白旗山〜城攻め気分で赤松氏ゆかりの古城

妙見ケーブルから眺める振野
平成26年 3月22日(日)
【天候】晴れたり曇ったり
【同行】別掲


 毎年、スプリングエフェメラルが綻びる時季になると何とはなしにそわそわするものだ。
文字通り木の芽時。そんな中、Mさんが花と山とを組み合わせた企画を挙げてくれた。実
は前回の昼ヶ岳縦走時にどこか花見に出かけようとの粗々の話が出ていたものである。M
さんが決めた行き先は播磨方面。カタクリ、ミノコバイモ、アズマイチゲと追っかける。
そして肝腎の山は赤松氏ゆかりの白旗山。ふるさと兵庫50山にも含まれる一等三角点の
山である。以上、これでもかと盛り沢山な内容。それでは出発進行。

 集合したのは4名。車一台で最も効率の良いフォーメーションだ。(笑) 山陽道、播磨
道と乗り継いで、播磨新宮ICで降りてまずは佐用町三日月のカタクリから。立ち並ぶ民
家横の長さ30m、高さ10mばかりの斜面にカタクリの群落がある。出入口に管理テン
トが立てられているのだが地元の方の姿はない。車を降りて開口一番、「寒い」。民家の
庭の梅は満開でも、やはり大阪に比べてかなり気温は低いようだ。日もまだ当たっておら
ず、間もなく綻びかけそうな数輪の蕾はあるものの、大半のカタクリの蕾は固いままであ
る。開花のタイミングに合わせるのは本当に難しいものだ。

 ちょっと残念な思いだが、自然が相手、こればかりはしようがない。気を取り直して次
のミノコバイモの生息地へ向かおう。三日月とは逆方向。播磨科学公園都市のある西播磨
高原からつづら折れの道を下った鞍居川沿いにある上郡町金出地集落。こちらはカタクリ
と違って、ほぼ満開の旬に遭遇することが出来た。ユリ科バイモ属。クロユリの仲間とい
えば分かるだろうか。といっても草丈20cm弱程度、花もクリスマスローズのように下向
きで、且つ斑の入った薄い茶色の目立たない花だから、一寸見にはどこにあるのか分から
ない。(笑) でも探せばあちこちに素心花も混じって鈴なりに咲いていて、数年前に訪れ
た時より株も増えているようで何より。所有者の方の丹精のほどがしのばれるというもの
である。小さいもんだから接写しようとしたら行き倒れ状態にならざるを得ない。久々に
みんな行路病者まがいの姿であった。(笑)

