権現谷北尾根〜鈴鹿のしっとり錦秋

昼食を摂った598mピーク付近(長サコ)の錦繍
平成22年11月13日(土)
【天候】薄曇り
【同行】別掲


 時期外れの黄砂が空を覆う。秋の抜けるような快晴を予想していたのにどんよりとして
周囲の山並みもかすんでいる。今日はSさんの呼びかけによる鈴鹿オフ。ベテラン以外は
訪れにくいコースを案内頂けるということで意気込んで参加表明したのだったが、少し残
念だけれどこればかりはしようがない。(^^;

 多賀のコンビニで全員集合して、河内の風穴の案内に従って、霊仙山の山裾に入ってい
く。妛原(あけんばら)の集落に入って、以前、鍋尻山に登った際に渡った鉄橋の先50
m辺りの路肩に、数台駐車できる空き地がある。真ん中にブルドーザーが鎮座しているの
は、林道の石屑と雪の除去の為だろう。準備を終えてSさんから今日のコースの簡単な説
明を受けて権現谷を遡っていく。石灰岩質なので谷は白っぽく明るい。今年の夏は暑かっ
たけれど、木々は季節を忘れず色づき、ツリバナだろうかその薄紅色が美しい。

権現谷は秋色一色

 元行者の洞窟(彦峯講)の案内板の近くに、白谷林道から左(北)に権現谷に架かる木橋
がある。草生して半分朽ちかけてはいるが、一人ずつなら問題はない。すぐに石灰岩質の
白い大小の石がゴロゴロ転がるガレた不動谷を行くようになる。水は伏流して河床には全
くないので、山靴を濡らす心配は皆無だが、浮石が多く歩き難いことこの上ない。足を挫
かぬように用心しつつ、雨が降れば滝になりそうな2mはある段差を越えて、前方に無数
の石の帯となった斜面を見る頃だったろうか。突然、銃声のような音がこだました。駐車
地点に「ハンターは山仕事の人やハイカーに注意」と書かれた看板を見かけてはいたので
はあるが、といってまだ猟期ではないはずだが...。と、一拍子置いた後、石同志がぶ
つかる乾いた甲高い金属音と共にバラバラと石が降ってくるではないか。中には30cm
位の大物もある。我々のほんの数m先に転がって止まった石もある。先の銃声は落下した
石が岩にぶつかった音だったのだ。これには一同、一瞬青ざめたのは言うまでもない。こ
の後、落石の音は不動谷の後先の何れかで、しばしば不気味な音を響かせたのである。

行者谷の涸れ谷を行く
落石が頻繁にあり危険な谷だ

 全く水はないが、河床の中央の岩をよく見ると、U字形に中央部が湾曲したものがある。
水の流れによって磨滅したものだろう。以前は定常的に水が流れていたか、雨が降った時
に強い水流で小石や砂を押し流して磨滅を早めさせたものなのか。昔はもっと水量が多か
ったらしい。

 そしてついに間一髪の時を迎える。入口から20分程度、谷を遡った辺りだろうか。河
床から岸側の50cm程度の岩の段差に乗ろうとした瞬間だった。突然、すぐ目の前をサ
ッと上から横切る影がある。間髪入れずゴトッという音。視線の先に小学生の拳大の石が
動きを止める姿があった。ほんの1秒、先へ行っていれば石は頭を直撃し、頭蓋骨折は免
れないところだ。数秒の間隔を置いてジワリ、尻の辺りがムズムズしてきたのである。

 今迄のゴルジュに近い地形から解放されて、少し明るくなった地点で小休止だ。GPS
と地形図で確認すると、行者谷のほぼ中間地点に当たる地点。ただ、少し開けているとは
いうものの、地形図を見れば露岩マークが連なる部分の真下になっているのを知れば、あ
まり気持ちのいいものではない。果たせるかな、歩いてきた方角からまた石が落ちる音が
甲高く響いた。

 左手に古い炭焼き窯跡を二つ見る。するとなんだか畔道然とした古い道が現れた。その
道を辿るとプーンと爽やかな匂い。名は何なのか、シソ科の植物と思しき枯草が繁茂して
いてそれから匂ってくるようだ。ここまで来ると左右の斜面も低くなって、今まで強いら
れていた緊張も少し緩む。右手前方に濃い緑の人工林が遠望されるようになると、やがて
谷が左右に分かれた開けた地形に出くわした。重谷の出合だという。ちょっと探検という
ことで右手の重谷方面に足を向けると、驚いたことに、綺麗な石積みの道が現れたではな
いか。作業道にしては手がかかっており、しかも幅広なので林道かとも思えるが、なんだ
かしっくりと腑に落ちないのである。(真相は後で判明することになる)

重谷にはトロッコ軌道跡らしい石積みが...

