弾丸登山?で木曽御嶽山 |
剣ヶ峰から御嶽山の火口原。万年雪の右側の一ノ池は涸れている。右の二ノ池は日本最高所にある湖沼。判り難いが畔に二ノ池小屋が見える |
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今回の山行は毛色を変えて久々に信州へ遠征。舞台は日本百名山の一つ御嶽山。日本 最西端の三千メートル峰である。 ところで世界遺産に登録された富士山では、夜にやってきて休息もとらず、山小屋も 利用せずにそのまま山頂を目指す、所謂弾丸登山をする登山者が多いという。今回の御 嶽山もそれに近いものがある。というのは同行のMさんに土曜に外せぬ用事があり、や むなく日曜深夜3時に出発。明日の仕事に差し障りなきよう、その当日に帰還するとい う弾丸登山さながらのハードスケジュールなのである。当初は前日に登山口に移動して アルコールなんぞで英気を養っておいて登ろうということだったのだが、さて、体力不 足のわが身にこんな芸当が上手くできますことやら...。 前夜。NHKでゼロ戦に関するドキュメンタリーが21時から放映され、思わず見入 ってしまう。終わるのは22時半だ。これは最後まで見るわけにはいかない。とりあえ ず少しでも寝ないと...。(^^; うとうとしながら起き出したのは2時過ぎ。都合3時間 くらいは寝られただろうか? ちょっと気付けのコーヒーを飲んで、無事、約束時間に Mさんの車に乗ることができた。 未明の高速は車も少なく非常に快適。彦根辺りでほのかに東の空が白んでくる。適宜 休憩を取りながら、中津川ICで降りてR19を木曽川沿いに進む。木曽福島に達する までが長かったが、県道を更に王滝村中心部から登山口のある田の原まで上がっていく のがこれまた長い。昔は有料道路だったスカイラインを延々と登り詰めていくのだ。道 沿いには大峰とよく似た石碑(霊神碑)が左右に林立している。王滝村は御嶽教のメッカ。 『王滝』の名前も御嶽からきているそうな。陀羅尼助と同様の百草丸という丸薬もある。 車で登っていると、その間に植生が変わるのが良く分かる。スキー場の施設が現れる と、周囲はシラビソ、ハンノキの林。カーブでは時折、中央アルプスの山々が雲海のか なたに姿を見せる。それを見るとだんだんテンションが上がってくる。小一時間も九十 九折れを走ったか。スキー場の上部を過ぎると、路肩に駐車する車が現われ、三笠山の 裾を右に大きくカーブすると、そこが登山口の田の原である。早くも多くの車で満杯。 御嶽観光センターを過ぎた突き当たり、車道が小高くなった部分の路肩にやっと空きを 見つける。
目の前に頂をガスに隠した御嶽山がドーンとある。流石に三千m峰、想像以上に大き い姿。ここ田の原が標高2160m。剣ヶ峰が3067m。標高差は900mばかりで 考えてみれば六甲山に登るのとさほど変わらないとはいうけれど、酸素は平地の75% から67%。山襞には残雪。登る際に雪渓を横切るとはガイドにもなかったし、アイゼ ンのことはまったく頭になかった。よもやとは思うが「あんな所まで半日で往復できる んかいな」。体力不足に睡眠不足もあいまって、早くも心中弱気になった者にとっては、 登山口から山の全貌が見えるというのも罪作りなものである。(^^;; 腹が空いては戦ができぬ。まずは観光センターの食堂を通り抜けた北側のベンチで、 レーズンパンとおにぎりの簡単な朝飯とすませる。腹拵えしてちょっと元気が出てきた かな。
たもとには神社関係中心の案内図があり、ダケカンバ、ハンノキ、ナナカマドにツガや シラビソなどの樹木と熊笹に覆われた平坦地を分けて、一本真っ直ぐに御嶽山に向かっ て広い道が伸びる。白装束に身を固めた信者さんが先達に導かれて、1km先の遥拝所へ と向かう姿は天川村の洞川とよく似た風景である。