ミノコバイモ
 さて、お次のプログラムはいよいよ白旗山への歴史登山である。盛り沢山だからなかな か忙しい。(笑) 鞍居川を更に西進すると野桑の集落がある。ここからも登れるが、今回 はそこを過ぎて、上郡町の中心部からR373で、これも赤松氏の城があった苔縄城を左 に見ながら数km北上し、右の脇道に入った細野集落から登る。山の麓に『白旗城址』と巨 大な看板があるから登山口は良く分かる。ただ、その看板のわりに駐車場が整備されてお らず、細野川の堤防道の路肩に駐車せざるを得ないのは、いささか片手落ちのそしりを免 れない。  第二白旗橋と名づけられた橋がある。前方に白旗山。でも同じような山並みが重なり、 どれが本丸のあった山だか分からない。橋を渡ると左に公民館か民家のような建物。その 横からすぐ右にそれる獣よけゲートの林道がある。これが登山道。山頂まで2.1kmの案 内標識が立つ。
橋を渡るとすぐに白旗山の登山道が始まる
 しばらく歩けば左に五輪塔の説明板が現れる。林の中を左へ50mばかり進み、落ち葉 に覆われた広場状の場所に出、右に折れた辺りに数基の古い五輪塔が無造作に並んでいる。 南北朝の合戦の死者を弔うものとかで、山麓のあちこちに散在していたのを、ここ白旗八 幡神社址に集めたものらしい。その五輪塔の横から背後へかけて、いわくありげな小道が 伸びている。行き帰り同じ道も面白くないし、上手くいけば307m標高点の尾根から山 頂へ出られるかもということで、白旗城を間道で攻める寄せ手になったつもりでここから 攻めてみようということになる。(^^;
合戦の死者を弔う五輪塔。この横に小堂への小道あり
 落ち葉が積もりやや崩れてはいるが擬石の階段もあって、昔は手入れされていたような 雰囲気の小道はそれもそのはず、切り開かれた猫の額ほどな台地に建つ小堂への参道らし い。石燈籠に弘化二年の銘がある。扉の木格子から覗くと弘法大師ともう一体、観音菩薩 らしき像が安置されている。  所謂、小道はここまで。但し、割合明瞭な踏み跡がお堂の裏手へまだ伸びていく。この まま続いて行けば当初の思惑は上手くはまりそうだ。(^o^/   プーンとヒサカキ特有のガス臭。茨も時折現れる。足元のウラジロやコシダは密生した り、薄くなったり。307m標高点ピーク近くは分厚い落ち葉で滑りまくりの傾斜のきつ い登りで、いつの間にか踏み跡も消えてしまった。
小堂を過ぎると所々こんな感じの踏み跡が続く
 立ち木の幹も借りながらようやく小さな小山になっている307m標高点のピークに到 達。休憩を挟みながらだが、麓からここまで小一時間もかかっている。我々のような軟弱 兵、こんな遅々としたことでは本丸に行き着く前に城方の伏勢に射すくめられるは必定で あろう。(^_^; うーむ。なかなか手ごわい。  茂っていれば見通しは利かないが、今の時季、木々を通して下界も見える。蛇行する千 種川の護岸工事に忙しい重機の騒音も上がってくる中、一息入れる。白旗山の本峰の稜線 もぐんと近づいてきた。
P307付近から。木の間越しに山頂(中央)が近づいてきた
 予期せぬ露岩続きの尾根が現れる。再び現れた踏み跡は微妙に尾根芯を外していく。こ こまで全く指導テープ類はないが、一部シダが茂って判り難い箇所はあるものの、踏み跡 は存外しっかりと続くのでテープは不要かも。(^^;  時折出っ張ってくるうるさい小枝をたわめ、シダの茂みを踏み越えて方向を確かめなが らしばらく進むと、再び傾斜が増してくる。もう上に稜線が見えているが、直登はなかな か厳しそう。周囲を確かめると、薄い踏み跡が左にトラバースしている。土が剥きだしの 斜面に引っかいたような踏み跡は、雨が降るたびに流されるのかほとんど自然に帰ってい る。一部滑落しやすい部分があるが、立ち木が案外しっかりしているのでバランス保持に 役に立つ。稜線が撓んだように見える部分を目指して、落ち葉にスリップしながらも一気 に登りつめれば、稜線には明瞭な踏み跡と今まで見かけなかったテープも現れ、右手の山 頂方向に向かうとそこには三ノ丸跡の説明板。結局、三ノ丸跡のやや東側、堀切と土塁跡 のある辺りに登りついたようである。フーッ。
三ノ丸の土塁跡
 三ノ丸からその上の段差がつけられたような斜面を上がると大きな広場となった本丸跡。 やや北東寄りに地形図にも印のある白旗城址の石碑がある。その横に保護石に囲まれて一 等三角点が置かれている。久しぶりに目にする一等、やはり大きい。他には南端になんだ か忘れたが小さな石の祠が一つ忘れられたように鎮座している。
白旗山山頂の石碑と一等三角点
 一等三角点の置かれる頂だが、木々に邪魔されて見晴らしは意外と悪く、東側と北側の 一部が開けているのみ。東側は三濃山と播磨科学公園都市。北は白旗城の歴史を説明する 案内図横に立てば、植林の中央が分かたれたスリットの前に立つことになり、千種川の流 れ、車を置いた赤松や細野の集落がその隙間を通して眺められる。先着されていたご夫婦 が出発されたので、その後に陣取って我々も兵糧を使うことにする。日溜まりは流石に春。 うらうらと暖かい。
植林の間から千種川が。昔は新田勢の旗指物が林立していたのかも