 それはともかく、途中に土砂崩れの跡があるものの200mほど道は続き、最後は草生
した中に消えていた。行者谷には一滴の流れもないのに、重谷には水流が音を立てている
のも面白いものであった。(合流点手前で伏流している)

 出合に戻って今度は行者谷の支谷を遡行する。こちらも涸れ沢で大小転がる石や岩で歩
き難いが、ほどなく辺りは植林に代わり、その作業道になると歩きやすい。左手に小さな
谷が現れ、植林が一旦途切れる個所がある。ここで左手の斜面を谷の向かって左側に沿っ
て上がる。鹿も同じ場所を使うのか、まだ黒光りする糞が転がっている。10mも上がる
と、重谷で見かけたような林道然とした水平道がまた忽然と現れた。ますます腑に落ちぬ。
Sさんによるとこの道を使って今日のハイライトへ向かうんだとか。その内、何か手がか
りがあるかもしれない。興味は津々として募る。

トロッコ軌道跡の黄葉
体まで染まりそうだ

 進むに従って左手の行者谷はどんどん深くなっていく。リョウシ、コザトといった山々
が顔をのぞかせるようになる。辺りはもう秋色。赤や黄色のグラデーション。一つとして
同じ色がないといっても過言ではない。これが外国にはない、日本の秋の美しさだと何か
で読んだ記憶がある。そしてここを歩いてみると、落石の多さもさも有りなんと思わせる
空閨が垣間見られる。行者谷を挟んで向こう側のあちこちにある白っぽいガレ場の高低差
が半端ではないのである。上下100mを優に越えているものもあるだろう。上部で一つ
落下があれば下部でぶつかり飛散したり、他の石を落下させたり。鹿が落とす石でも怖い
というのも頷ける話ではある。

 こうして歩く内に気付くことだが、ほぼ一間はある道はほとんど傾斜がない。そこでピ
ーンときた。これは林業用のトロッコ軌道の跡ではなかろうか。その推察は当たり、この
先、土砂崩れで道が流された辺りに、錆びついたレールの残骸が残されていたのである。

トロッコ軌道跡を示すレールの残骸が

 鹿の歯、古いワイヤー、一升瓶の破片。見ていくと色々なものがトロッコ跡には落ちて
いる。倒木を潜り、跨ぎ、進むうちにいつしか軌道跡は消えて小さな荒地を行くようにな
る。その先は杉林で、それ抜けると色づいた雑木林の小さな尾根の起伏に出る。これが今
日のハイライト、権現谷北尾根の始まりであった。

 カエデやシデ、ケヤキ、ナラの雑木林はまさに錦繍。地面も錦織のじゅうたんの風情。
柔らかい日の光、絶妙な石灰石の石組、配置と相まって、格別の日本庭園を鑑賞している
ような錯覚に陥る。種類は何だかわからないが、幹に深々とワイヤの跡が残る大木を見て、
左手にゆっくりとカーブしていくと598mの標高点ピークだ。ほぼ正午。ここでランチ
タイム。中央のカレンフェルトが格好の椅子やテーブルである。

 食事の用意をしようと腰を落とした背後。石灰岩を抱えるように太い根(これはもう根
ではなく幹だ)を張る木はなんだろう。露岩の僅かな腐葉土の上に落ちた種が成長した結
果だろうが、それにしても凄い生命力だ。南側の権現谷方向の斜面はハウチワカエデが多
いようで赤や黄色の色づきが美しい。紅葉狩りのタイミングはぴったりだったようである。

 大休止でゆっくり憩ったあと、598mピークに手を振って西に下る。この辺りはゆっ
くりうねった複雑な地形をしているので注意がいる。杉林の歩き難い部分を避ける為に南
方向に転じ、大きな襞のような谷の源頭を越えて、尾根を一つ移ると、再びトロッコ軌道
らしい水平道が現れる。右手に小広い荒れ地があり、どっしりした霊仙山の西南稜が大き
な姿を見せていた。

 しばらく水平道を利用しながら再び西へ方向転換する。ここから今回の最高点712m
ピークへ登る為に約100mのアルバイトが待っている。やや色づいたイワカガミの斜面
は浮石が多い。40cmを越える大石でも乗った途端ぐらっとくるから油断禁物である。
やがて赤いボロギクの咲く荒れた斜面に出る。右手眼下に昼食を摂った尾根筋が色とりど
りに染まっている。あんなにきれいだったとは。あらためて思う。

