官兵衛所縁の御着から桶居山 |
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2月の山の会の例会は寒さを避けて播磨の桶居山だという。高御位山の西に位置する小 さいながらもどこから見ても円錐形の秀麗な山である。大河ドラマで話題の黒田官兵衛所 縁の遺構と絡めて、下山後は明石は魚の棚で明石焼に舌鼓を打とうという趣向。本命はこ ちらだという声もちらほら聞こえるのは此方の空耳とばかりは言えないようで...。(笑) というわけで、山行記もそれなりに作らねばならないが、桶居山は何度も登ったことだ し、今回は画像を中心にしようと邪心沸々。しかし、これは言い訳。要はズボラをかまし ただけだろうの声が内々からも湧いてくるが、心を鬼にして、否、耳を塞いで...。(笑) 8:09新大阪発の新快速は加古川で普通に乗り継ぐと9:22に御着駅に到着する。 この電車で到着したのは小生を入れて3名で、小さな駅前には本日の参加者がもう全員揃 っている。総勢14名。久方ぶりの大人数だ。
まずは駅前のロータリーから官兵衛所縁の御着城へ向かう。旧山陽道には大河ドラマの 幟が至る所にあってそれに導かれるように歩いていけば、小さな神社の境内と思しき所が 城の遺構の南部分。小寺大明神の小祠や豊臣秀吉の軍勢との戦いで、落城した際の死者を 弔う石仏などが祀られている。 そこから陸橋でR2を渡って北部分にまわる。中央部をR2が貫いていてなんだか面影 がないがしろにされているのではと思うが、むしろ城自体が山陽道を取り込む形で築城さ れていたのだという。その北部分が城跡公園として整備され、城郭をイメージした姫路市 の東出張所(御着支所)。祖父黒田重隆と黒田官兵衛の母の立派な墓所があり、また、御着 城の堀跡には石造りの立派な天川橋が移築されていて一見の価値がある。
御着城址からR2をもう少し東進して御着の交差点から北に入る。ここまで来ると、さ っきまで頂上部分を覗かせていた桶居山も、前方に迫ってきた高御位山塊の向こう側にな ってしまう。 播但連絡道の高架下を潜るとまもなく深志野の集落。民家の間を入れと、路地に綺麗な 私製標識が誘う。さあいよいよ登りだと、登山口で上着を脱いで急登の準備。竹藪を抜け て一気に高度を稼ぐと、播但道に姫路市街、まだ整備中の姫路城、以前登った仁寿山や小 富士山が遠くに見えて懐かしい。
む。ツツジやシダ、ネズの目立つ登山道の傾斜がゆるむと後は小さなっプダウン。一気に 歩ははかどる。 天狗岩辺りまでやってくると、桶居山の300mにも足りない低山とは思えない鋭い姿 が胸の辺りまで現れる。そしてそこへ行きつく間の岩がちな尾根筋が見て取れる。一寸見 ならまるで南アルプスではないか。(笑) 天狗岩に少し寄り道して行こう。岩の上でアル プス一万尺だ。
少し注意すれば家族連れでも楽しんで歩いて行ける。景色を堪能しながら高圧鉄塔を過ぎ ると、名物”重ね餅岩”(といっても私的に呼んでいるだけ)であるが...。
いつ来ても大展望だ。明神山や雪彦山まで見えるというけれど、今日は残念ながら春霞で視 界が白っぽくて伸びない。
ここ桶居山を中心として、集まってくる各尾根にはいずれも小道がつけられている。今 しも南側のエメラルド色をした池の方からご夫婦らしいハイカーがやって来た。山頂が広 いと云っても里山のこと、先着の方々に遠慮して、昼食はもう少し先の次の無名ピーク付 近で摂ることにする。
まで歩いてくると、以前は右下の谷間からクレー射撃の音が山肌にこだましていたものだ が、廃止されて今は太陽光発電所に衣替えしたらしく、ソーラーパネルと思しき反射板が 整然と並べられている。静かでいいけれど、なんだか淋しい気もしないでもない。(笑) 以前に降りたことがある佐土新への尾根分岐を過ごして、姫二火力線bR6の鉄塔を過 ぎる。そして182m標高点辺りまでやって来たところで、黒い単色の荒涼とした世界が ひろがっているのに気付く。山火事の跡だ。このあと、鷹巣山の手前で出遭ったジモティ ーの方によれば、火事は三日三晩燃えたのだという。おそらくハイカーのタバコの火の不 始末が原因であろう。何おかいわんや。 |
途中から縦走路を振り返る。桶居山がちょこんと顔を出している(中央右) |
これから下る馬の背の支尾根を展望。山火事の跡が痛々しい |
山火事跡は高御位山の縦走路と合流した後も続く。むしろこちら側が火元であったよう だ。三日三晩も誇張ではなさそうだ。 ここから鷹巣山の手前、馬の背を下ることにしたのだが、炭化した枯れ木が痛々しい。 それでも、その下から新しい緑が萌え出ていて、植物の逞しさがうかがえるのは嬉しい限 りである。
ほとんど緑っぽいものがない。ガラガラとした播磨地方に多い赤っぽい岩と石と砂の世 界である。その昔、アポロの月面着陸の中継も実はここで撮ったのではないか?(笑) ここは二度ばかり登ったことがあるが降りるのは初めてである。徐々に下界に近づいて いく感じ。最後に巨大なスラブを下りると灌木帯となって、駐車している車が見えてくる と、野鳥の森の標識横で林から抜けることになる。見上げるばかりの鹿嶋神社の金属製の 大鳥居は目の前で、バス停もすぐそこであった。
食べようではないかと衆議一決。が、JR曽根方面行きのバスは二時間近くないらしい。 それならと駅までテクテクすることとなる。『明石焼に生ビール』を意識して、ここは喉 の渇きもぐっと我慢して、20分ばかり歩きに歩く。運よく駅に着いたらすぐに普通電車 がやって来た。(^^)/ 明石駅で下車。Sさんの先導で駅の南に向けて歩いていくと、R2を横切った向こう側 に東西に伸びるのが、大売出しの赤い幟が賑々しい魚の棚の商店街。かねてその名は耳に していたけれど、小生初見参である。もっと昭和のレトロを感じさせる商店街かと思って いたが意外と幅の広い明るい商店街である。奥行きは200m足らずだろうか。その名の 通り、瀬戸内海で上がった魚介類を扱う魚屋や乾物、練り物の店が多い。それに明石焼の 店。その明石焼の店を幾つか当たるが、12名を収容する店は限られる。(^^; 幸い、オ ープンカフェ風の外に床机とテーブルを並べた店があった!
■同行:裏人さん、北山さん、幸さん、スナフキンさん夫妻、高やんさん、たらちゃん、 二輪草さん夫妻、ひろぴぃさん、水谷さん、もぐさん、蓮さん
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