貴公子花紀行〜翠巒の芦生トロッコ道

平成12年 4月30日(日)
天候: 曇り一時晴れ
同行: 単独
驟雨に煙る水墨画と見紛う芦生の翆

 昨年、芦生のブナノキ峠を訪れた時、沢山咲いていたイワウチワ。また会いたくなって 一年振りに芦生を歩いてみた。残念ながら時既に遅く、イワウチワは皆咲き終えた後だっ たが、ホンシャクナゲ始め多くの花々に出会うことが出来、期待以上の充実した山歩とな りました。以下はその報告です。  丁度1年ぶり訪問である。今回は亀岡から京都縦貫道で園部を経て、日吉町から芦生へ 向かうコースを採る。桂川支流、田原川を遡行すると、確か去年オープンしたスプリング 日吉が現れた。高速を使えば意外に近い感じだ。  県道から美山町芦生への道に入りナメコ組合の建物を過ぎれば、見覚えのある青少年山 の家の無料駐車場。平日だが数台の先行車がある。  準備を整えていると自然文化村からやってきたのであろう、満員のハイカーを乗せて演 習林へ向かうバスが通り過ぎた。いずれ長治谷の作業所近辺のトレッキングに違いない。  演習林の入り口である由良川に架かるトロッコ鉄橋をわたる。由良川右岸には新しい林 道が出来ているが、早くも土砂崩れでガードレールまで流されて無惨な姿。自然に逆らっ た工事がすぐさましっぺ返しを喰らった典型に思える。  右に墓地を見ると、左に芦生最奥の民家がある。辺りは田植えが終わり、今では昔懐か しい蛙の合唱である。  それにしても濃淡混ぜ合わせた緑である。緑にもこれ程の種類があるとは。それを背景 に色とりどりの花が迎えてくれる。まず、シャガ。キンポウゲも多い。畦にはワラビ。ミ ヤマキケマン。紫の花はラショウモンカズラ。マムシグサも特徴ある姿で迎えてくれてい る。やがて芦生奥付近迄来ると崖上にはツツジが多くなり、ミツバツツジが薄紫の彩りを 見せる。
ミツバツツジの薄紫が緑に映える
 灰野の廃村跡を経て灰野谷を渡る。次々に現れる橋は朽ちてきており、恐々渡らねばな らない箇所もある。このままではやがて時を経ずして落ち歩けなくなるに違いない。    赤碕小屋跡の石垣を過ぎ、迂回路の橋を渡って再びトロッコ道に合流すると、右は岩の 崖となり、いよいよお目当てのイワウチワの群れが見られるようになる。しかし、花茎は あるのだが肝腎の花弁がない。花の残骸から類推すると10日ほど来るのが遅れたようだ。 残念。  落胆している時である。薄いピンクの花が西洋の何かの儀式にあったように道にばら捲 かれてある。見上げるとなんと盛りのホンシャクナゲ。花弁が7裂し葉裏に毛がないので ツクシシャクナゲとは区別できるという。更に花色のピンクがツクシシャクナゲよりは濃 い。もっと近くで見て写真に撮りたかったのだが、如何せん、崖に張り出した樹。下から 眺めるのみで我慢である。  まもなく到着した小ヨモギ作業所の前には、まるで白樺を思わせるけやきの林がある。 柔らかい若葉が淡い日の光に透通るようだ。そしてウラジロヨウラクの花に似た釣鐘型の 花を鈴なりにつけたツツジ科の樹を発見。今だにこれは同定出来ていない。
大きさ2cm程のウラジロヨウラクに
似たツツジ科の花
 刑部谷を渡れば、トロッコ道の終点、カヅラ谷の作業所までは近い。ところが、前方に に赤白ポールが三脚状に置かれている。近づくとそこに札が懸かっていて、「通行禁止」 の文字。ムムっ。雨か雪の為、土砂崩れを起こしてトロッコ道が崩落したようだ。規模は 小さいが、深さ、幅とも2m程えぐれており、右上方を見ると窪みには汚れた雪がまだ消 え残っていた。  無理すれば通過できぬこともなさそうだったが、そうする程の山歩でもなし、仕方がな いのでここは引き返すことにした。  そろそろ空腹が限界。昼食が出来る所はと探す。やっぱり川べりがいいなと由良川の源 流を見ていく内に、刑部谷から源流へ降りて行くのが簡単なようなので、流れ沿いに辿っ てみた。白いイチリンソウがあちこちで咲いている。黄色いのはキンポウゲ。盛りを過ぎ たエンレイソウ。川原には見覚えのあるトリカブトの葉もある。いかにも柔らかそうなの はハシリドコロだろうか。紫の特徴ある花がここにもある。ラショウモンカズラ。そして 意外にも砂地にコバイケイソウの群生。トロッコ道では会わなかった花々が出迎えてくれ る。
