稲村ヶ岳で宝剣を拝む

稲村ヶ岳山頂北のビューポイントから、歩いてきた尾根筋(右の山上ヶ岳からの尾根)
を眺める。左の伐採地の向こうの尾根は観音峯山へと続く尾根

平成26年10月11日(土)
【天候】薄曇り
【同行】別掲


 山上ヶ岳が女人禁制のため、代わりに登られることで女人大峰と呼ばれ人気の高い稲村
ヶ岳。その山頂部に宝剣が奉納されてあるそうだと知ったのは数か月前、山仲間からの情
報である。試しにググッて見ると結構ヒットする。それを一度この眼にすべく、四年ぶり
に台風襲来の前に出かけてみた。

 二週連続で週末から週明けにかけて台風がやって来る。夏も雨が多く不順だったし、週
末に山歩きする者にとっては不遇な平成26年ではある。体育の日を含めたこの三連休も
晴れが期待できるのは土曜だけという予想である。二日前だったが急遽、稲村ヶ岳へ宝剣
を見に行こうとメーリングリストに声をかけたら3人が集まってくれた。うち一人は経験
者。これは心強い。でも宝探しの醍醐味は一寸薄れるか? (笑) 

 集合地は洞川へ向かう虻トンネルを出た所、お馴染みの観音峯山の登山口駐車場。そこ
を目指して坂を上っていると、車窓からの山々にはガスがかかって幽玄な雰囲気である。

 集合は8:40だったが、8:20には全員が集まって、まずは下山口の母公堂付近に
一台をデポする。堂守の小父さんがコーヒーを入れて待っていると声をかけてくれる。続
いて他車で毛又林道へ。そこからレンゲ辻へ出るコースの起点となる清浄大橋までは、山
上川の右岸沿いに石畳の道で400mばかり。前方遥かの高みには山上ヶ岳が眺められる。
西の覗の岩壁も認められ、今からあの高さまでかとスタミナ切れが少々気になる。(笑) 
杉林を抜けると、女人結界門の周りに大峰登頂記念の石碑が林立する広場である。山上ヶ
岳の正面道の起点でもある大橋の朱塗りの欄干が鮮やかだ。

