まだかまだかと柏木道を伯母谷覗

伯母谷覗にて大普賢岳をバックに筆者
平成24年 7月29日(日)
【天候】晴れのち曇り
【同行】別掲


 久しぶりに大峰へ行かないかとのお誘い。行先は伯母谷覗だという。以前から大台へ行
く時などにR169を走っていて、川上村柏木から奥駈道へ通ずる道があることを案内板
で知ってはいたのだけれど、いまだ訪れたことがない。食指が動く。が、このところのあ
まりの蒸し暑さに朝は体がだるくて山らしい山には行けていない。必然的に運動不足であ
る。ネットで調べてみたら、伯母谷覗、今の自分にとっては結構距離があるし、標高差も
1000m近くある。足手纏いになるのではないかとの懸念もないではなかったが、その
時はその時でピストンコースを途中で先に戻るも有りだろう。ケセラセラと手を上げた。
案の定、幾度も途中棄権が頭をよぎり、単独行では多分、最初の蟻地獄?斜面登りで早々
とリタイアしていたに違いないところを皆さんのお蔭で完歩できた。久しぶりの達成感に
夜のビールもまた格別でした。

 集合は川上村の道の駅7:45。5時前に起きて5:40には自宅を出た。久々の早出
である。順調に走り、飲食物を調達すべく途中のコンビニに寄っても7:25には集合地
到着だ。駐車場にはもう結構な数の観光客の車。日差しを避けてバス停のベンチで待って
いるとほぼ定刻にMさんらの車がやって来る。

 R169で大迫ダム湖の横をしばらく南下すると上谷(こうたに)の標識が出る。それ
に従って右折し、上多古川沿いに進むと再び上谷への標識がある。集落があるので「たぶ
ん」と予想はしていたが、道が一車線ながらも舗装路なのは車高のない普通車にとってあ
りがたい。簡易水道施設を左に見るとまもなく分岐がある。地図を見ると上谷へはここを
ヘアピン状に左折する急傾斜の道だ。やがて前方に民家の屋根が現れて、右に今回の取付
きである神社の階段が目に入る。こんな山深い所にそれなりの集落があるとはなんとも不
思議。ちょっとした隠れ里の雰囲気がある。地元の方に許可を得て、廃温室の横に車を駐
めさせてもらう。窓の外をアブがブンブン飛び廻っている。準備をしている間にも体にし
つこく突き当たって来る。体の長い輩もいやだけれど、この時季、最も好かれたくないの
はやはりアブと蜂ではあるまいか。(^^; 神社の石段の向かいの看板はギフチョウ保護を
訴えるもの。その横には先行者のものらしい車が一台ある。

久久能智神社参道前が取付き。車数台が置ける

 石標には久久能智神社と刻まれている。クグノチとは古事記にもその記載があるという
木の神のことで、上谷が林業で生計を立ててきた集落であることがわかる。その前を進む
と古い薪小屋がある。ここに私製の道標が立てられていて「右山道、左大峰山」と読める。
ところが実際はここは三叉路になっていて、左にもいい道(これは墓地への道)があり誠
に紛らわしい。道標の位置を数m奥にずらした方が、登山者も迷わずいいのではないかと
思われるがいかがだろうか。少し迷いながらもとりあえず直進すると、あまり手入れされ
ていないうす暗い柿畑である。その先、シダの茂るジメッとした部分を抜けると植林に覆
われた斜面となり、一間幅もある防火帯のようなザレた直上道が現れる。尾根までは約2
50mの標高差。この分では楽勝かと思われ、今しばらくは問題なかったのだが....。

神社前から薪小屋を経ていい道がある。が、この後とんでもないことに

 奥に入るに従って傾斜は徐々に増し、土に大小の石が入り混じった歩き難い斜面となる。
広く浅くえぐれた道というか沢の痕跡というか、それらしきものがまだ続くので、あまり
躊躇いもなく直登して行くがそれもいつの間にか消え加減。風もない杉林の下は暑く、汗
が拭いても拭いても噴き出してくる。この暑さの上に足元がずるずる滑るし、立木も朽ち
ているものが多いのでそれに100%すがることもできず、必要以上にスタミナを消耗し
てしまう。アリジゴクの罠に落ちた蟻の心境もかくや。運動不足の身にはかなりのダメー
ジである。(もうここでやめようか。)悪魔の囁きが早くも頭をかすめる。(^^;

