白鬚岳〜念願の山はジェットコースター

西尾根の1242mピーク付近から白鬚岳
平成22年12月 5日(日)
【天候】晴れ
【同行】別掲


 山歩きを愉しんでいる者にとっては一度は登っておきたい山というものがあるものだ。
小生にとっては白鬚岳がその一つであった。その念願の山を今年の初冬、仲間と共に歩く
ことができた。かねがねきつい山だとは聞いていたが噂通りで、ことに白鬚、小白鬚と続
く西尾根は正にジェットコースター尾根で、上がったり下がったりの目まぐるしさ。お蔭
で下山後は足がだる重かったけれども、久方ぶりにゲップの出るほど満腹感のある山らし
い山であった。

 早朝、道路が空いているとかくも早く移動できるものか、実感したのは橿原まで50分
という速さである。6時に車に乗せてもらって7時半過ぎにはもう川上村の道の駅で全員
集合なのである。(笑)

 ところで、今回のコースは中奥集落の奥の取水場から白鬚岳北尾根を辿り、帰路は小白
鬚を経由して神之谷へ下りるという白鬚岳堪能コース。まずは後南朝所縁の金剛寺境内の
下にある神之谷公民館の前に車をデポさせてもらった後、起点の中奥へと回る。川上村自
慢の巨杉の人工林を抜けて到着した取水場付近に先着者はいない。車を降りるとピリッと
した空気が身を包む。暖冬が続いたが、放射冷却によって、今朝は確実に0℃を下回った
ようだ。

 取水場横からヘアピンで一気に上がっていく、ガードレールもないような狭い道が鳥渡
谷林道だ。(大鯛林道と書いているHPもあるようで、しばらくはセメント舗装だが上部
で途切れてダートになる。)先人のHPには、以前は林道終点まで車を乗り入れることが
できたそうだが、数年前の台風で土砂崩れやら落石があって今は途中までしか登れない。
運転に自信のない人や普通車の人は、林道乗入れは止めた方が無難だろう。

 白鬚岳は手強い山との評判に登下降とも時間もかかることを見越し、その上、間もなく
冬至で日没も早いこともあって、8時40分と常より早めの出発である。杉、桧の植林の
間を登っていくと、路面がダートに変わってしばらく進んだ頃であろうか、山腹を削るよ
うに道がつけられた辺りに、落下した大きな岩や土砂崩れでガードレールが浮いてしまっ
た個所がある。ここが通行不能の箇所であろう。そこから眼下はるかには深い谷が見える。
大鯛滝と呼ばれる大きな滝があると聞いていたが、落差はあるが水量の乏しい滝らしいも
のが垣間見えた程度であった。

 雑談を交えながら林道入口から小半時も歩いただろうか。そろそろ林道終点が現れても
良さそうだと思える頃だ。北側が大きく開けてきた。重畳と長い山並みが見て取れる。奥
の高みにアンテナ施設が建っていることで、それが両佛山(ジョウブツ山)に連なる稜線
であることが分かる。数ヶ月前に歩いたことを思い出す。足跡を印した山が間近に見える
のは何となく懐かしい感じがするものだ。そして谷の向かい側の山が、光線のの加減で団
子鼻の人の横顔に見えて面白い。

 崖の一部が崩壊している地点を通過し、ついで大きく曲がりこむと、ようやく林道終点
に出た。以前は作業小屋でもあったのだろうか、林道の終点先に朽ちた根太だけが残って
おり、左に登山口を示す古い道標がある。その指す方向へ頭を巡らせると、涸れ沢を渡っ
た対岸の植林に白い目印がぶら下がっている。

林道終点から涸れ沢を渡ると現れる道標

 小休止の後、沢を渡って取りついてすぐに現れる白い道標に従って右に折れる。よく手
入れされた桧林の急斜面だ。その急な山腹をつづら折れに登る細い小道。一か月も前なら
額に大汗だったろうが、気温が低いのでうっすら汗ばむ程度で、アッいう間に高度を稼い
で広い尾根に乗る。しかし流石に背中の汗が立ち止まって冷えると冷たい。

 ここからは緩くもなく、さりとて極度にきつくもない一定の斜度を持った斜面を一直線
に上がっていく感じになる。道は割にはっきりしており、指導テープも頻繁にあって迷う
ことはないだろう。展望はほとんどないが桧林は整然として存外明るい。登っていく内に
尾根は徐々に狭まり顕著になってくる。途中で幾度か一息つきながら斜面の突き当りに出
る。西からの支尾根との合流点で左に折れるとまもなく1193m標高点である。

