北アルプスデビューは薬師岳
           【第2日】 越中沢岳を越えスゴ乗越小屋

スゴ乗越小屋から越中沢岳(左)とスゴの頭
平成22年 8月 8日(日)
【天候】晴れたり曇ったり
【同行】別掲


 サァーッと小雨があったらしいが、その痕跡はない。今日もいい天気のようだ。この小
屋は有難いことに簡易水道施設があって、歯を磨き顔を洗うことができる。鷲岳方面の雪
田の雪解け水なので、5秒も手を漬けていたら切れるように痛い。キーンとくる冷たさで
寝ぼけ眼がいっぺんにしゃんとした。

 今日中に薬師岳を越える強行軍の一行もいるとかで、空きがあるから早めの食事はどう
かと山荘からの誘いがあって、朝食は4時40分。予定よりかなり早めであったが、お蔭
で日の出に間に合って、ピンクに染まる槍ヶ岳なんぞがみられたのは三文の徳であろう。
今日も視界は伸びる。笠ヶ岳、水晶岳、赤牛岳などの山肌がピンクから淡い青に刻々と染
まっていくのを見物できるとは素晴らしい。今も景観を楽しむ連中を尻目に、もう出発し
ていく学生たちもいる。そういえば、夜明けの薄暗がり。鳶山の中腹にもうヘッドライト
の明かりが走ったっけ。もっと早立の人がいるわけだ。

 山靴を履く時、居合わせた山荘の主人に天候を聞く。帰ってきた答えは「昨日と同じで
曇ったり晴れたりだろうねえ。山だから一日一度は大なり小なり雨は降るけどね」だった。

 山荘から東へ、黒部湖方面に下山するパーティも多く、鳶山方向へ向かうのは四分の一
くらいだろうか。山荘の貯水施設横の木道を通って、鷲岳の雪田を右手に、ゆるゆるとし
た鳶山への登りだ。空気は流石にピリッとして、雪渓の上を渡ってくる風は冷蔵庫を開け
た時のひんやり感に似ている。今頃、大阪ではもう、ムッとした空気がまとわりついてい
るのだろうな。
鳶山への登路から五色ヶ原山荘と立山連山
中央が雄山、釣鐘状の龍王岳
左に剱岳、右奥は針木岳が顔を出す

 前方に見える鳶山は南北に長く、五色ヶ原側はなだらかだが、反対側は絶壁である。立
山カルデラの外輪山なのだそうだ。コバイケイソウの群落などを見る内に木道は消え、岩
がちながらもよく整備された道となる。イワヒバリの家族なのか平たい岩の上で争いつつ
も囀り交わしている。尾根の左側を尾根と平行して、歩幅の合わない岩の自然階段を登る。
山頂手前に立入禁止の札があるがそのままハイマツ帯を進むが、これは西側の絶壁上部が
少し崩壊しているので、安全策の為の札だったようだ。(^^; 山頂には頭が円い石柱が置
かれているが、地形図ではここには三角点の印がなく、石柱は戦前のものか、国境を示す
ものなのか判然としない。とはいえここも三角点が置かれても全く不思議でない大展望で
ある。剱岳も立山連山の左に、山体の半ばまでを現しており、右の鋭い山は針木岳だろう
か。眼下には山荘が平原の真ん中にポツンとある。西側のカルデラ方向には、煙らしきも
のが上がっている所が見え、そこが立山温泉だということだ。