 頭上20m先に大きな岩が見えた。左に巻こうとしたがザレた斜面はトラバースもなか
なか許してくれず、岩の右側がまだ登り易そうに見えたのでそのまま直登することにする。
稜線の存在を示す明るみがほの見えているのが唯一の励み。あそこまで行けばの思いだけ
で上を見ず、出ては消える薄い踏み跡を黙々と登るのだが、どうしても立ち止まる回数が
増えてくる。

 風が上から来始めると、稜線が近い証拠、今までの苦闘もようやく終わる合図だ。えら
く長い時間を要したのではと思ったけれど、腕の時計を見ると1時間と少しで案外である。
登り着いた尾根にはまだまだ現役らしい予想以上にいい道が走っていて、傍に石柱が立っ
ている。刻まれた文字は柏木三十四丁、大峰八十二丁とあり、大峰への古い参詣道である
ことが分かる。
汗だくで尾根に。するとハイウェイの様な柏木道と三十四丁石があった

 参詣道は北方向が下りになっていて、杉林の中に真新しい電柱が見え隠れしている。M
さんがそちらの偵察から戻って来る。立派な峠があるという。それがエアリアにもある上
谷分岐であるらしい。やはりあんなザレた斜面を登らずとも正式なルートがあるのだろう。
ルートロストは距離的にはショートカットになったものの、時間的にはロングカットにな
ってしまったようである。(笑) 

 全員が揃うまで小休止。他のメンバは無事だったものの、Mさんのズボンには立派な?
ヒルが取り付いていた。杉林のどこかで拾ったらしい。尾根上は一転、涼風が吹き抜け、
火照った体から一気に汗が引く。一息入れたところでいよいよ本命、柏木道と呼ばれる古
道歩き。右(西)を覗きこめばよくもこんな斜面を上がったものだと思われる悪戦苦闘した
杉林である。左手も植林でよく見えないが、吉野川が刻んだ大きな谷である。時折、バイ
クや車の騒音が上がって来るのはR169のトンネルがこの近くを貫いているからである。

 古道は尾根を緩やかに上がっていく。ほとんど下るということがない。20分も歩くと
台地状に尾根が広がる場所に出る。今は変哲もない人工林に過ぎないが、茶店か何かがあ
ったような雰囲気に”天竺平”と立派な標識がある。以前あったという丸太のベンチは朽
ちてしまって、今は原形をとどめていない。

天竺平から先は自然林のいい雰囲気に気になってくる

 天竺平から先は埋まった石灰岩らしい白っぽい岩が目立つややきつい登り。所々、ブナ
の混じった自然林が残り、ほの暗い植林から一転して周りが明るくて気持ち良い。古道は
尾根を微妙に外して北側を辿りながら、その突端を巻いて南側の山腹に移る。この尾根を
降りていけば、上谷集落へのアプローチに使った車道の途中にあったヘアピン三叉路を直
進する林道の終端から上谷川の上流部へ出るようであるが、地形図を見る限り谷はかなり
急峻な様子である。

 点名『杓子谷』の三角点のある尾根の山腹を巻きながら古道は更に続く。石標は二丁(
およそ200m)毎に設置してあり、柏木道のちょうど中間点に当たる五十八丁石は倒れ
ている。それにしても一本の石標だけでもかなりの重さがあろうに、50本以上を人の力
のみで運んだとは恐れ入る。信仰の力とはいえ、すごいものだと思う。

 尾根が降りてきて、古道と合体したところは風の通り道だ。一本入れるにはいい所。細
いがヒメシャラの幹も散見されるようになる。この茶色いすべすべした幹が夏は冷たくて
気持ちいい。山仕事に使った名残か、古いワイヤロープが埋まっていた

 2、3年前位なのか。小さい土砂崩れがあったらしい。唯一古道が消えている個所は1
0mほどすぐ上を迂回すると、その先からは石灰岩質の露岩が増えてきて大峰らしい雰囲
気になる。斜面に一様に苔むした岩が累々と転がるのは上谷川源流の源頭の一つなのかも
しれない。

