百里ヶ岳〜上根来から鯖街道を巡る

上根来へ向かう鯖街道から百里ヶ岳
平成24年 9月 2日(日)
【天候】曇り
【同行】別掲


 琵琶湖の西から北西に広がる江若、若丹国境の山々はなかなか奥が深い。近頃、高島ト
レイルが整備されて一般のハイカーに知られるようになったが、それでもちょっとした秘
境の雰囲気がある。そんな深い山中を掻き分けて、古来より行く筋もの鯖街道が今日へ通
じていたという。今回はそんな古道を繋ぐコースを皆さんと歩いてみた。すなわち福井県
の小浜市の上根来を基点に木地山峠から北尾根で百里ヶ岳へ。山頂から今度は西に向かい
根来坂に出て上根来へ戻ってくるという周回コースである。百里ヶ岳の一等三角点に久々
にタッチでき、晩夏を彩る花も彩りを添えてくれ、充実した山旅となった。

 7時に千里中央を出発し、湖西道路を経由してR303に出て熊川宿の道の駅で休憩。
小生の車のパワステが些かご機嫌な斜めなのでここでMさんの車に同乗させてもらい、そ
こから15km程走って遠敷川沿いに南下する。この辺りは早春のお水送りの舞台。東大寺
二月堂の若狭井の水は、遠敷川の鵜の瀬から届くのだという。下根来から道が狭くなり、
渓谷沿いの急カーブを何度か曲がって高度を上げていくと、やや開けた山懐が現れてそこ
に上根来の集落がある。昔は鯖街道を往来する人々で繁栄したことであろう。今は山の家
になっているらしい学校の建物があることでも分かる。しかし、数年前の初訪問の時に比
べてより過疎化が進んで寂しくなった感がある。完全に棟が落ちた廃屋をはじめ、ほとん
どの民家の戸口は閉められ、白い土埃が溜まっており生活の匂いがない。軒先の柿の木も
その実を採ってくれる主も無く、なんだか淋しそうである。(往時は300人を越えてい
た住民は現在では3世帯6人に、また現在山の家になっている小学校はS58当時に、も
う生徒2名に先生1名であったという。)そんな中、上から声が降って来た。小母さんが
畑で誰かと声高にしゃべっているようだ。それを見てなぜかホッとした。

木地山峠への道は上根来の広峯神社の前から始まる

 民家の庭先に木地山峠の標識が立つ。民家の横を覗くと坂の上に鳥居が見える。取付き
は広峯神社の前から始まるとのことなので、まずはここが出発点だ。昔は畑でもあったよ
うな雰囲気がする、今はシダに覆われた小さな荒地の中に続く踏み跡は、小さな尾根を乗
越すとすぐに杉桧林の下の、遠敷川支流右岸沿いの道になる。山腹をへつる踏み跡は雨で
流されるのか水平でなく谷の側に傾斜していて、はるか下から瀬音を上げるくらい深くな
っている谷へ滑って足を踏み外すと危ない。少し緊張を強いられる場面だ。その谷も徐々
に近づいてきてついには沢の中を右に左に渡り歩くことになる。要所の道標と先導テープ
を追っていくと、やがてやや大きな岩が累々と現れる。辺りは割に明るく、所謂、”コバ”
の雰囲気があり、思わず腰掛けて昼寝か本でも読みたい感じがする。山人も山仕事に疲れ
てこの辺りで一服したことだろう。

 やがて沢は二股に別れて踏み跡は右の支流沿いに移り、右岸の斜面をジグザグに高度を
上げていく。等間隔をおいて赤茶色のタマゴダケが顔を出している。毒々しいが実は食用
になるキノコだ。

 古道は山奥に入るにしたがってかえって明瞭になり、地形に逆らわず徐々に高度を上げ
ていく。やがて左にカーブした先に水平な台地状の場所が現れた。微風もあるので小休止。
ここで初めて百里ヶ岳らしい姿を見る。それに連なる百里ヶ岳の北尾根も大分近づいてき
たようである。

深掘れした木地山峠への道

 この辺りまで来ると雑木の森。地面にはクルミの殻、シバグリの青いイガが転がる。が
トチノキには実があまりついていないようだ。ごく小さな流れを渡る。分水嶺はもうすぐ
そこらしい。人声に驚いたのかカケスがけたたましい声を上げる。そういえばここまでカ
ケスの羽根が幾つか落ちているのを見かけていた。

 何という種類か、人間の背丈ほどの樹高の広い葉を持つクサギに似た植物の繁みを掻き
分けて、スイッチバック式に斜面を上がると前方に小さな祠が見えた。これで都合3回目
の訪問になる木地山峠で、ここまで1時間半弱の行程である。