 登山口までの林道はいいウォーミングアップになる。少し色づき始めた木々の梢、咲き
遅れたアケボノソウの花、ハガクレツリフネの薄いピンク、ミカエリソウのブラシのよう
な赤紫の花穂が道端を彩る。そういえば何度か稲村ヶ岳は訪れているいるけれど、秋に登
るのは初めてなのだ。
レンゲ辻への登山口
 大峰山上の宿坊へ荷揚げに使われているらしい索道の建物を右に過ごすと、20分ほど で林道は尽きて、木の階段が右の林の中へと分け入る。ここは15年も前、山上ヶ岳へ初 めて登った帰路として、今回とは逆に下った覚えがあるが、その頃に比べると格段に整備 が進んだようだ。  川瀬谷の左岸沿いにしばらく進む。道は至って明瞭、大した急登もなく、なだらかな部 類だろう。谷は水量も豊かで大きな音を立てて流れる。その流れに近づいたりかなり下に 見たりしながら次第に高度を上げる。白く泡立つ流れに、黄ばみ始めたカツラやトチノキ などの自然林が美しい。  小半時も歩いた頃合いだったか。歩き始めのダルさがやっと取れた頃合い。大きな岩盤 から流れ落ちる滝を眼下に見る辺りで小休止。レンゲ辻まで距離的には半分くらいはこな したろうが、高度的にはまだ1/4かせいぜい1/3であろう。  右から大きな石の転がる荒れた沢が合流してくる。この辺りは少し荒れていて道筋はは っきりしない。テープと黄色い金属製の行先案内板を確かめて涸れた沢を横切ると、やが て大きな山壁に囲まれたようなやや平坦な場所に出る。振り仰ぐとうっすら錦繍を交えた 垂直な岩壁だ。踏み跡を辿ると突当りには環境省の立派なオフィシャル標識があって、左 に折れることを促す。ここからが本格的な登りの始まりだった。
川瀬谷源流部の登山道横にあった大木
 立派な木製階段が現れる。点々と細かい穴が開いているのは冬場にアイゼンで登る人が いるのだろう。段差が些か合わない階段を息を切らして登りきると、山腹につけた桟道の ような小道が続く。2、30m下になった沢の水音もようやく細ってくる。  前方の高みが撓んで空が見え明るくなっているので、もうすぐあそこが峠かレンゲ辻か。 期待が裏切られること幾度か。到着すればまだその先に高所があるのを繰り返す。(^^;  一旦離れた谷が再び右側深くに現れる。それがすぐ直下になる頃、いつの間にか水音は消 え伏流となり、吹き降ろすような風も出てきて、ようやく待望の峠が近いことが分かる。 斜面を下る沢自体が登山道を兼ねていて、大小の石が折り重なって歩き難い。大雨の度に 消えるのだろう踏み跡は薄い。指導テープを忠実に追っていくと同時に歩き易い所を探し ながら、一気に増した傾斜をジグを切っていく。20mほど上に先に清浄大橋を先に出発 して行った二人のパーティの姿が見え隠れしている。  ゴロゴロした大きな石の斜面は終わって、ハウチワカエデが散り敷く綺麗な斜面に代わ る。振り向けば遠くまで見渡せるようになっている。近くは赤や黄に染まり始めた大峰、 遠くは青い山並み。コンパスを取り出すと北西の方角だ。やはり見慣れた金剛・葛城の山 並みだ。金剛山はここから見ると綺麗なコニーデ形である。
レンゲ辻への登りから眺める大天井岳から西へ小南峠への稜線
遠くに金剛、葛城の姿がある
 周囲は更にU字形に緩く湾曲した斜面の痩せたシダ原となって、それにつけられた九十 九折れをゆっくり上がっていけば、20mばかり上方に建造物が見え、人の声が降ってく る。レンゲ辻まで今度こそ正真正銘もう一息である。(^^;
秋色のレンゲ辻から山上ヶ岳方面。小稲村が荒々しい
 レンゲ辻は山上ヶ岳と稲村ヶ岳をつなぐ尾根の最もたわんだ部分で女人結界門がある。 五番関と同じものだ。一寸"女"の文字が傾いているが、女人禁制は今も厳守されている。 それにしても最後の登りは息も絶え絶えきつかった。(笑) 標高はCa1510m。川瀬谷 の滝付近からほぼ300mを一気に登ってきたことになる。昼食予定の山上辻はCa154 0mだから、もう稲村ヶ岳の登りまでは大きな登りはないのが嬉しい。(笑)   先行していた親子連れは山上ヶ岳方面に向かっていった。こちらはその後もしばらく憩 って、吹き抜ける風に体も冷えてきた頃、やおら腰を上げる。  ここから先、山上辻まで小生にとっては未踏区間だ。