1193m標高点近くの痩せ尾根

 起伏の激しい痩せ尾根はミズナラやブナの太い根や露岩まじり。南に白鬚岳らしい高み
が見える。落ち葉が分厚い鞍部はキレット状で、左右とも傾斜がきつい。前方にピーク。
また登るのかと見れば、忠実に尾根をトレースしていくテープもあるが、東側を巻いてい
く踏み跡もある。ここは自然にその水平にトラバースしていく踏み跡を選んでしまった。
(笑) 

 再び桧林になった急斜面につけられているのは30cm足らずの細い踏み跡だが、意外
に歩きやすい。杣道にも使われているからかもしれない。よく見ると幾重にも杣道はあっ
て、下からの杣道と合流してすぐに、先ほどの尾根筋とも合流する。そしていつしか辺り
はコウヤマキの林の登下降になっている。その林を抜けると尾根に太いミズナラの巨木が
現れ、右前方には垂直の岩崖。それを避けようとした左側は白骨化した倒木帯だ。幾本か
を潜り抜けると一気に西方向が広がって、大普賢岳から北の大峰主稜から両佛山の尾根筋
が真正面に現れる。本日最初の大展望である。更に小尾根に上がると今度は北方向。雲一
つない青空の下に、薊岳から明神平にかけての山並みだ。こちらから日が当たっているの
で、山襞の凹凸が余さず現れて常より立体感があって迫力がある。ことに高尾山から登尾
の峨々たる山容が素晴らしい。

 奈良岳志会の道標を見て、更に細尾根は続く。日の射さない陰に霜柱。なんと20cm近
くのつららがぶら下がっていたのには驚いた。連日、氷点下数度にまで下がっって徐々に
伸びていったのに違いない。1000mを越えるとやはり季節は間違いなく冬なのだった。

1286m峰と白鬚岳の鞍部付近にて

 1286m標高点を越えるとさしもの痩せ尾根も影をひそめ、右方はカエデやブナ、ヒ
メシャラの混じる自然林、左方は人工林の境目を行くようになる。前方に白鬚岳から小白
鬚に続く稜線が見てとれる。山頂までもう少しの辛抱である。しかし山頂直下がまた厳し
い登りである。シャリバテと相まって登行スピードが上がらない。左手に現れる岩を避け
て右側に廻り込むように落ち葉のじゅうたんの上をジグザグに進む。

白鬚岳山頂直下の北斜面にて

 先行するTちゃんが山頂に到着したようだ。先着の人がいるか尋ねると一組いるという。
ゆっくりとステップを切って少し遅れて上がると、大阪から来られたという小父さん2人
組である。山頂は狭く7、8人もいれば満杯で、その中央に二等三角点。そのそばに今西
錦司さん1500山登頂記念の御影石製の石柱がある。新宮山彦グループが我々が今トレ
ースしてきた中奥から上げたのだという。その他にも山名プレートは賑やかだが、例のフ
クロウマークがなかったのは何だか少し寂しい気がした。

快晴下の白鬚岳山頂。三角点の横に
今西錦司さんの記念石碑が立つ

 ところで、何にも増して圧倒されたのはその展望である。山頂からの展望はあまり良く
ないと書かれたガイド本もあったがとんでもない。東だけは植林されたらしい細い桧で邪
魔されているものの、それ以外は遮るもののない大パノラマが展開する。まずは南方向。
判るだけでも南東に大台ヶ原。三角錐の和佐又山にはロッジの建物らしい姿まで見える。
大峰山脈主稜は圧巻で、恐竜の背に似ているのは大普賢岳。その向こうには弥山、八経ヶ
岳があり、遠くには釈迦ヶ岳のピラミダルな姿がある。大普賢岳の右には竜ヶ岳に山上ヶ
岳が顔を見せる。西には帰路に取る西の尾根筋に、半分、笹原風の姿をした小白鬚があり、
北西には中奥渓谷を隔てて初秋に歩いた両佛山から峰山に続く尾根。白屋岳とその奥には
金剛、葛城、二上山がくっきりと眺められる。北に目を移せば木ノ実ヤ塚から薊岳、水無
山や明神岳、桧塚らしい高みもある。そんな奥深い山襞に沈んでいるのは中奥や瀬戸の集
落らしい。それにしてもこの大パノラマは、しんどい歩きをこなしてきた者だけに与えら
れる特権という気がする。(笑) いつまでも見飽きない。

 記念碑の保護石に失礼して座らせてもらい昼食。ポカポカした陽光に抜けるような青空
の下、景色を楽しみながらラーメンを啜るのは最高の贅沢ではあるまいか。ただし、白鬚
岳は奥深く、往路、帰路ともやや長丁場。この冬至に近い季節は昏くなるのが早いので、
あまり長居が出来ないのが玉に瑕であるが....。先着の小父さん達もラーメンを啜り終わ
ると、そそくさと往路を戻っていった。それでも我々は30分近く山頂にいて、12時1
5分過ぎ、名残を惜しみつつ山頂を後にしたのである。

