高代寺山〜秋の里山散歩

久しぶりに訪れた高代寺山の二等三角点
平成26年10月26日(日)
【天候】晴れ
【同行】別掲


 季節遅れの台風上陸などで不順だった今年の秋も大分落ち着きを見せて、この間も丹波
篠山に黒枝豆刈りに出かけたが大粒の実入りであった。そんな秋真っ只中の10月の定例
オフは、近場、能勢の里山高代寺山。幹事のTさんの地元である。下山後はちょこっとビ
ールを引っ掛けてと。それを楽しみに出掛けたりして...。(笑)

 近場なので少し遅い集合なのが助かる。コンビニに寄りたいのでやや早めに家を出る。
8:40。能勢電ときわ台駅は9:47着。もう数人の先着メンバがホームのベンチに座
っている。

能勢電の高架を潜って階段へ
登りきると道標がある
 人身事故があって少し遅れたメンバも無事到着。総勢10名、若干遅れて出発する。能 勢電のガード下を潜って右に折れる。住宅街を突当りまで進むと50段くらいの階段があ る。登りきるとそこは山腹を巻くようにつけられた狭い車道で、左へ道なりに進んでいく。 格好の散歩コースらしく、地元の年配の方がチラホラ歩く姿と出会う。  黄色みを増した雑木林を横目にワイワイ駄弁りながら歩く内に、光風台の道標があるカ ーブの突端に山の中へ誘ういい山道が現れる。これが山下道といわれる古道だそうだ。以前、 山下古道のことを教えられて、川西の郷土館から三角点『大昌寺』を経て川西の郷土館へ戻 ったことがあるが、光風台の造成で途切れた後の、これがその続き部分なのだろう。
光風台の山手から尾根沿いの山下道へ
木漏れ日が柔らかいおだやかな山下道
 さて、山下道はコウヤボウキの咲く雑木林の中をゆるゆる、くねくねと続く。ほとんど 傾斜はない。時折、どこへ向かうやら枝道がある。本道は人工林と雑木の境目なので暗く なったり明るくなったり。それが突然開け、左に短い草の斜面、足元に細い水路が見えて くると道標が現れ、比較的新しいお地蔵様の石仏が置かれた辻に出る。直進するとよく手 入れされた新興宗教施設と思しき墓所である。  ぶつかったのは妙見口から延びる高代寺の参道らしい。草原の斜面は思った通りやはり 溜池の土手で澱んだ水が溜められ、その上は以前は棚田だった名残のある段々台地である。 お茶の木が椿に似た白い花をつけ、炭の原木となるクヌギはヤマオヤジの形を残し、古い 農家の自給自足生活の一端を髣髴とさせる。湿気のある荒地には珍しくカリガネソウが特 徴ある青紫の花をつけている。振り返ればときわ台の新興住宅地と五月山連山のコントラ ストだ。
ヤマオヤジ。能勢は池田炭の産地
 その段々台地の中ほどに、高代寺の参道の名残の町石が置かれている。ほとんど摩滅し た六地蔵は江戸時代初期慶安年間のものだというから、約400年前のもの。ちなみに町 石は12個置かれているそうだ。
高代寺参道沿いの六地蔵(江戸時代初期)
 隠し田の雰囲気のある野面積みの石垣を見ながら登っていくと、やや荒れているが徐々 に山道らしくなってくる。ミカエリソウが足元を覆い、斜面にはヒガンザクラの大木が枝 を広げている。手入れの行き届いていない竹林の伐採地があって右に踏み跡を辿ると、カ エデの大木の根元にベンチの置かれた休憩所がある。小休止。ここでTさんお手製のバナ ナ、キウイ入りのクレープを頂く。料理には一家言のあるTさん、生地を一夜寝かしたそ うで、なかなかの美味でした。  小腹を宥めた後は分岐に戻って、伐採地を上がっていくと不意に車道へ出た。右へ10 0mも行けば高代寺だそうだ。その手前に小さなお堂があり、車道下に阿迦井の湧水があ るとのことで一口含んでみる。あまり冷たくはないが、癖のない軟らかい味である。  車道の先に見えた建物は高代寺の庫裏らしい。しかし、人が住んでいる気配がない。庫 裏近くに背丈ほどのサンショウの木が実をつけていたが、もう採る人はいないのだろうか。 (最近、住職がみまかって、大黒さんも山を下りられたとのことである。(高代寺のHP より))
高代寺本坊。近頃、住職が亡くなられたという
 高代寺の由来を書いた案内板の前に50段ばかりの石段がある。登ると歓喜天の赤い幟 の立つ本堂(薬師如来堂)で、「やすらぎの納骨堂」の額が上がる小堂が向かって左にあ る。山頂へは市販のガイド等はアンテナ施設の舗装路を利用するように書かれているが、 納骨堂の左手奥の竹やぶが山頂への近道だそうだ。あまり手入れされておらず、折れて倒 れた竹が多くて歩きにくいが、山腹に平行に作業道のような切開きがある。竹やぶを抜け ると登りになって、最後はジグザグにつけられた踏み跡を辿り、傾斜がなくなったと思っ たら、そこが丸い感じの山頂部で、アンテナ施設があり、その横に欠けのない二等三角点 標石を見る。石の小祠がその後ろに置かれている。  「こんなだったかなあ?」首を捻る。帰宅して調べたら、高代寺山は山を歩き出した頃、 16年も前に登ったきり。今回のコースとは違う方向から三角点にアプローチしたからで もあろう。ほとんど記憶にない。ただ、展望のなかったことは覚えている。その展望のな さはあいか相変わらずで、あとは大きな貯水タンク様なものが2つ置かれているだけの殺 風景さだ。