半袖、半ズボンでは涼しいというより少し寒いくらいだ。真夏の大阪ではとても考え られない。歩き始めはさほど傾斜もないので、ウォーミングアップというよりまだまだ 散歩気分である。が、右に出世大黒天、御嶽山遥拝所への小道を分けて、広い道が突き 当たる大江大権現の祠まで来ると俄然歩きにくい道に変わる。じくじくした木道から大 小の石が転がるガラガラ道。傾斜も増して樹林の茂みの中でまったく風もなく、今まで の涼しさは何処へやら。汗が眼鏡のレンズを曇らせる。『赤っぱげ』と呼ばれる赤土の ザレに出ると、ようやく少しは風も出てきた。見上げればはるか上の山腹を行く登山者 が巨象にとりついたアリに見える。あんな所まで登った人がまことに羨ましい。(^^;
しかも直登に近く段差もまちまちだから、歩くペースを乱されて休憩してもすぐに息が 上がってしまう。乱れた息を整えることと、足元に目が行きがちで気がつかなかったが、 上から声が聞こえてきて仰ぐと祠が見えた。金剛童子と石柱が立つ。先ほどからの声は 白装束の男性が祠の前で真言を唱える声である。祠の格子の中には蔵王権現に似た三つ 目の金剛童子の像。王滝口の参道を拓いた普寛行者の石碑もある。この辺りで標高24 75m。振り返れば三笠山の前に田の原の登山口に止められた車の列。遥拝所の甍も眼 下の緑の中に認められる。とりあえず小休止、小休止。汗が止まらん。(^^;
いつの間にかまたガラっと植生が変わっている。喬木が全くなくなって辺りは腰程度 の高さのハイマツ帯だ。同時に道も狭まって更に歩き難い。要所にトラロープがあって 助かる。この八合目から九合目付近が一番つらかったような。同じような風景がずっと 続くからだろう。しかも八合目と九合目の石碑がそれぞれ二つずつあるのだ。だから八 合目と信じてしばらく登った先にまた八合目が出てくるから「ええーっ?!」となるの だ。(御嶽神社の案内図によれば石室(避難小屋)の建つ箇所がそれぞれ八合目と九合目 らしい) 降りてくる団体さんが通り過ぎるのを待つのにかこつけてしばしの立ち休憩。その内、 ガスが切れて、今まで姿を見せなかった王滝山頂の頂上山荘の建物が小さく視界にとら えられた。あそこまで行けば...。ようやく目標が定まった感がある。(^^;
界。左手には大きな雪渓が残る。くぼみに目立つのは高山植物のイワギキョウ、オンタ デ、イワツメクサ、イワオトギリあたり。とくにほの赤く色づいたオンタデが良く目立 つ。ガイドにもあった富士見石。中央アルプスの向こう、目の高さに富士山の姿が見え るというが、生憎ながら雲とガスで視界はまったく伸びない。 登山者が休んでいる横に細い黒いパイプが斜面から突き出している。一口水と石柱に ある。元々、しばらく待ってようやく一口の水にありつけるらしいが、いくら見ていて も、一滴の水も出てこないようだ。(笑) 休憩回数がとみに増えた感があるが、なんとか九合目の中央不動までやってくる。も うへろへろである。これで直射日光にでも炒られたら、とても我慢できなかったろう。 幸い、雲が陽を隠してくれて大いに有難かった。見上げると王滝頂上がはっきり、くっ きり、大きくなっている。もうここまで来たらと急に力が湧いてくる。あれだけもう駄 目だとヒイヒイ弱音を吐いていたにもかかわらず、人間の意思なんて真に現金なもので ある。 王滝頂上は”頂上”とはいうが実は御嶽山の外輪山の一部である。御嶽神社の奥社が 鎮座するが、この先の剣ヶ峰にも奥社があるというからややこしい。まあそんな詮索は 抜きにして、11時と些か早いけれど、階段の端に座ってそろそろ昼にしよう。とはい っても、ほとんど朝と同じでパンとおにぎりだけなのだが....。(笑) 屋根に重石を置いた頂上山荘前から石段を上がると、赤茶けて荒涼とした火口原の風 景が目の前に広がる。その真ん中に一段と高い中央火口丘の剣ヶ峰が盛り上がる。遠く 近くシュウシュウと不気味な音が聞こえるのは、火口原の王滝頂上から100mばかり 離れた辺りで、黄色い硫黄がこびりついた噴気孔から盛んに噴出する硫化水素を含んだ 水蒸気だ。