鳶山からこれから歩く縦走路を見る
越中沢岳の奥に笠ヶ岳、右に重厚な薬師岳

 越中沢乗越への約250mの下り。前方には広く緩やかな越中沢岳の斜面がある。しか
し今歩いている場所はガラガラとした浮石の多い斜面や痩せた尾根で気が抜けない。鞍部
へ出ると、さて、今度はまた越中沢岳へのシラビソの中の登りである。鳶山からも眺めら
れたが、緩い一定斜度を保った南斜面は、時折、熊の親子も見かけられるという場所でも
ある。ここも針葉樹の林を抜けると、高い樹がない岩の転がる斜面。もし直射日光が射し
ていたら暑さでとても耐えられないだろう。今日は高曇りでガスも流れてきて大いに助か
る。そんな斜面も山頂近くでは斜度を増した累々とした岩の重なりである。ペンキ印を目
印に、岩の集積を巻きながらだが、距離が短いのでここはそれほど苦労もなく三等三角点
の鎮座する山頂へ到着する。また南方の視界が広がった。徐々に薬師岳の姿が大きくなっ
てくる。よく目を凝らすと、薬師岳の手前側の尾根筋に芥子粒ほどの赤茶色が深緑の中に
浮かんでいるではないか。今日の泊りのスゴ乗越小屋だ。それはあまりに小さいながらも
到達目標がはっきりしたお蔭で些かなりかパワーが湧いてくる。とはいえ、小屋までには
スゴ乗越と呼ばれる深い鞍部があり、それへ行き着く前に顕著なピークが二つ、三つ、大
波小波の如く立ちはだかっていて、簡単には行き着かせてはくれない。それを念押しする
かのごとく、道標には「近くて遠いはスゴの小屋。アップダウンが続くよ」なんて戯れ言
葉が書かれてある。(傷口に塩を塗り込むんかぁ...。ブツブツ)(笑) 気温16℃。
まだ9時前なのに、もうシャリバテだ。

越中沢岳から急降下してスゴの頭北の鞍部に向かう

 越中沢岳の南側は先ほどから一転しての急斜面だ。砂礫の痩せ尾根に岩を巻いたりと険
しい道が続く。短いが岩場もあってここは慎重に、落石にも注意して降りていく。すると
先を行く数人が立ち止まって一定方向を凝視している。数m下の斜面のハイマツ帯にライ
チョウの親子がいるのだという。云われた方向に目を凝らと...。居た居た。黒と茶の斑の
鳥が2羽。幼鳥のようだ。その後から姿を現した大きな親鳥。と突然、警戒音を上げた。
人間は恐れないのにどうしたのかと見れば、谷間をトビらしい茶色の鳥が滑空して近づい
てくるところである。幼鳥はハイマツの下に飛び込んだらしく姿がない。親鳥はじっとし
てしばらくトビの方を注視していたが、これもすばやくハイマツの下に消えた。これで去
年の聖岳と合わせ、二度目のライチョウとの遭遇。ライチョウを目撃すると雷がやってく
るというが本当だろうか。前回は翌日台風がやってきたが、当って欲しくないジンクスだ。

リンネソウ

 この付近は、ライチョウ以外にも別名、夫婦花とも呼ばれる珍しいリンネソウのほのか
なピンクの花にも出遭えて、しんどいがその分収穫も多かったエリアでもある。それにし
ても、険しいアップダウンである。幾つか鎖場もある。足の置き場を誤るとちょっと下り
に難渋するところだ。深いコルから登り返して振り返ってみれば、今さっき歩いていた岩
場が指呼の間だ。そこを下る後続の登山者の顔までわかるくらいで、呼びかければすぐ答
えてくれそうな距離なのである。つらかったのはスゴノ頭の北側にある無名峰の上下だっ
たろう。これでもかこれでもかというくらい下りは長い。ということはまた同程度登り詰
めねばならないので、それだけ登り返しがきつくなるわけだ。徐々に踏ん張る力が衰えて
くるのを実感する。岩場では三点確保を常以上に心掛けねばならない。

こんなロープ場が4カ所あまり

 ところで「スゴ」とは面白い名前である。種々説はあるそうだが、なんでも、地元の猟
師が大勢で猟をする時、不明な者はいないかよく目立つ頂などで数合わせをするそうだが、
それを「数合」(すうごう)といい、それが訛ったものだとか。納得するようなしないよ
うな説ではある。(笑)

 膝を笑わせながら、どうにかスゴ乗越に到着。トウヒ、シラビソらしい針葉樹やダケカ
ンバ、ナナカマドなどの落葉樹に囲まれた小広場だ。やっと微風が頬を撫でてくれて、汗
ばんだ肌が涼しくなった。

越中沢岳をバックに筆者(スゴノ頭にて)

スゴノ頭から薬師岳

 さて、ここまで来ればさしものアップダウンも終盤を迎えて、スゴ乗越小屋まではもう
一息である。とは云ってもまた登りなのである。風は西から吹いてきているらしく、道が
概ね尾根の東側の樹林帯を抜けていくので、そよとも空気は動かない。こうなるといくら
2千m越えの道でも暑いのなんのって....。(^^; だから尾根の西側に出たり、コルに来
ると吹き抜ける涼風に蘇生する思い。そんな時、またまたゼッケンをつけた兄さんが二人。
ニッコウキスゲの咲き乱れる斜面で吾輩を追い越していく。「大分前に一人行きましたよ」
「はぁ、そうですか」当然、当事者ととしては事情は分かっているはず。言わずもがなだ
ったかも? (^^;;