すぐにちょっとしたピークが控え ている。また登るのかと思いきや、綺麗な踏み跡は北側を巻いていく。右手は深い谷だ。 気をつけねばと思った矢先である。右足がズルッと滑った。「?、これは?」と四つん這 いになったと同時に右足の流れるのが止まった。ホット一息。危なかった。それがトラウ マになったらしく、しばらくは危なそうな所は必ず四つん這いになる小生である。(^^;  踏み跡の傍に白い小さな花を誰かが見つけた。ナデシコのように花弁の縁が細かくそば だっている。シラヒゲソウだろうか。湿地の花のイメージがあるが、ここも山の北側の水 が染み出すような場所だけれど同定に確信はもてない。
山上ヶ岳、右手の笹原が「お花畑」
中央辺りが「日本岩」で左奥が「西ノ覗」
 忠実に尾根をたどる。山腹をへつる細い部分もあるが、山上ヶ岳からレンゲ辻まで来る よりはかなりなだらかである。そして山上辻に近づくに従って、山上ヶ岳がその全貌を現 してくる。左手に西の覗。岩の舞台のような日本岩。お花畑と呼ばれる笹原も指呼である。 尾根がやや広やかになり、カエデやナナカマドが適度に配されたさながら日本庭園の趣き の場所を抜けると、最初は見えなかった大日山と稲村ヶ岳が姿を現し、左手にゆっくりと 近づいてくる。北東側からは初めて見る角度である。
まるで日本庭園の趣
レンゲ辻から来ると山上辻手前に稲村ヶ岳と
大日山のこんなビューポイントがある
 「水源地の為、キャンプ禁止」の看板を見て、沢の源頭部を10m程度の木橋で越える。 なぜか枯沢の上流部の斜面に五右衛門風呂の湯釜が放置されている。大きく右にカーブす ると、林の向こうに稲村小屋の屋根が見えてきた。測った如く正午きっかりの到着。小屋 の前のテーブルでは既に幾つかのグループが賑やかに食事中。幸いテーブルが一つが空い ていた。歩いていれば心地よかった乾いた風も、座っているとやや寒い。そろそろ暖かい 食事が恋しい季節になっている。  40分ばかりの大休止をとってまずは稲村ヶ岳へ向かう。天空に突き出るような大日山 はもう半分、錦の衣を羽織っている。目の前にはナナカマドの赤い実、大峰特有の笹原に はトリカブトの茄子紺の花が揺れる。  笹原が途切れて、大日のキレット辺りからはツクシシャクナゲの群落が目立ってくる。 多くの蕾があるので来年も初夏の頃はピンクの花園になるだろう。ロープ場を過ぎて山頂 の裾を一旦南に抜けて折り返すように尾根に上がり、50mも戻れば三等三角点で、その 横から広い展望台に上がる。大峰北部から中部の主稜をはじめ、金剛・葛城、和歌山の山 々までほぼ360度。大峰屈指の大展望だが、もっと凄い展望が得られる場所があるとい う。三角点の標石横を抜けて尾根を北へ。シャクナゲとモミのような針葉樹が混交する間 になんとなく薄い踏み跡がある。それを辿っていくと左手にちょっとした段差のような高 みがある。木々の裾に潜り込むようにその段差に上がると、そこは飛び込み台のような岩 の突端で、吸い込まれるような感覚に遮る物は何もない。そして、直下の樹林から目を上 げていけば、法力峠から観音峯山と続く稜線、金剛・葛城の峰、五条や御所近辺の白く霞 む平野などが広がっている。更に北方向に目を移せば、大天井ヶ岳、午前中に歩いてきた レンゲ辻からの稜線がある。しかし、何といっても圧巻は大日山を指呼に見下ろす感覚で あろう。何となく鳥になった気分で、この角度から眺める大日山も初めてだったからなか なか新鮮。でも足元だけは常に注意がいる。  展望台に戻って、さて、続いては本命、宝剣探しである。といってもTちゃんが鎮座す る場所を知っているので、冒頭にも書いたように宝探しの醍醐味は味わえない。しかしな がら、下山を考えると、あれこれ探している時間は自ずと制限されるから、場所が分らな いと探しあぐねて帰っていたかもしれず、結果的には良かったと思う。そんなわけでピン ポイントで宝剣の場所へ向かう。  宝剣が鎮座まします場所はあえて特定しない(大きな天然の桧がある小さな切開きとだ けヒントにしておこう)が、大日山を南面する大日如来になぞらえた場合に、木々が茂っ て邪魔してはいるものの、それを遥拝するにいい位置であることは間違いない。宝剣は高 さ2mはありそうで、それを立てる鉄製の枠に支えられているが、自然の中にあると意外 に小さく見える。しかも周囲に同化していてちょっと見では見過ごしてしまいそうである。 枠には昭和23年5月、兵庫縣武庫郡、藤田鉄工所 奉納、世話人 赤井五代松とある。 五代松氏とは五代松新道を開削し、大日山山頂の仏さんにも名前が刻まれている人物だ。 一世紀近くを経ているが剣は黒く鈍く光り全く錆びておらず、比較的新しい碑伝が一枚、 奉納してある。今でも勤行する人がいるのであろう。
