秋晴れの能勢三草山

                                平成9年10月16日(木)                                 天候:晴れ                                         同行:単独        



 久しぶりに能勢路を歩く。                                  紺碧の空の下、ほぼ無風、乾いた空気が爽やか。R173を北上、平野口でY字路を左へ入り、最 寄りの食堂で腹ごしらえの後、出発する。                             ダンプが頻繁に通る。埃を避けて稲が刈り取られた田の真ん中の農道を進む。イナゴが前を跳ねる。 アカトンボがスィッと横切っていく。                                薬師堂を右に見て、稲地南口の阪急のデマンドバス停に着いた。「おやっ。」停留所が廃止になっ ている。次のバス停も・・・。どうもこの路線自体、不採算で廃止になったようだ。車社会となり、 過疎化もその一因をなしているのだろうか。                             稲地口で左(西)へ。農作業の地元の方が声をかけてくる。                  「どちらへ。」                                       「三草山の方へ。」                                     「それならここから一本道ですよ。」                             礼を言って再び歩き出す。                                     角に石の道標。「妙見」の文字がおぼろげに読みとれる。旧参道ででもあったのだろうか。     緩やかに路は高みへと導く。田畑を挟んで岐尼神社の杜、岐尼小学校をはじめとする森上の集落、 その向こうには剣尾山が美しい。保育園の園庭からは子供の喚声が聞こえてくる。          神山口のバス停手前に岩坪古墳への道標がある。古墳時代の能勢の豪族の墓だそうだが、今回はパ スして先へ。                                         間もなく曹洞宗の慈眼寺。南北朝時代(1354)の宝篋印塔が現存するそうである。     
長谷の里(土井所)から三草山
 寺に沿って路が左にカーブすると、目指す三草山がドーム状の姿を現す。そして土井所のバス停を 過ぎると、三草山の裾野を利用した見事な棚田が眼前に広がる。稲は全て刈り取られ、ひこばえが青 い葉をそよがせている。ところどころには藁葺き屋根の農家。タイムスリップしたような錯覚を覚え る。大阪にもまだこんなのどかで懐かしい山里風景が残っていたんですねえ。            「ここは三草山の登山道ではありません。個人の家への路です」の注意書き。確かにそう思わせる 雰囲気がその路にはある。これを左に見て路なりにカーブすると、目印の美濃谷のバス停がある。付 近に墓と摩滅した古びた石の道しるべ。その近く、林の中へ路が誘っている。            杉林を抜け点在する民家の間を次第に高度を上げる。それも尽きると左に剣尾山が我こそは能勢の 盟主とでも云うように、大きくその頭をもたげている。このコースの中で、北方向の展望ではここが 一番だ。                                         
才の神峠への道から長谷の里と剣尾山遠景
 いつしか石混じりの林道となり、杉や檜の植林帯を抜けリョウブ、クヌギなどの雑木帯を抜けると、 才の神峠である。多くの路が集まりそして散っていく。その古さを表すように文化三年と彫られた庚 申塔、寛文年間の石の道しるべ、才の神峠の由来を示すのか道祖神らしき石仏も2体仲良く並んでい る。林道横にはシイタケのホダ木。説明板を見ながら暫し憩う。但し、展望は当然なし。     
才の神峠の庚申塔
 さて、道標(三草山頂上まで0.6Km)に従ってしっかりした山道を往く。ひとしきり登ると、 西側が開け、植林の若木の間から羽束山、大船山が美しく広がる。                  杉林の中、最後の滑りやすい急登を踏みしめながらゆっくりと越えると、明るい疎林の頂上に着く。 大きな2本のクヌギの木の横に三等三角点。山名板もぶら下がる。                 展望は繁った木々のある北側を除いて素晴らしいものだ。東に妙見山。双眼鏡で除けば本堂まで認 められる。その横には鴻応山、そして五月山連山、南には大阪市街が霞んでいる。遠くには大きな六 甲山塊、更に西には羽束山、大船山の先鋒、近くには竜王山、堂床山が連なっている。        ひとしきり展望を楽しんだ後はいつものコーヒータイム。熱いコーヒーで一服。ミカンを一個。   静かな一時を楽しんだ後、下山にかかることとし、登山道を引き返して再び才の神峠へ。      往路に使った路と林道の間にもう1本細い路がある。バイクで走るなとの注意書きがあり、これも 長谷へ出るようなのでこの路で戻ることにした。                         左は杉の植林帯、右は雑木のしっとりとした幅半間ほどの路である。              炭作りに利用された台場クヌギが並んでいる。アセビの実が落ちている。ナナカマドのような実が夕  日に映え、クリ林には取り忘れられた栗の実も転がっていた。その横にひっそりとツリガネニンジン。    山仕事に使われるのであろう多くの枝道を吸収しながら、路はあっと云う間に民家の裏から舗装路 に合した。しかし、どうも途中で道を間違えたようだ。上所(かみんじょ)に出るつもりが、着いた 所から50m東が往路に使った美濃谷の登山口でした。(^_^!                   棚田の近く、沢の水が流れ落ちている所で手を洗う。と、こんな小さな流れにどこからやってきた のか、沢蟹が石の間に一匹。そして山里の雰囲気に合わせるようにゆっくりと石垣の間に姿を隠して いった。                                           駐車地帰着16時半。コスモスが揺れるのどかな秋の能勢の山里風景を満喫した半日であった。   
   【タイムテーブル】    10:50    自宅発    11:50    平野口(駐車地)    12:20    出発    12:50    神山口慈眼寺前    13:14    美濃谷バス停(廃止)(三草山登山口)    13:40〜45  才の神峠      14:10    三草山山頂(564.1m 三等三角点)    14:55    下山    15:15    才の神峠    15:45    美濃谷バス停(廃止)    16:11    稲地口バス停(廃止)    16:30    平野口(駐車地)



  三草山のデータ

    【所在地】大阪府豊能郡能勢町
     【標高】 564.1m(三等三角点)
    【備考】 古代は美奴売山と呼ばれ能勢町の西部、兵庫県との県境に位置し、北方の
         剣尾山から見たドーム状の姿は秀麗です。
         西の肩には才の神峠があり、丹波の亀岡と有馬、池田等を結び、更に江戸
         時代前期に最盛期を迎えた多田銀山との往来で繁栄したと云われます。
         又、山麓に広がる長谷の棚田(千枚田)も一見の価値があります。
         尚、阪急のデマンドバスが平成9年10月10日より廃止されており、R
         173の森上または今西バス停が最寄りとなります。
   
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