 GPSではもうそろそろ伯母谷覗にやってきてもおかしくはないのだが、いっかなそれ
らしい場所に着かない。どうもぐるりと山腹を巻きながら近づく気配である。シャリバテ
もあって足も重くなってきている。その重い足で小さな尾根の鼻を巻くと、今度は岩が累
々と転がる斜面の下に出、明快だった踏み跡が消える。テープを目印に途中から右手の斜
面に方向を変えて岩を伝うと『柏木道』と大木の幹に案内板が出た。

 案内板の向かいの親子遭難碑は昭和三十年代のものだ。雪の季節に道を失ったか、雨で
体温を奪われたか。ここは遭難碑の前に上がらずにすぐに左へ折れるとよい。すぐに小さ
な木橋があって、後は左に小さな流れに沿えばいいが、小広い台地は何処でも歩け、踏み
跡が先ほどよりも薄くなっているのでガスの時は注意した方が良いだろう。

 遭難碑の前を左に折れて自然林の中を進む。ほんの小さな流れを遡る形で歩いて行く。
バイケイソウがポツンポツン。緑がかったクリーム色の花を咲かせていて和ませてくれる
けれど、まだ周囲に崖があるような明るみは見えない。GPS上はもうとっくに着いてい
てよさそうなはずなのだが....。シャリバテとスタミナ消耗で少しの登り勾配を見てもも
うここでいいわ、となる。(笑) そうして空腹を騙し騙し、200mも進んだ頃だろうか、
踏み跡は小川を渡って向こう側へ。今度は折り返すような形で更に小さな流れ跡の窪みを
遡る。適当なところで眼前に見える高みに対し最後の力を振り絞ると、そこはまだかまだ
かと裏切られながらもようやく行き着いた伯母谷覗であった。標高はCa1470m。パッ
と明るくなった先は白く霞んだ空と緑深い山並みのみであった。

伯母谷覗から大普賢岳

 伯母谷の深い谷の向こうにあるのは大普賢岳。峨々たる山並みが大きく迫る。スパッと
垂直に切れ落ちた伯母谷覗の岸壁を見渡す位置に、大峰の靡によくある碑伝が一枚置かれ
ている。大普賢岳の凹凸目立つ山並みを仏に見立てたものであろう。良く眺めると深い緑
の中に建造物が見える。その近くにピラミダルな山。和佐又山のロッジとキャンプ場のよ
うだ。大普賢岳に登るにあんな所から登るのか。人間の足は偉いなあ!(笑) (伯母谷覗
から2、30分程度で女人結界門を経て奥駈道に合流できる)

伯母谷覗。人間と比べて下さい

 ザックを下ろし座り込んでまずはお茶で喉を潤す。弁当を広げると何処から来るのかわ
んわんとアブやハエが飛び廻る。チクッと痛みが走る箇所にはアブの姿。これではおちお
ち座って食事もしていられない。結局、立って食べる羽目になった。(^^; 腕に止まった
奴を見ると眼が緑色の綺麗なアブであった。(アオコアブもしくはイヨシロオビアブとい
う吸血アブらしい。実は帰りの車の中にも1匹紛れ込んでいた。)

 いつの間にか水気を含んだような雲が増えてきている。そういえば大気が不安定な為に
昼過ぎからの降水確率が高い予報が出ていたっけ。と思った瞬間だった。低く腹に響くよ
うな音が尾を引いた。雷鳴だ。まだ遠雷らしく鈍い音なのが救い。周囲の山々もはっきり
見えており、今しばらくは大丈夫だろう。来た道を戻るべく撤収を急ぐことにする。

 辺りがうす暗くなり、夕方と間違えたのかヒグラシが鳴きはじめる。気のせいか雷が近
づいてくるようだ。というよりも雷鳴は北方から響いていて我々が近寄っているらしい。
道はほぼ下り一辺倒でほとんど登りがないので、往路であれだけ時間がかかったのが嘘の
ように道がはかどる。天竺平から遭難碑まで2時間強も要していたのが、雷に追い立てら
れたこともあるけれど、復路は1時間半弱であった。