宝剣。世話人赤井五代松の名も刻まれている
正面に廻ると奉納、藤田宗一、藤田鉄工所の文字がある
 宝剣に向かった時と同様にシャクナゲの反発を喰らう。滑る斜面をトラバースするのに 気を使いながら歩き易い所を探して登山道に合流する。お昼時には全て塞がっていたテー ブルも、もう小屋主の小父さんが一人作業するだけになっている。  一息入れていたらもう15時近い。登山口まで2時間は見なければならない。暗くなら ない内に下山したい。それより母公堂でコーヒーもいただかないと...。(^^;  途中に落石で完全に破壊された橋があったが、注意すれば通行に支障はない。枝振りが 氷河時代に繁栄したマンモスに似た木があると聞いていたので、帰路、前に注意しつつ、 たびたび振り返っては後ろを確かめていたのだけれど、結局、それらしいのは見つからず、 法力峠まで来てしまう。  秋分を過ぎて陽が傾くのも随分と早くなってきた。16時前。陽の陰る東側はもうやや 薄暗い。大きく右にカーブするところで立ち休憩していると、稲村小屋の主人が荷物を背 負って降りて来た。古いトタンを荷降ろしするらしい。沢音が聞こえ始めた。五代松鍾乳 洞の分岐まではもう少しである。
落石で壊れたという登山道の橋
 大気がやや茜色になり始める頃、車道に降り立つ。母公堂に寄り道して、淹れて頂いた コーヒーを啜りながらメンバーが下山してくるのを待つ。その間に堂守の小父さんと四方 山話。先代の堂守さんもお達者なこと、『クマ出没注意』の看板のことを尋ねると、1、 2ヶ月前に、今日歩いたレンゲ辻辺りに出没したのだということ。単独だったら、そして その情報を先に仕入れていたなら、ちょっとビビっていたかも...。(^^;  そうこうするうちにみんな揃う。いつもコーヒーだけ頂くのも悪いので、今回もキーホ ルダーを一つ。白檀で作ったフクロウ。不苦労、福朗に通ずる縁起物にした。(^^;;  だべっていたら更に時間が経って、車にはスモールライトが必要な時間。宝剣も拝めた し、目出度し目出度し、夕闇が迫る天川を後にしたのである。同行の皆さんに感謝。
【タイムチャート】
06:10自宅発
08:10〜08:20観音峯山登山口駐車場(駐車地)
08:45〜08:50毛又林道起点(駐車地)
08:56〜09:05清浄大橋
09:27レンゲ辻登山口
09:50〜09:55休憩(滝横)
11:02〜11:10レンゲ辻
12:00〜12:40山上辻(昼食)
13:02大日のキレット
13:18〜13:40稲村ヶ岳(1,726.1m 三等三角点『稲村岳』)
13:50〜13:58宝剣
14:08〜14:25大日のキレット
14:40〜14:45山上辻
15:45〜15:55法力峠
16:40〜17:00母公堂
17:05毛又林道起点(駐車地)
■同行: たらちゃん、二輪草さん夫妻(五十音順)
■今回のルートはこちら


稲村ヶ岳のデータ
【所在地】奈良県吉野郡天川村
【標高】1,726.1m(三等三角点『稲村岳』)
【備考】 大峰山寺のある山上ヶ岳から西に延びる山塊に位置し、
大峰山脈主稜と神童子谷で隔てられています。
戦前はここも女人禁制でしたが、戦後開放され女人大峰
とも呼ばれます。遠くから眺めると、稲藁を束ねた姿に
見えることから名づけられたようで古くは雨乞いの山で
もあったようですが、神奈備山とも考えられます。
近鉄下市口から洞川温泉行の奈良交通バスが出ています。

■近畿百名山■関西百名山
【参考】エアリアマップ『大峰山脈』


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