 細い雑木尾根は高見山と似て東西に長い。一旦少し下った窪地は全く風もなくポカポカ
と小春日和の温かみ。が、のんびり出来るのはそこまでで、件の小父さん達が言っていた
ように四肢をフルに使う急斜面の登下降になる。ロープ場も頻繁に現れる。雑木が生木で
しっかりしているから、支えになってくれて大いに助かる。ただ、ザレた斜面は滑りやす
く、石を落としやすい。グループの場合はかなり離れるか、ぴったりくっつくか何れかに
した方がよさそうである。

白鬚岳西尾根は画像では伝え難いが
めちゃくちゃな急斜面
まるでジェットコースターだ

 白鬚岳から次の最初のピークで振り返ると、高見山によく似たピラミダルな山容が美し
い(冒頭の画像)。近畿のマッターホルンもむべなるかな。この先も幾度か登下降を繰り返
し、登り返した1242m標高点は桧林に囲まれた小高いピークである。しかしよくもま
あこんな急峻な所まで植林したものである。並大抵の苦労じゃなかろう。搬出にも余計な
費用が必要だろうし、採算を考えると苦労が報われるには昨今はなかなか厳しそうである。

 とっかかりの少ない痩せ尾根を覆う露岩を冷や汗をかきながら越えて、鞍部から桧の斜
面を登るとようやく小白鬚までやってくる。こちらは台地状を呈し、北半分は伐採された
カヤトとシダの原で、北側の展望は本峰に勝るとも劣らずすこぶる良い。その為か、本峰
に負けず山名プレート類も多いのである。そのなかには例のフクロウマークもある。そし
て木々の間から見える白鬚岳本峰が意外に近く見えるのに驚く。白鬚岳と小白鬚間の距離
は直線距離にして1.2km程度だから当たり前なのだが、腕時計を見ると1時間以上も
時間を消費している。頑張って歩いてきた実感があるにもかかわらず、振り返るとさして
白鬚岳が離れていないのは、それだけアップダウンが厳しかったからだろう。まだ復路の
1/3も来ていないので、正直、薄暗くなるまでに降りられるか少々不安も湧いてくる。
気が付けば、「あれれ?」ズボンの尻が破れている。先ほどの岩を足懸かりを探してシリ
セードで降りた時に、知らぬ間にかぎ裂きを作ったようであった。

東谷出合への分岐

 小白鬚からの下降をしおに、さしものジェットコースター尾根もやや落ち着き距離も稼
げるようになってきた。小白鬚から30分足らずで東谷出合コースとの分岐(Ca1150
m)に到着。当初はここから稜線を下る神之谷コースを採る予定だったけれど、川上村や
吉野警察署の道標は正規ルートとして東谷出合へと導いている。初コースでもあり、今回
は東谷出合の方が若干近いだろうということで谷を下ることに変更する。(神之谷コース
は取付きに道標がないらしく、また下山時も東谷出合が推奨されていることを思うと早晩、
バリエーションルートか廃道になるかもしれない)

 ここも手入れの行き届いた桧の人工林の斜面だ。かなりの急勾配だが細かくジグザグに
小道がつけられていて、テープも頻繁にあるので安心して歩ける。この斜面下りはいささ
か延々と続くが、あの比良の御殿山から坊村への杉林の単調な下りの嫌さ加減に比べたら
まだ我慢できる。(笑) そこを下ること凡そ20分。谷の底へようやく降りてきた。ホッ
と思った瞬間、バランスを崩してズテン、ドウッ。ものの見事につんのめって、気が付け
ば道端の枯れ枝や枯草の固まりの上に突っ伏していた。幸いどこも怪我はない。原因は地
面から10cm位飛び出た朽木の切り株であった。ジェットコースター尾根に急斜面の下
山。疲れで思うほど膝が上がっていなかったのであろう。

 谷は涸れておりその縁を小道が続く。やがてちょろちょろと水が湧きだして流れるよう
になり、大きな岩壁をその細い流れが伝い落ちる場所は、道は大きく迂回しながら下るこ
とになる。脆い斜面をへつるロープ場は注意がいる。滑れば斜面を転がりかねない。ひと
たび台風か大雨が降れば崩れそうで慎重に通り過ぎる。

 ガイドにもある「最後の水場」の表示のある岩盤の前に来た。確かにこれより上には水
場はなかった。岩から流れ落ちる水は2Lのペットボトルでも10秒もあれば満杯に成る
位の水量があった。