上谷分岐。この左に小さなお地蔵さんが置かれている

 天竺平の南の風の通り道で休息を取りながら後続を待つ。雷鳴が明らかに大きくなって
くる。一寸急いだ方がいいだろう。往路では気付かなかったTVの古い共聴アンテナを見
て、ようやく柏木三十四丁石に戻ってくる。そこから50mも下っていくとそこは上谷分
岐である。峠らしい峠。小さなお地蔵さんに『右 柏木蜜道、左 上谷村道』と刻まれた
石標や、上部が欠けているが『三郷建立』と刻まれたまである。上谷に下るべく左に下っ
ていくと、昔ながらの峠道によくあるジグザグに切られた明快な踏み跡である。しかも調
べてみるに、登った斜面とは近い所でいえば直線で20mと離れてはいなかったのである。
往路でなんであんな悪戦苦闘をしたのかとアホらしくなるくらいなのであった。(笑) で
は一体、なぜこうなったのか。下りながら検証してみると....。  

 山火事注意の立札を過ぎ、踏み跡が消え加減のザレ場を過ぎた辺りに来た時である。「
あれ?ここは....。」何時の間にか往路と合流しているではないか。「むむっ・・・?」
なぜ間違ったのだろうか。どうも本来の道が直登からつづら折れに変わる箇所が雨でザレ
ていた為、踏み跡を見逃してそのまま直進して登ってしまったことのようであった。前述
の火の用心の看板がある所で左に折れて、ザレ場を数m進めばまた明快な踏み跡が現れる。
薪小屋付近の標識といい、上谷分岐の標識の立派さに比して些か不親切だと思うのは小生
だけではあるまい。

 そんなことを思っている内に、ピカッ。稲光に続いて雷鳴。とうとう至近で鳴りはじめ
た。雨が来る前に車に戻ろうと先を急ぐ。もう取付きはすぐそこだ。柿林を抜けて神社の
前に戻ってくる。行きでは見かけなかったデリカが止まっているのは帰路にすれ違ったグ
ループの車だろう。境内前を右に折れれば車を置かせてもらった温室の横である。山道具
を置いて着替えを済ますのを待っていたかというふうに雨がポツリポツリと落ちて来る。
間一髪、雨にも遭わずにどうにか無事完歩することが出来、思わずフーッと出たのは溜息
であった。

 帰路、川上村の道の駅でコーラを購入。山を下りた後のこれが実に美味いのだ。(この
場合、カロリーゼロは駄目。本来の赤文字のコカコーラ)

 何はともあれ、落伍もせずに歩けて皆さんには感謝、感謝。所々で篠つく雨に遭いつつ
も大阪に戻ったが、雨の”あ”の字も考えつかない大阪の空にこちらは唖然。針で25℃
の気温が松原では33℃。なんだこりゃあ。(笑) 



【タイムチャート】
05:40自宅発
07:25〜07:45川上村道の駅(集合地)
08:05〜08:15上谷(駐車地)
08:16久久能智神社
09:23〜09:32尾根(柏木三十四丁石)
10:00〜10:01天竺平
10:45〜10:55柏木六十四丁石(小休止)
12:10〜12:12遭難碑
12:25〜12:45伯母谷覗(Ca1,460m)
12:58遭難碑
13:22〜13:25柏木六十四丁石
14:05〜14:15天竺平南付近(小休止)
14:20天竺平
14:35〜14:40尾根(柏木三十四丁石)
14:42〜14:43上谷分岐
15:05久久能智神社

■同行 幸さん、たらちゃん、みずたにさん(五十音順)


伯母谷覗のデータ
【所在地】奈良県吉野郡川上村
【標高】Ca1,460m
【備考】 大峰山への参詣道の一つ、柏木道の途中にあります。垂
直に切れ落ちた岩上からは南方向が開け、和佐又山から
大普賢岳が一望され、碑伝が供えられているのは山並み
を普賢菩薩になぞらえているのでしょう。参詣道には二
丁毎に丁石が置かれ、古くから歩かれた道であったこと
を忍ばせます。
【参考】
2.5万図『洞川』



■追記:
 遠かったはずである。帰宅してGPSの軌跡を地形図に落としてみた。崖に出たのは、なんと地形図の伯母
谷覗と記された地点から西に900mほども西に過ぎた所であった。しかもやはりガレ沢の源頭から反時計廻
りにぐるりと迂回していたのだった。
 ところで地形図の点線路はどうなっているのだろうか。先行テープがあったので誰かが歩いているようだ。
また行く機会があったら確かめてみても面白いだろう。

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