の利いた紫蘇ジュースの差入れ。これに
はホッと蘇生する感じであった。

 それではもう少し上へ。高みを見るとその遠さに落胆するので、歩数を数え、目の先に
見えるあの高さまでと、白山三ノ峰でもこんなことは無かったのに、ほとんど下ばかり見
て歩く。周囲のお花畑なぞ当然目に入らぬ。そんなふうでも足を前へ出していれば、何時
の間にやら標高は稼いでいるらしい。振り向くと、さしものオベリスクも下に、大雪渓も
遙か下に小さい。おお、鳳凰三山の稜線にもほぼ肩を並べるくらいまで上がってきている
ではないか。咲き誇っていたマルバタケブキの黄色い花も何時しかなくなり、周囲はハイ
マツ主体となって森林限界も近づいてきた事を現す。

 白根御池小屋との分岐。「肩ノ小屋まで50分、北岳1時間30分、御池小屋まで1時
間半」稜線までは20分だという。ついに目的地まで1時間を割ったぞうっ!

 そうしてようやく、文字通りようやくという感じで稜線にたどり着く。ハイマツが繁る
向こう側は小太郎山に続く尾根という。それよりも南東尾根上に今日の泊りの肩ノ小屋の
青い屋根が小さく見える。嗚呼、もう少しだ。そこへゴロゴロ、雷鳴が近づいてきた。も
う1時間遅れていてくれたら...。こりゃ、じっと休憩なんぞしていられない。あと残
り1km、逃げ場のない尾根を進まねばならない。疲れた体に鞭打って追われるように進
む。

雷鳴を聞きつつ北岳北東稜を肩ノ小屋に向う

この岩山(上の写真の右の山)を越えれば肩ノ小屋のはずだ

 ちょっとの登りにも息は切れるし足は進まない。空からはそら行け!とせかす雷鳴。と
うとう、雨が降り出した。と思ったら何だか首筋に当たる雨が痛いのだ。頭上を横切る雷
鳴に首をすくめた拍子に地面を見ればコロコロ転がる5mmほどの小さなパチンコ玉があ
る。あら!なんと雹ではないか。「やばいのではないか?」左右は高山植物と素晴らしい
景観が広がっているはずだが、ガスもあって全く目に入れる余裕はない。見ているのは数
m先の地面のみだ。少々、体が濡れようが、一刻も早くここを脱出したい、その意識だけ
である。幸いなぜか稲妻は光らない。音のみである。しかし、小屋はなかなか大きくなっ
てこない。まだかまだか。阻むように壁となる岩山。ほうほうの態で登り切ると、青いト
タン屋根がふと見えた。最後の小さな高みを越えると、忽然と小屋の前。「やったー!」
急いで庇の下に飛び込んだ。

ようやく標高3000m、今日の宿「肩ノ小屋」
に到着した。後ろは北岳(雨上がりに撮る)

 小屋の二階に上がり、ザックを下ろして一息ついていたときである。バラバラと屋根を
撃つ雹の音が一段と激しくなり、雷鳴もすぐ近くでバリバリ音を立てた。危機一髪とは正
にこのことだ。

 缶ビールで一息ついて駄弁っていたらもう夕刻。雷雨も行き過ぎた。小屋の前は展望を
楽しむ宿泊客や露営客が鈴なりである。もう伊那谷は藍色の夕闇が支配する世界のようだ。
その手前、西日に黒いシルエットの仙丈ヶ岳。その仙丈ヶ岳とは逆に明るい日差しを受け
る鳳凰三山。北には西面のみ明るい甲斐駒ヶ岳。南東を振り返れば薄っすらと富士のコニ
ーデ。それらを見ればここが下界から3000mも上の世界である事をあらためて実感す
ることが出来る。

雷雨の後、肩ノ小屋から北方を望む。正面は甲斐駒ヶ岳で左に鋸岳。甲斐駒の手前はアサヨ峰

 何班にも分かれての夕食の後、まだ17時だけれどゴロリとなる。小屋の2階は満室。
ただ、畳半畳、毛布3枚確保出来たので重畳、重畳。何とか足を伸ばして寝ることが出来
る。

 目が覚めて時計を確かめる。おや?まだ19時?。下界じゃまだ飯も喰っていない時間
だなあ。今夜は長いぞう。(笑)

 眠ったり目を覚ましたりを繰り返して何度か目に目覚めたのは深夜12時だったか。ト
イレに起きだし、ヘッドランプを点して外に出る。気温は12℃位か。風も収まりそれ程
の寒さもない。空は満天の星だ。八ヶ岳以来の天の川が流れる空は華麗そのものである。
甲府盆地の街灯りも垣間見える。翌朝に聞いた話ではあるが、富士山に登る徹夜登山の人
々の灯りも確かめられたそうである。

 また横になるとしよう。大気が薄い所為だろうか少し頭が重い。朝までにはてさて少し
は疲れがとれるだろうか?少し不安ながら、いつしかまたまどろみの世界へ戻ったのであ 
る。


【同行】あかげらさん、修ちゃん、たらちゃん、ちかちゃん、ハム太郎さん、
    水谷さん(五十音順)

【タイムチャート】
5:30奈良田バス停
6:20〜6:45広河原
6:52広河原山荘(1,530m)
9:45〜10:00二俣
11:10〜11:25草つき地(昼食)
12:05〜12:10御池小屋分岐
12:30稜線(小太郎尾根の付け根)
13:00北岳肩ノ小屋(3,000m)


■『白峰三山遠征記【第2日】〜いよいよへろへろ三山縦走〜』は こちら
■『白峰三山遠征記【第3日】〜大門沢小屋から奈良田〜』は こちら



北岳のデータ
【所在地】山梨県南アルプス市
【標高】3,192.4m(三等三角点)
【備考】 白根三山の主峰で、富士山に次いで本邦第二位の標高を
有します。東側の大樺沢の源頭は大バットレスと呼ばれ
る岩登りのメッカです。高山植物も豊富でキタダケソウ
をはじめ、固有種も見られます。山頂北に肩の小屋、南
に北岳山荘があり、間ノ岳、農鳥岳と白峰三山縦走中継
点となっています。山頂へは広河原から約1500mの
登り、約6時間の行程です。
■日本百名山
【参考】
エアリアマップ『北岳・甲斐駒』



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