京都府の最高峰とされる皆子山。山を歩き始めてかなり時が経つが、まだ頂を踏んだこ
とがない。周囲からも目立たず、山頂からの展望もあまりよろしくないと聞いていて、地
味な印象があったからかも知れない。11月の定例オフはその皆子山。こんな機会でもな
いとなかなか足を向けないだろう。秋も深まってしっとりとした江城の国境を、精進落と
しに一つ楽しんでみよう。
集合場所は湖西道路真野ICからR376に入った伊香立公園前のコンビニだ。快晴の
空の下、7時前に自宅を出てほぼ順調に8時5分過ぎ到着。大津組と落ち合って朽木方面
に向かう。若狭や湖北、芦生の山域へ向かう時に利用する幾度となく通い慣れた道である。
花折トンネル、牛の鼻トンネル、行者山トンネルと次々に3つトンネルを抜けると、左手
に旧道に下りる道がある。戻るように道なりに進めば、左手木立に隠れるようにロッジ風
の古い建物の屋根が見え、橋が架かっている。これが今回の起点の足尾谷橋で、谷は「あ
しびだに」と呼ぶらしい。路肩が広くなっていて3台程度なら車が置けるが先行車は皆無。
下山の平集落付近では結構登山者を見たけれど、みんな東尾根か寺谷、若しくは南比良を
歩くべく花折峠へ向かったようである。
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起点の足尾谷橋
取付きの林道は一見穏やかに見えたが...。 |
ピリッとした空気の中、用意を整えて8時50分出発。賑やかな水音を立てる足尾谷の
左岸沿いに林道が延びる。一見、路面状態が良さそうに見えたが、すぐにそうではない事
がわかる。30mも歩くと路肩が崩れており、電柱が谷に落ち込んでいる箇所もある。林
道は奥にある関電中村発電所の管理用だろうが、崩落個所に鉄板を渡して係員が通れるだ
けにしてある部分もあり、これだけ傷むと原発を止められ赤字の関電、林道を復旧する気
もなさそうである。それもあってか「通行禁止」と印刷された黄色いテープが張られ、登
山者が奥に入り込むのを阻んでいる。道理で先行者がいないはずだ。ここは自己責任でテ
ープを潜らせてもらう。
右手の斜面に異様なものがあってギョッとする。よく見るとなんとマネキン人形が放置
してあるのだ。「何故にゆえに?」誰が何の目的で?不思議ではある。
橋のたもとの路面が谷まで穴状に貫通してしまっているコンクリート橋を渡ると関電中
村発電所。大正時代に建設され、出力は400kwということだからこじんまりしたもの
だが、取水する水路といい、建物といい、風景に馴染んでいるのがいい。
林道は更に続くが、発電所を過ぎてすぐに無くなった。というより消えたと言った方が
いい。一面、大小の石が転がる川原になっているのだ。川原を越えて再び現れた川岸の林
道に上がる時が第一の難所だった。とっかかりの少ない岩に移らねばならない。しかも水
深が少しあって、靴が濡れるのも厭わずジャブジャブという具合にはいかないのだ。冷や
汗かきつつ何とか滑らずに移れてホット一息つく。
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林道終点の最初の渡渉
ここにはまともな橋?が架かっている |
再び現れた林道もやがて終点。その先は最初の本格的な渡渉地点だった。くの字に五寸
幅程度の板が架けてある。これが唯一残っていた橋らしい橋?(これも大水の後から架け
た橋かも)これはわりに難なく渡れる。その先は植林下の意外に綺麗な小道。しかし長く
は続かない。渡渉地点が繰り返して現れ、その度に岸を右に左へと忙しい。ロープを手繰
って渡渉する場面もある。渡渉しないまでも岸から谷へ降りたり、また岩がちの岸に上が
ったりして、足を滑らせば危ない箇所が多々ある。不安定な石に足を乗せる場合、Sさん
が持参を促してくれたストックがこれほど役に立つとは思わなかった。幸い今日は水が少
ない方でよかったが、前日に雨が降ったりすれば水量が増えて、水面に顔を出していた石
も消えて、ストックがあっても登山靴では容易に渡渉はできなかっただろう。
日が差してきて黄葉が綺麗と見とれていたら、眼下の谷に屋根が見えた。北山近辺は「
えっ?」と思わせる場所に忽然と小屋を見ることがあるが、ここも芦火荘と呼ばれる小屋
で、煙突のブリキが真新しい所を見ると現役の小屋らしい。
そこからまもなくだったろう。古い壊れた道標が道端に倒れている。峰床山との分岐が
あるらしいのだが、それがどこだかはっきりしない。やがて左からほぼ直角に明るい谷が
合流してくる。これがコグルミ谷だが、さっきの分岐とはこのことかもしれない。ただ、
道標らしき物がないので、足尾谷を直進してしまわないように注意がいる場所だ。潅木に
ぶら下がった「火の用心」と書かれた金属札が目印になる。
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多分、兵庫登山会の古い道標。真ん中部分が消失している |