 小さな高層湿原のような場所があって、明るい緑の大きな葉はミズバショウだ。直径1
mくらいはあろうか。ミズバショウの葉っぱが大きく展開しているのを見るのは初めてで
ある。しかしあまりに葉の大きなのも異様なものだ。やっぱりミズバショウは好きになれ
ぬ。(笑)

 シラビソだろうか、針葉樹にガスが流れる小さなコルを越えていくと、急坂の手前で一
人のおじさんが休憩中。その横を失礼して最後の急斜面を登っていると、がやがやと人声
が降ってきた。「やっと、着いたぞ!」

 スゴノ頭から色とりどりに見えていたのはテント場のテントだった。その間を抜けて、
声のする方へ。乗越小屋の玄関前が団らんの場で、もう多くの登山者がワイワイ山談義の
最中である。先行していたMさんに部屋割りを聞くと、幸運にも一人一畳あるという。な
んと昨日は団体二組とかで定員40名程度の所に134人が宿泊したというから凄まじい。
山小屋の女性係員も「非人間的」とのたまわっていたとか。同一料金でこの差は何なんだ?
ラッキー、ラッキー。何はともあれ割り当てられた2階にザックを置く。

やっとスゴ乗越小屋へ

 ここもビールはレギュラー600円。兄さんが雪解け水で冷やした缶ビールを手渡して
くれる。床几で一休み。肴をめいめい持ち寄ってしばし歓談。その内に全員が無事、到着。
食事までまだ3時間以上ある。ちょっと一眠りといってもなかなか寝られるものじゃない。
で、また表へ。小屋の前からは歩いてきた山々が眺められる。スゴノ頭、越中沢岳もこち
らからだと、とても登れたものじゃないように急峻に見えて萎えるよなあ。(笑)。下りが
長かったのも道理であるなあ。今回の逆を辿ると一転、コースは上級になるというのもむ
べなるかな。

 二日目は最も歩行距離が短く、楽だと思っていたのだけれど、どっこいまるでジェット
コースターみたいに短距離の間にアップダウンを繰り返す区間だった。そんなことを思い
ながら夕食を摂っている窓の外に、例のゼッケンを付けた選手が数人。今日はここまでと
缶ビールを手にテーブルに座りこんだ人や、ヘッドライトを付けてまだ臨戦態勢の人やさ
まざま。なんでも1週間で日本海から太平洋までほぼ糸魚川静岡構造線沿いに縦断すると
いうからすごい。今日、魚津をスタートしたのだそうだ。絶句。

 夕飯も食ったら、もうダベるくらいで後はすることがない。割り当ての布団に寝転ぶ。
明日はいよいよ薬師岳アタックの日、とはちとおおげさだが、気になる天気はどうだろう。
Mさんのラジオで富山東部は曇り時々晴れだそうだが、山へ入っている間にいつの間にや
ら今年も台風が発生して日本海へ東進するそうだ。なんとか明日の昼間まではもってくれ
と祈りつつ。昨日と違って、小屋はランプの明かりのみ。ヘッデンと飲み水を木枠に置い
て、うとうとしながらも夜は更けていくのだった。




【タイムチャート】
5:48五色ヶ原山荘
6:32〜6:52鳶山(2,616m)
7:44〜7:46越中沢乗越(2,356m)
8:40〜8:58越中沢岳(2591.4m 二等三角点)
9:42〜10:07スゴノ頭北側(小休止)
10:30〜10:32スゴノ頭北のコル
10:53〜11:57スゴノ頭(2,431m)(昼食)
12:40〜12:49スゴ乗越
13:33スゴ乗越小屋

【同行】裏人さん、幸さん、たらちゃん、まきたさん、水谷さん(五十音順)



■『【第1日】 室堂から五色ヶ原こちら

■『【第3日】 そしてついに薬師岳こちら



越中沢岳のデータ
【所在地】富山県富山市
【標高】2,591.4m (二等三角点)
【備考】 立山から薬師岳へ連なる山稜の途中にある一峰です。北
側がなだらか、南側が急峻な特異な山容を示し、東稜は
木挽山を経て黒部川に沈み込みます。ここも多聞にもれ
ず展望絶佳です。尚、熊が見かけられることがあり、単
独時は注意が必要です。
【参考】
エアリアマップ『剱・立山 北アルプス』



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