清楚なイチリンソウは儚げな乙女を連想します
鬼の腕とは似ても似つかぬ
ラショウモンカズラの花
 ゴロタ石が転がる川べりに出て、手ごろな石に腰掛け湯を沸かす。その間にも我慢なら じとビールで喉を潤す。川面を眺めていると、流れの中を20cmはあろうか、数匹の川魚 が上流を目指して銀鱗を翻す。せせらぎの軽やかな音とカジカの鳴き声のみの静かなひと ときである。  昼食後、コーヒーの紙コップ片手に川原を散策する。対岸はかなりの急峻。こちら側は やや広闊な堆積地である。細流があって、その側のテーブル状の石に夥しい鹿の糞を発見 する。鹿のトイレかなぁ?  後片付けを終わってトロッコ道へ戻ろうとすると、何時の間にか谷筋に数人のグループ が昼食の真最中である。みんな昼食に選ぶ場所は同じと見える。  影迫付近まで戻った頃に降り出した雨は、コヨモギ作業所に着く頃には、やや本降りの 様相を呈するが、雨雲を透かした光があって暗くはない。対岸の山の高みは白い霧に隠れ、 さながら山水画の世界。緑の葉先から雫が思い出したように落ちる。作業所で小休止、喉 を潤した後、用意の傘をさす。  灰野には杉木立の中に小さな祠がある。傍らには由良川源流の標識が立っている。この うら寂しい場所にどのような生活があったのだろうと今も残る石垣に当時の思いを馳せる。  芦生最奥の民家が見えてきた頃だろうか。足下に何気なく視線を落とすと、緑色の固ま りがある。目を凝らすと雨に浮かれて出てきたのか大きな青蛙。アマガエルに似ているが 体長は8cm余りと大きい。木でつつくと、ゆっくりと穴ぼこへ潜り込んでしまった。 註)後日、モリアオガエルと判明しました
大きなアマガエル?実はモリアオガエル
下の枕木と比べて下さい
 再び鉄橋。河原で2、3人がビニール袋片手に何かを摘んでいる。聞いてみるとフキを 摘んでいるんだそう。そういえばフキの白いタンポポの綿毛のような花が咲いている。摘 んでみると、市場で売られている秋田フキと同じ香りがした。  京大演習林事務所前に戻る。時間があるので資料室に寄っていくことにする。  資料室は30坪程の広さで、玄関の三和土で靴を脱ぎ、記帳を済ませると、まず芦生で 捕獲されたツキノワグマの剥製が出迎えてくれる。なかなかの迫力である。出会ってあの 爪でやられたら大変だ。そのときは死に真似でもするか。    その他では演習林に生息するムササビ等の哺乳類、植物が剥製、写真などでよく整理さ れている。流石は一流大学の資料室。林業の変遷を含め大いに参考になるので、芦生を初 めて訪れる方は寄って損はない。  資料室を後にし、内杉谷の橋を渡る頃には、雨は小康状態となって少しガスが出てきた。 惜しいかな目当てのイワウチワの花には出合えなかったものの、その代わりに数々の花々 を愛でることが出来、緑のシャワーにこの身まで染まった、春を締めくくるに相応しい1 年ぶりの芦生の花紀行でありました。尚、長治谷作業所は倒壊しているそうです。

   【タイムチャート】
    6:50自宅発
    9:36〜9:42京都府青少年山の家駐車場
   10:11灰野廃村跡
   10:30赤碕小屋跡
   10:45〜10:55小ヨモギ作業所
   11:17刑部谷
   11:22 橋崩落通行止め地点
   11:45〜12:45刑部谷・由良川合流点(昼食)
   13:20〜13:22小ヨモギ作業所
   13:49灰野廃村跡
   14:15〜14:25京大芦生演習林資料室
   14:30京都府青少年山の家駐車場

 京大芦生演習林のデータ

         『芦生の森憧憬〜京大演習林トロッコ道』をご覧下さい
   【参考】エアリアマップ 山と高原地図『京都北山2』



  トップページに戻る

inserted by FC2 system