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何度か現れる渡渉地点
ここはロープが設置してあった |
コグルミ谷は足尾谷より狭い谷で、この先幾つか小滝を懸ける。中には落差5mの滝や
花折断層らしい柱状節理の断層面を流れるナメ滝、岩窟、岩の隙間を歩く箇所などがあっ
て、変化が多い面白い谷だ。昔から人が入って炭焼き窯跡も所々に幾つか残っている。入
るとすぐに大きな岩が立ちふさがり、それを乗り越えていく。踏み跡は途中の杉林にだけ
はいい杣道があるが、基本的に谷の両岸につけられた時のみ現われる。沢自体が道の時は
当然無い。歩きやすい箇所を選んで進むことになる。ただ慎重に辿れば、立ち往生するよ
うな場面は無いから心配はない。滝にはロープの設置された巻道などもある。
そんなことでV字谷を石伝いにゆっくり進んでいると、何時の間にやら単独兄さんが後
ろにいるのに気づいた。聞けば京都から来た29歳の青年。目的はキノコだという。余程
山慣れしているのかあっという間に消えて行ったが、その先の曲折した谷を歩いていたら、
斜面の遥か上から呼びかける声がする。見上げると件の兄さんだ。「ナメコありますよ〜」
でも30mも上まで斜面を攀じる気力は小生にはない。(笑)
高さ20m以上、幹周りは4mはありそうなトチノキの巨木を中心に小さな広場になっ
た台地に出る。ちょうどいい時間でもありここで昼食。少し暗くなったと思ったら、にわ
かに空は灰色の雲に覆われている。時雨れるかもと見上げる内にパラッと2、3の雨粒が
顔に当たる。少し気を揉ませたがそれ以上は落ちて来ず、まもなく日が差してきた。
トチノキの広場から5分も遡ると、コグルミ谷の水量も余程減ってくる。また1本の大
きなトチノキが現れ、その根元に古い道標がある。皆子山へはここで左(東)から合流して
くる小さな支沢へと直角に折れねばならない。去年のボーイスカウトの遭難騒ぎもこの辺
りをうろうろしたとのこと。テープもあるので見落とさないことが肝腎だ。
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皆子山に向かってツボクリ谷の綺麗な支谷を登る
この後とんでもない劇登が待っていた |
さて、いよいよ皆子山の直登である。山頂までの直線距離はもう600m程度しかない
が、標高差はまだ300m弱ある。足尾谷橋が標高400m。今まで北麓から西麓へとグ
ルリと巻いて遡行してきてまだ300mしか登っていないので、Sさんからのアドバイス
「劇登りですよ」もあいまって、最後はきついだろうと覚悟だけはしていたけれど、聞き
しに勝るものであった。最初はそれほどでもなく振り向いて谷の秋色を愛でる余裕もあっ
た。沢を歩くだけにゴロ石が多くて歩き難いわ、落ち葉が溜まった部分に足を突っ込めば
その下が水溜まりで靴を濡れるのが厭わしいわ等とのんびり構えていた。が、水が伏流し
て途絶えがちになり、沢の形状も消え加減になると途端に厳しい登り。おまけに多分、以
前は熊笹でも生えていたらしい土の斜面だから、ちょっと油断すると滑り落ちかねず、ピ
ッケルが欲しくなるくらいである。こうなると手足をフルに使い、最寄のしっかりした立
木を探しながら、雪と同じく爪先をなるべく土に蹴こんで足元を確保していく。落ち葉が
溜まっている部分は「棚」になっているのだろうと足場にする。所々にロープが設置して
あるのが「地獄に仏」大いに助かる。そんなわけでこの間、手足は斜面を捕まえることに
フル稼働で、デジカメを構えることも忘れていたのだが、撮っていたとしても、えてして
臨場感は伝わらないものだ。
そんな苦労をして上がった山頂だが、北側からテープと踏み跡が上がって来ているのに
気づいた。本来のコースは斜面途中で左(北)斜め上方向にトラバースして尾根に上がるら
しい。今回はそれに気づかず直上したから余計急斜面であったようだ。でも苦労した甲斐
あって、ほうほうの体で上がった所は偽ピークでもなく、ズバリ山頂の三角点と、とりど
りの山名板が取付けられた場所である。
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やっと行き着いた皆子山山頂
猛烈といわれたクマザサはもうない |
山頂はベテランらしい小父さんが一人のみ。その人もやがて東尾根で下っていく。後は
我々のみ。ガイド本の写真で見かける山頂を囲む熊笹も枯れ果てたのか全く見当たらない。
お蔭で東から北方向だけだが存外展望は良く、安曇川渓谷の向こうに武奈ヶ岳から蓬莱山
に続く比良山系の山並みが一望できる。北北西にはランドマークの鉄塔を戴く花脊峠が指
呼である。山頂部は広く、やや南の皆子谷の源頭は明るく、柔らかい曲線を描いて、青葉
の頃が良さそうに見えたが、今は一面のシダ原になっている。
山頂に戻ると、トレランでもするらしい単独小父さん。その人と交代でこちらは下山に
かかる。20mほど東に行くと寺谷(右)と東尾根(左)の降下点が隣り合って並んでいる。
時雨で霞んだ空気の中に琵琶湖が見える。