そんなわけで食事をするにはあまり相応しい場所とは言えず、来た道を引き返 すことにした。  往路でやや薄いように思われた踏み跡も、上から眺めると光線の加減か意外にしっかり 付いている。ジグザグに下って竹やぶに入り、「やすらぎの納骨堂」横の観音像の前に戻 ってくる。やはりひっそりと我々以外に人はいない。  断りを入れようと本堂を覗くがやはり人の居る気配はない。寺院の境内でよく『不許葷 酒入山門』と刻まれた石を見るが、今回ばかりは境内で食事するのを許していただこう。  山歩の後半。吉川城址へは山頂とは逆方向の東尾根を辿る。途中、元禄時代というから これも結構古い五輪等や観音霊場巡りの石仏を見物してなだらかな小道を進む。このあと、 麓まで厳しい箇所はほとんど無い。  吉川城址への分岐は一寸分かりにくい。黒川へ下る本道の枝道に当たり、しかも道標が 無いのだ。しかし、右の踏み跡へ入るとすぐにまた分岐があって、ここには小学校方向と 城址方向を示す道標がある。後は判りやすい尾根を外さず歩けば問題なし。指導テープも 所々にある。常緑樹と落葉樹の混交林にはヤマオヤジが混じる。4月に登った振野や妙見 山が時折、梢越しに覗く。  城の堀切らしい深さ2mくらいの溝が現れる。中央に土橋というか土の堤がある。やや 右に振りながら進むとのっぺりした台地に出た。吉川城址の標識があり、よく手入れされ ていてベンチも置かれている。コナラ主体の明るい林は涼しくて1時間くらい昼寝をした い気分になる場所だ。
吉川城址。周囲に堀切跡が認められる
 吉川城は別名長棚城ともいい、戦国期、能勢氏と領地を争った有力国人塩川氏が吉川氏 から奪った城だそうで、居城山下城の支城とする意味もあったのであろう。塩川氏は国満 の時、最盛期を迎えたが、能勢氏との確執から、豊臣秀吉方に攻められ自刃して果てたと いうが、正確なことは伝わっていないという。  城跡から更に尾根を東に行く。更に明確になった小道が続く。途中、木立がぽっかり空 いて、向かい側の妙見山と振野を見晴るかす場所があり、妙見ケーブルのケーブルカーが 上下するのを真正面で眺めることが出来る。おりしもケーブルが上下すれ違うところであ る。  小道は尾根から外れて小さな谷筋を降りていく。左側は下枝の無いまっすぐな喬木の林 である。右手に折れると牛を祀った小祠。木壁に掲げてある芳名板に見るともなく目をや る。奉納五十銭とか書かれてあるところを見ると、大正から昭和初期の創建であろう。続 いて右手に一抱え以上の大きな根上がりのカシかシイの木が現れる。浮き上がった根の下 が洞窟のようで中に入り込める。紙垂が巻かれているからご神木だろうか。
立派な吉川八幡宮社
 八幡神社の正面参道からはR477が近いが、里道を歩いて駅へ出ようという幹事さん の提案で右に半間幅の農道を行く。立派な家が多いが空き家も多く、能勢付近の過疎が進 んでいるという話題を身をもって感じてしまう。あちこちに植わった柿の黄色い艶やかな 実がたわわに実っているだけに余計寂れ方が強調されるようである。やがて花折街道に出 合い、地元の蜂蜜屋さんに寄ったりしている内に、いつの間にか能勢電妙見口駅前駅前は すぐそこになっている。  駅前の土産物屋の店先に置かれた床几には、先客のグループがもう怪気炎。幸い食堂の 中は空いていて、9名が陣取っても大丈夫である。生ジョッキに特濃豆腐セットを注文。 夏日だったし、ビールもよく冷えていて美味い。電車でのアプローチは車では味わえない こういう楽しみがある。(笑) ひとしきりワイワイとエピローグを楽しんだのだった。  秋晴れの一日、今日も楽しく遊ばせてもらった。アルコールに少々顔を赤くして車窓の 人となる。皆さんお疲れ様でした。
【タイムチャート】
09:47〜10:12能勢電ときわ台駅(集合地)
09:35〜09:45行者還トンネル東口(駐車地)
10:30山下道入口
11:00高代寺参道出合
11:05〜11:10六地蔵
11:30〜11:41かえで広場(小休止)
11:45車道出合
11:55〜12:02高代寺庫裏
12:14〜12:16高代寺山()
12:30〜12:55高代寺本堂付近(昼食)
13:22〜13:35吉川城址
13:54〜14:00吉川八幡神社
14:12花折街道車道出合
14:30能勢電妙見口駅前
■同行: 裏人さん、幸さん、高やんさん、たらちゃん、二輪草さん、水谷さん、蓮さん、      SACHIさん、Sumieさん (五十音順)
■今回のルートはこちら


高代寺山のデータ
【所在地】大阪府能勢郡豊能町、兵庫県川西市
【標高】488.5m(二等三角点『七寶山』)
【備考】
能勢妙見山の西に位置します。北側にときわ台カントリ
ークラブが、山頂の南東側に真言宗高代寺があります。
高代寺は天徳2年(958)創建で、昔は37もの堂宇
を数え、良寛も訪れたという古刹です。また西南山麓に
は一庫ダム湖が碧の水をたたえています。
アプローチは能勢電ときわ台または妙見口駅から登山道
が通じています。
【参考】
山と高原地図『北摂の山々』



トップページに戻る

inserted by FC2 system