 西播磨では今、大河ドラマの主人公黒田官兵衛がもてはやされているが、(先日に訪れ た播磨アルプスの麓、御着近辺も賑やかだった)室町時代から戦国期にかけて播磨の守護 であった赤松氏も、かつて真田広之主演の太平記で重要な役回りだったことがある。その 主城がこの白旗城である。南北朝の時代。新田義貞ら朝廷側の大軍をここで一手に引き受 け、九州に逃れた足利尊氏が東上する時間を稼いだのが赤松円心則村。その功績で播磨、 美作、備前三国の守護に任じられ、赤松氏繁栄の基礎を創ったのがこの城である。説明図 にも書かれているが、浅井氏の小谷城もそうだったように、東西に伸びる尾根を巧く利用 して城を大きくしていったようだ。  下山は本丸西側へと降りてゆく。しばらくは雑木林に囲まれた山城跡をなぞっていくゆ ったりとした下り。二ノ丸跡から櫛橋丸のあった峰の左側を等高線沿いに巻いていく。途 中、その櫛橋丸へ登る険しげな小道があるが、次の花見もあるので今回はパス。すると小 道は一気に下り始める。  歩き難い急斜面をつづら折れていくと、突き当たりはT字路。南の野桑からの近畿自然 歩道との合流点で、道標には鞍居バス停3.1Km、五輪塔1.1kmの表示。右に折れて五 輪塔の方へ斜面を巻くように降りていくと、周囲は自然林からよく手入れされた人工林に 代わる。しかし、ここからが長かった。大きな石がゴロゴロ転がるなんとも歩き難い道で ある。その上、谷筋に人工林の組み合わせだから、同じような景色が行けども行けども続 き、次第に退屈してくるのは如何ともし難い。1.1kmって本当は直線距離じゃないの?! ここはひたすら終点を目指すのみだ。
こんなゴロゴロ石の歩き難い登山道です
 左に流れが現れてそれが音を立てて流れるようになる。相変わらずのゴロゴロ道はそれ でもほぼ平坦になって、登山口が近づいてきたことが分かる。小一時間を要してトイレの 建物がある登山口の小広場を目にした時は、正直、ほっとした気分だった。(^^;  一息入れて林道を下っていると前方に人だかりが見える。聞けば地元上郡町の教育委員 会主催の現地説明会が開かれている由。なんでも、円心の次男貞範が建てた栖雲寺の発掘 調査の現地説明会なのだそうだ。パンフが欲しかったのでノートに記帳させてもらった。  出発点だった五輪塔分岐を抜けてスタート地点にもどる。車のなかった川沿いの堤防道 路には説明会の参加者の車が沢山。今しも一台のマイクロバスがやってくる。振り返れば 今までどれが本峰か分からなかった白旗山も、中央奥の一際黒緑色をした植林中央の切り 開かれた部分が本丸だとやっと良く分かるようになった。やっぱり難攻不落の城だったの だ。(笑)  下山後はもう一つ花見に向かう。その前に難攻不落の白旗城の基礎を気づいた赤松円心 の像があるというので、智頭鉄道の河野原円心駅近くの宝林寺に立ち寄る。円心館は出入 口がガラス張りなので外からでも見学することが出来る。左から円心、則祐、別法和尚、 覚安尼の像が安置されている。いずれも室町期の作品なのだそうだ。
宝林寺円心館の赤松円心像
 さて、最後はやや遠いが岡山県まで足を伸ばす。といっても県境はすぐそこなのだ。県 道90号線を青木功GC、岡山国際サーキットと通り過ぎて、やってきたのは美作市河会 である。ここにはセツブンソウやアズマイチゲの群落がある。駐車広場に先着の車が見当 たらず、空振りかなと少々危惧しながら車を降りたら、隣のツーリングバイクの小父さん が大きな一眼レフを仕舞いながら、「粘っていたら日が射しはじめて花が開いてくれて見 頃だ」と教えてくれた。  地元の方々が保護されており、協力金¥200を払って園内へ入る。セツブンソウはと うに花期が終わっていて、満足なのは一輪のみ。それも遠くて手持ちのカメラの守備範囲 外だったのだが、代わってアズマイチゲがちょうど満開で純白の花園である。アズマイチ ゲはキクザキイチゲと酷似しているが、花芯が紫がかっているので区別できる。その花の ベストショットを手に入れようと、ここでも行き倒れ状態となる人が現れたのは予想通り。 当方も手持ちのカメラにマクロアダプタを装着しよう。
キクザキイチゲ
 帰阪は佐用廻りの中国道で。もっと混むかと懸念したものの、ほぼ想定内で帰阪するこ とができたのは幸い。花に山にまことに盛り沢山でゲップが出るくらいの一日だった。M さんには企画、長時間の運転とお世話になりました。同行の皆さんともどもありがとうご ざいました。
【タイムチャート】
10:35細野口登山口
10:46〜10:47五輪塔群
10:52〜10:53観音堂
11:27〜11:30307m標高点ピーク
12:05三ノ丸
12:08〜12:28白旗山 (440.3m 一等三角点『白旗山』)(昼食)
12:32二ノ丸
12:45〜12:46峠のT字路
13:12〜13:15WCのある広場
13:20〜13:25栖雲寺跡
13:40細野口登山口

■今回のルートはこちら


■同行 水谷さん、たらちゃん、もぐさん(五十音順)


白旗山のデータ
【所在地】兵庫県赤穂郡上郡町
【標高】440.3m (一等三角点『白旗山』)
【備考】
西播磨の清流千種川近くに盛り上がります。南北朝から
室町期にかけて活躍した赤松氏の本拠がありました。一
等三角点の山ながら、樹木が茂り、展望は思うに任せな
くなっています。登路は南の野桑と北西の細野の二つが
メイン。ふるさと兵庫50山にも選定されています。
【参考】国土地理院電子地図



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