 峠には一度目は百里ヶ岳から、二度目は近江側の木地山からやってきたことがある。地
形図上はそうでもないが、実際訪れると誠に峠らしい雰囲気のある峠でる。祠の屋根が修
復されていて、住人のお地蔵さんも満足そうである。そんなことで一息入れていると、桜
谷山の方から老若男女が混ざった団体さんが降りて来た。新ハイかなんぞの団体のようだ。
小休止なしに百里ヶ岳に向かっていったが、重ならないようにこちらの出発は少し間を開
けることにした。

 あまり太くない木々と杉が混じる木地山峠の南の尾根はほとんど下草もなく、ゆっくり
と標高を上げていくので急登もなく歩き良い。但しほとんど展望はない。時折、木々の間
から東側が透けて見え、桜谷山から駒ヶ岳へと続く尾根と深い麻生川の谷筋が覗く程度な
のだが、尾根が小さな露岩混じりになって来ると、急に東が開けて展望が良くなる。一際
高いのが駒ヶ岳。よく目を凝らすと湖西の平野と琵琶湖が霞んでおり、湖上に竹生島と思
しき島まで認められる。自然とこの辺りで食事をしようということになる。以前ここを今
日とは逆に歩いた時もこの辺りで食べたような記憶がある。711m標高点の近くである。

 いつの間にか空は曇り始めている。東に嫌な灰色の雲があるものの、雷の音はまだ聞こ
えてこず、山々の姿もはっきりしていて近隣で雨が降っている様子はない。大気は不安定
の予報だがまだしばらくは大丈夫だ。

 木地山峠からほとんど高度を上げていない。前方に蟠る百里ヶ岳とはまだ凡そ200m
の標高差がある。ということは百里ヶ岳近くで急登が待っているということだ。案の定、
どんどん傾斜が増してきた。とはいえ一本調子ではないので疲れも少ない。周囲がブナ林
に変わると稜線はもう一息で届くくらいの近さだ。やがて徐々になだらかになり、山頂の
山名標識が前方に見えた。
百里ヶ岳北尾根のブナ林を行く。山頂まではもうすぐだ

 「雲城水源泉の峰」と書かれた標識の立つ山頂には、木地山峠で出遭った団体さんが大
休止の最中。一等三角点峰だけれど木々の成長もあって展望は利かなくなってきているこ
とに加えて、東の空にさっきからある嫌な雲がだんだんと大きくなって来ている様子に、
5分ほどの小休止で根来坂方面の下山路へと進むことにする。

 こちらには補助ロープが用意されている。こんなに急だったけ。ズリズリと滑りながら
下っていくと、広葉樹の根元にルリボシカミキリを見つけた。ゴマダラカミキリより小ぶ
りだが明るい水色が目立つ華麗なカミキリムシ。但し、死ぬと赤く変色してしまう由。

 途中にある展望地はこの付近唯一の見晴らし台で、今日も遠く武奈ヶ岳の姿がある。こ
こを過ぎると傾斜も緩み、やがて百里新道との分岐である。根来坂へは再び登りとなり、
最後の胸突き八丁を一気に登り切ると白石山だ。薄日が再び射してくる。遠雷も聞こえず
この分なら最後まで大丈夫だろう。ここで西から北へ方向を変えると左下に林道が見え、
5分もかからず、大きなブナの下に一字一石塔と地蔵の祠のある根来坂にやってくる。南
に行けば近江の生杉を経て京、北に進めば上根来を経て小浜へと続く鯖街道だ。

ブナの古木が目印の根来坂。右が小浜に続く鯖街道
手前に行くと近江へ、中央はおにゅう峠へ向かう尾根道

 ブナの木の右下、幅1mほどの道を辿る。ここは初めて歩く道である。6年前は今回の
逆コースを巡ったのだが、おにゅう峠まで車で上がるという手抜き?をしている。(笑)
右手に歩いてきた百里ヶ岳から木地山峠の稜線を眺めながら、鯖街道は根来坂からの尾根
の東側直下を縫っていく。蝉しぐれを聞きつつ行く雑木林の下。ほとんど高低差を感じさ
せずそれでもゆっくり下って行くようで、古い峠道を歩く時、いつも上手い道の付け方と
感心するのだがここでも同様の気持ちにさせられる。