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東尾根途中から眺める琵琶湖。左の山際には琵琶湖大橋も |
しばらくは植林と雑木林の境目を行く。道は非常にしっかりとしている。谷コースが荒
れている現在、古いエアリアマップには載っていないこのコースがメインなのだろう。時
折、琵琶湖や琵琶湖大橋が覗くのもアクセントになる。
941mピークのちょっとした登りを越えると、もう登りらしい登りは無い。北側が覗
けた時、綺麗な虹が出ていた。ちょうど起点にした足尾谷橋付近は名物北山時雨のようで、
もう一ヶ月もすれば雨ではなく雪模様になるのであろう。
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P941付近から足尾谷方面を望む。北山時雨に虹が架かる |
837mピークを過ぎると植林がなくなって一面の雑木林になる。眼下に下山地点の平
の集落が豆粒ほどに覗き、なかなか気分の良い所。3時のおやつにしようと小休止である。
早くも西に傾いた日が差してくると、カエデやシデ、コナラの赤や黄色のグラデーション
がなんともいえない。しかも静かだ。考えることはみんな一緒らしく、我々に先行してい
た下山グループもその先で休憩していた。
やがて自然林も尽きて再び植林下の下りとなる。ここも急斜面だが、道がつづら折れに
なっているから余程楽。普通の道がこんなにも有難いとは。(笑)
さっきから聞こえて始めた車の騒音が次第に大きくなってくる。すると植林の間から地
面らしい白っぽいものがちらつきだした。さらに近づくとそれはこじんまりとした墓地と
その取付道路だと知る。杉の間を縫うように降りて石地蔵を祀る小さな祠の横に飛び出す。
すぐに墓地は横に建つ正教院と呼ばれる曹洞宗のお寺のものとわかる。今は無住のようだ
が、江戸期に尼僧が創建したといい、小作りだが、地元の方々が大切にしているらしく、
良く手入れがなされている。ささやかな庭先のシャクナゲが立派に思えたが、今は鐘楼横
の色づいたカエデが鮮やかだった。
寺への小道を下ると、下山途中に見えた平の集落だ。ひっそりしているが農作業の後片
付けをしている高齢者の方と元気な犬がいる。仲平会館の前からR367に戻ると、さっ
きからポツポツ来ていた空から、耐えて歩くには一寸勇気がいるくらいの雨粒。幸い『杣
の道』がすぐそこ。軒先を借りていると店主が中へ入れと誘ってくれる。お言葉に甘える。
『杣の道』の中は面白い古道具が所狭しと置かれている。地酒を買ったり、歩く途中で
収穫したナメコを分けたり、お茶をご馳走になったりしているうちに空が明るくなってき
た。安曇川沿いに旧道を20分ばかり歩けば、朝に停めた車が見えてきた。
運動不足で大丈夫かいなといささか不安もありながら参加の手を上げた今回のオフ。数
々の渡渉に激登り、今までで一番ワイルドだったのではないだろうか。ヒルも影を潜め、
また雪もなく、晴天続きで少ない水量にも恵まれて、無事なんとか完歩できて大満足。こ
れで近畿の最高峰をようやく全て完登することが出来た。企画のSさん、同行の皆さん有
難うございました。空は雨雲がいつしか去り、再び澄んだ青が覗いていました。
【タイムチャート】 |
06:50 | 自宅発 |
08:05〜08:25 | 伊香立公園前ローソン(集合地) |
08:40〜08:50 | 足尾谷橋(駐車地) |
09:02 | 中村発電所 |
09:22 | 林道終点 |
09:50〜09:55 | KRAC芦火小屋上部 |
09:59 | 古い道標 |
10:10〜10:16 | ツボクリ谷出合(小休止) |
11:36〜12:08 | トチノキの広場(昼食) |
12:12 | トチノキ屈曲点(古い私製道標) |
13:07〜13:22 | 皆子山(971.3m 三等三角点『葛川』) |
13:45 | P941 |
14:10〜14:25 | P837南の自然林台地(小休止) |
14:54 | 正教院墓地 |
15:05〜15:25 | 杣の道(雨宿り) |
15:44 | 足尾谷橋(駐車地) |
■同行: さかじんさん、たらちゃん、ハム太郎さん、ひろぴぃさん(五十音順)
■今回のルートはこちら
皆子山のデータ |
【所在地】 | 京都市左京区、滋賀県大津市 |
【標高】 | 971.3m(三等三角点『葛川』) |
【備考】 | 安曇川を挟んで比良山系の西に位置する京都府の最高峰
ですが、麓からは視認し難い山です。南と東の山脚を安
曇川が洗い、四本ある登山コースの内、三つは谷筋です。
近年の台風や豪雨で谷筋が荒れており、歩く場合は渡渉
の補助の為にストックは必携で、水量が多い場合は平集
落を起点とする東尾根往復が無難です。
■近畿百名山、■関西百名山 |
【参考】 | 国土地理院『電子地図』 |
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