風向きが変わると時折、ここまで強いゆで卵の臭いが鼻を突く。金属製で小 ぶりの百葉箱様の物が置かれているが、気象庁が設置したガス検知器らしい。御嶽山も 実は雲仙岳のようにいつ何時怖い姿に変貌するかもしれない現役の火山なのだ。(~~; 八丁ダルミと呼ばれる火口原にはおたまじゃくしのような奇怪なまごころの塔、火祭 場の像が置かれていて、その間を登山者や信者が行き来している。剣ヶ峰までは標高差 約100m。昼食を摂った所為か登りも余りしんどくなくなった。(笑) ここを登れば もう登りはないという安心感の所為かもしれない。
信者の人々が聞き入っている最中である。一等三角点はすぐに見つかる。やっぱり一等 は一辺が大きくて立派である。いつもより強く頭を撫で撫でしておこう。(^^;
御嶽山山頂の山名柱が立つ場所は記念写真の花盛り。10人くらいが順番待ち。その 合間を縫って無人の風景を撮る。そして柱の横から下を覗くと、賽の河原と呼ばれる火 口原が広がり、岩ひだにはまだ残雪が見える。その向こう一段と低い部分には日本最高 所にある湖沼というエメラルドグリーンの二の池。畔には米粒ほどの登山者と二の池小 屋がある。
ら次から次へとガスが上がってくる為に残念ながら遠望が利かない。富士山を楽しみに していたのだがこれではいくら待っても駄目なようである。ちょっと疲れたので池めぐ りは省略。奥社でお守りを三つ買い求めて頂上を後にする。今から思えば二の池くらい 行っておいたら良かったかな。「後の祭りたあ、このことでぇい〜。」
下ってくる人が大汗をかいているのが良く分かった。段差が大きく平坦な部分がない 上に浮石も多い。御嶽山、下りにもえらく気の使う山なのである。登るのに時間がかか ったわけだなんて、体力の無さを地形に転嫁する小生である。(笑) 何時まで経っても田の原に着かない長い長い下りだと思ったけれど、時計を確かめた ら1時間半ほどだった。段差が大きいので下る度にドンと足や膝に衝撃がくるのだ。い い加減嫌気が差してきた頃に大江権現の前。遥拝所の参道をテクテク。14時前。田の 原はまだまだ車の数は減っていなかった。 王滝村は御嶽教のメッカ。道沿いには大峰とよく似た石碑(霊神碑)が左右に林立して いる。陀羅尼助と同様の百草丸という丸薬もある。 山に登った後に温泉があればいうことなし。幸い信州は温泉の宝庫。途中で見かけた 御嶽温泉王滝の湯の小さな看板を思い出す。王滝村の中心まで出てくると王滝の湯まで 5qの案内板がある。それに従うと一車線の道が村はずれへと誘う。狭いが曲がりなり にも舗装路だったのだがそれも途中まで。以後は林道まがいのダート道。面白いのは所 々に『あきらめないで』、『でこぼこ道ですみません1.5km先』なんて案内があるこ と。こんな淋しい道じゃあと途中であきらめて帰る人が多いのだろう。こんな道がまだ 続くかと思う頃、道は突き当たって、左の木立を透かして王滝の湯の建物が見えた。駐 車場には途中で諦めなかった先行車が3台あった。(笑) 素朴な平屋建て。ぼそぼそと喋る受付の小父さん、掘ったら出てきたんだと。元は村 営で財政難で閉鎖されたのをジモティーが集まって運営再開したという。夏休みの期間 だけはずっとやってるそうだが、通常は土日祝日のみ。露天風呂はなし。ただし、かけ 流しの湯は抜群。鉄分臭のする黄緑がかった湯は湯加減最高で、ほんと、苦労して来る 価値のある秘湯そのものでした。 夏休みの日曜で行楽地帰りの車が多かったようだ。断続的な渋滞に巻き込まれ、20 時には自宅でビールが飲めるとの期待は脆くも崩れて、帰宅は22時前。それでも余裕 で翌日出勤することができた。弾丸登山、往復600km、Mさん、運転ありがとうござ いました。
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