ブナ林の中に鯖街道は続く

 やがて緩斜面に出て、よく手入れされた植林の中に板で蓋をされた井戸とその横に石地
蔵が祀られている箇所に着く。お地蔵さんは今でも信心されている様子で、真新しい鮮や
かな赤いよだれかけに青々としたシキミが供えられている。井戸は覆いを取ると、今でも
数m下に水を湛えており、お地蔵さんは『池の地蔵』と呼ばれているそうで、果たしてい
かなる数の行き交う商人や旅人の喉の渇きを癒し、人々は拝んで行ったのだろうか。

 我々も一息入れた池の地蔵から5分もかからず、下に林道の白々とした路面が見え、法
面に付けられた坂を下って行くと「小浜から18.5km」「鯖街道」の標識が立つ。

鯖街道は途中で林道に寸断されている

 鯖街道はこの付近で林道に寸断され、林道との合流点から700mほどは無粋な林道を
歩かねばならない。ただ、展望は良く、北方に目立つのは多田ヶ岳だろうか。眼下には上
根来の一番山奥の建造物である家畜飼育場の廃墟の赤茶けた屋根が見えるけれど、はるか
まだまだ小さい。

 林道の右カーブ地点から再び鯖街道の古道が分岐する。橡やナラの間を縫ってようやく
急ピッチで斜面をジグザグに下り始める古道。やがてそれは手入れの行き届いた杉檜林の
中へと我々を誘う。山仕事の道を兼ねて、大きくうねりながら高度を下げていき、すると
どこからか渓流の音も聞こえ始める。やがて木々の向こうに建物の屋根らしき物が見え、
眼下に林道の路面がちらつき始めた。

 杉林を右手の林道と並行に進んで、直角に曲がって一気に林道のカーブ地点に降りて来
る。鯖の形をしたユーモラスな鯖街道の標識に顔を綻ばせて、今日も無事に下りてこられ
たことに感謝である。
林道との上根来側の合流点
ユーモラスな鯖街道入口の看板がある

 後は林道をテクテク下るだけ。すぐに山の上からも垣間見えた大きな飼育場跡を左にす
る。右手にポツンと墓が一つ。大正初期の水兵さんのものらしい。墓碑には横須賀で殉職
したとある。周囲には数軒の家の跡。ということは墓だけ残してこの水兵さんの生家は無
くなってしまったということか。百年の月日に容赦はないということだ。

 アスファルト道は暑い。ちょっと疲れを引きずりながら、小さな滝が架かる遠敷川を越
えて、墓地を左にしてカーブすると、ようやく上根来の家並みが見えてきた。その手前に
新しく立てられた周辺の案内図があったので確認して駐車地に戻る。集落は静まり返り、
聞こえるのは我々の声ばかりである。

 汗だくの上下を着替えて熊川宿へ。何は無くとも定番のコーラ。美味しかったがなんだ
か先週の金剛山丸滝谷の時ほど渇望感が弾けない。ん?山歩きに慣れて少し体も戻ったか
な?いやいやそれは錯覚で、あの時ほど暑くなかっただけかもしれない。とはいえやはり
往古に気持ちをはせながらの古道歩きは素晴らしい。また何度でも歩きたいと思わせるに
十分な江若国境の古道であった。

山道の途中で眼を楽しませてくれたナツエビネ



【タイムチャート】
07:00千里中央(集合地)
09:35〜09:44上根来(駐車地)
09:45木地山峠登山口
11:10〜11:18木地山峠
11:40〜11:56711m標高点付近(昼食) 
12:42〜12:46百里ヶ岳(931.3m 一等三角点)
13:12〜13:18百里新道(シチクレ峠)出合
13:44〜13:56白石山(Ca860m)
13:59〜14:01根来坂
14:32〜14:33 池の地蔵
14:38林道出合
14:50古道分岐
15:15〜15:22上根来登山口
15:40上根来(駐車地)


■同行 呉春さん、たらちゃん、水谷さん(五十音順)


 百里ヶ岳のデータ
【所在地】福井県小浜市、滋賀県高島郡朽木村
【標高】931.3m(一等三角点)
【備考】 京大芦生演習林の北、江若国境にある名山です。百里四
方が見渡せることから名付けられたと云われます。一等
三角点のある頂上からは、北に若狭の海、東に比良山系、
南に三国峠、西に八ヶ峰等が望めます。また、西の肩に
は、若狭から京都への鯖街道が通じており、浅井、朝倉
勢に破れた織田勢の殿(しんがり)を守る使命を帯びた徳
川家康も越えたという根来坂には、その当時の雰囲気が
残っています。交通不便な山域であり、アプローチはマ
イカーが無難です。
■近畿百名山■関西百名山。
【参考】2.5万図『古屋』



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