 やがて岩壁下の少し小広い場所に出てくる。大きなカツラの木があり、錆びついた破れ
トタンなどが転がっていて、以前は造林小屋でもあったようだ。ここまで来ると道は徐々
にはっきりしてくる。次いで取水施設が現れて、大石が転がる涸れ沢を行く頃には、左岸
に取水施設の管理道らしい石垣で補強した部分もある1m程度の明確な道が現れる。日が
傾いて早々と薄暗くなってきたけれど、ここまで来ればもう大丈夫。最後に沢を横切って
右岸に上がると、ダートの東谷林道の末端なのだった。

 車両無断進入禁止のロープゲートを抜けると神之谷の舗装林道との合流点である東谷出
合までは500mもない。尾根の分岐からは1時間半の行程で、「冒険より安全登山」、
「クマ出没注意」の看板が立ててある。岩壁には小さなお地蔵さんが祀られてあったらし
いが、小生としたことが見逃した。

東谷出合。東谷林道と神之谷林道の出合だ

 神之谷林道は補修の必要もない立派な林道である。後はこれを歩いて、のんびり車のデ
ポ地へ向かうのみ。右に上がっていく「神之谷在所」への道を見送る。街灯が設置されて
いるのにはちょっとびっくりだ。(^^; そこから金剛寺への分岐は間もなくである。

 金剛寺への道標がある分岐を左へ。300mも行けば車をデポした神之谷の公民館だ。
折角の機会なので金剛寺にも寄ってみる。公民館から30段ほどの階段があるが、やはり
草臥れているのか足が結構重い。

 鄙には稀な意外に立派で大きな本堂である。真言宗の寺は役行者の創建という。枝垂桜
やモミジはもう葉を落としていたが、何の木だか高さ30mは優にある大木が後亀山天皇
の玄孫尊秀王の墓所の横に聳えている。宮内庁の立入禁止の制札とゲートからまた石段を
登って、西に山上ヶ岳を見上げるところに陵墓はあるようである。大台の麓の小橡で、赤
松氏の残党によって上げられた首級を取り返し、ここに埋めたという。本堂正面の庇付近
には鬼のような彫刻が掲げてあったが、前鬼か後鬼の像でもあろうか。

金剛寺本堂の正面の棟壁に掲げられた木像
前鬼、後鬼でもあろうか

 本堂の裏には自天親王神社が鎮まる。本殿屋根の老朽化を防ぐためなのか、数倍大きい
木の覆いが被されているのが興味を引いた。

 永年懸案の山は想像通り骨のある山であった。久方ぶりに山らしい山に登ったことは翌
日、腕など上半身も筋肉が痛かったことでもわかる。そんなことでしばらくは満腹だろう
が、シャクナゲの頃また登ってみようなんて、数日後には思うのだろうなあ。(笑) 同行
のみなさん、多謝です。




■同行: 幸さん、たらちゃん、水谷さん (五十音順)

【タイムチャート】
6:00自宅発
8:33〜8:40中奥浄水場横(駐車地)
9:22〜9:25鳥渡谷林道終点
10:271,193m標高点
11:201,286m標高点
11:45〜12:18白鬚岳(1378.2m 二等三角点)(昼食)
12:551,242m標高点ピーク
13:20〜13:27小白鬚(枌尾峠)(1,282m)
13:52〜13:55尾根コースと谷コース分岐
14:15東谷枯れ谷出合
14:41水場
14:58取水場
15:12東谷林道出合
15:18神ノ谷林道出合(東谷出合)
15:40金剛寺分岐
15:45神ノ谷公民館前(車デポ地)



白鬚岳のデータ
【所在地】奈良県吉野郡川上村
【標高】1,378.2m(二等三角点)
【備考】
台高主稜の赤倉山から西に派生した稜線上の主峰で、登
山家として有名な今西錦司さんが千五百山目に登った山
として知られています。登山口は西の神ノ谷、北の中奥、
南東の北俣林道からがありますが、いずれも急登を強い
られます。時間にゆとりを持って登ることを勧めます。
なお、神ノ谷には後南朝所縁の金剛寺があります。
■近畿百名山
【参考】
2.5万図『大和柏木』



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1286mピーク北西の尾根付近から北方向。手前は登尾で、奥の山並みは両佛山の稜線から薊岳など明神平付近の山々が並んでいる
白髯岳から南方向。大峰の主稜が重畳と。左から釈迦ヶ岳、弥山、大普賢岳、山上ヶ岳など近畿の屋根が並ぶ
白鬚岳から北西方向。右手の最高点は両佛山。白屋岳の左奥に金剛山、葛城山、二上山が青く霞む

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