 ブッシュの中から出現した岩壁を右から巻くと、そこはまたまた秋色の林の中。思えば
ここまで古いテープが思い出したように出てくるくらいでほとんど先行テープはない。地
形図とGPSで確認しながら慎重に進めば、上手く尾根に乗れたようだ。カレンフェルト
の目立つ尾根からは、右手に霊仙山。左手に鍋尻山が望める。

 712m標高点ピークはカレンフェルトを真ん中にした疎林の中で、目立たぬ小高い地
点といった方がよい。霊仙山の西南稜の登山道がすぐ北を走り、笹峠はすぐ間近なので、
ちょっと寄ってみる。北東方向に進み、712mピーク手前で眺めた白骨木の並ぶ大台ケ
原風のシダ原へ向かう。シダ原は霊仙山と鍋尻山の丁度中間点付近にあるようだ。北には
去年、鍋尻山から眺めたのと同じような綺麗な正三角形の霊仙山の西南尾根から近江展望
台。方や真逆の南には霊仙山を小さくしたようなこれも正三角形の鍋尻山が美しい。その
シダ原を抜けるとゆるりとした起伏の林で、西南稜の正規の登山道に合流する。それを横
切って気持ちの良い林に入り最も低い鞍部が笹峠のようであった。

笹峠近くのシダ原から霊仙山西南稜を見る

 712mピークに引き返して次は西の尾根筋を行者のコバへ。この尾根は霊仙の西南稜
の末端にあたる尾根で、下草もなく歩きやすい。霊仙山に代わって今度は鍋尻山が始終左
手にある。712mピークから500m程度進んだ付近。頃は良しと見てか、Sさん、尾
根から逸れて、左手の急斜面を歩きやすい所を選って下っていく。木立に捕まりながらで
ないと滑りそうな斜面だ。30m程度の高低差があろうか。前方にそれまでの凹凸が信じ
られないような、広く平らな林が現れた。カエデ類が多く、大半の木がもう色づいていて、
敷かれた落ち葉のじゅうたんには、モミジ鑑賞?に来たらしい鹿の残していったものが沢
山転がっている。この辺りが行者のコバと呼ばれる場所なのだそうだ。銘々、好きな場所
を占めてコーヒーブレーク。SさんとHさんにお茶受けまで用意していただいた。感謝。

行者のコバの秋

 行者のコバを後にして、ゴールのアケン原を目指し緩斜面を更に西へ下る。先ほど歩い
た尾根はカレンフェルトの岩を林立させながら右手に沈み込んでいる。あの急斜面を滑り
降りるのが嫌なら、最後まで尾根に乗って行者のコバまで戻る手もあるだろう。コバ周辺
は下草もなく、シデやウリハダカエデなどの木々も適度に間隔を空けていて見通しも良い。
時折斜す薄日が、それらの木々にはっとするほどの鮮やかさを生みだしている。しかし、
そんなのんびりムードも間もなく一転することになる。地形図を見ても分かる通り、アケ
ン原へ下るには一気に300m近く、等高線が混んだ部分を急降下しなければならない。
中腹部分は明快な尾根の形状をしておらず、踏み跡もほとんどないので地図とコンパス、
GPSを駆使することになる。一度歩いた経験のあるSさん、若干、北に振って降りやす
い部分を探す。立木を持たねばとても下れない。足が攣った人も出た所で小休止を取って
いる間に、偵察に少し先を降りていたSさんから尾根が現れたという朗報がある。アケン
原までは直線でもう300mほどなのだが、そんな場所で今回の山歩きで最も苦労すると
は全く思わなかった。(^^;

 下る内に何となく踏み跡らしきものが現れてきた。ジグザグに付いていることからする
と、以前は柴刈りなどの山仕事に使う小道があったようだが、今はもう歩く人もなくなっ
て自然に還ったような雰囲気がある。先ほどから微かに聞こえていた沢音も下るにつれ次
第に大きくなってくる。下る方向も西から南に方向を変えると、木立にまばらに竹も混ざ
って、人家が近づいてきたことを示す。するとチラチラとブルーシートか何か人工物が見
え始め、やがて土蔵の白壁と屋根が現れたところで、ザッザッと音を立てて一気に下ると、
なんと民家の庭先横である。シャガの密生を越えて舗装路に出ると、すぐそこがドンピシ
ャ、駐車地なのだった。ザックを下してお疲れ様、お茶をゴクリ。美味い。

妛原(あけんばら)の民家裏に下山

 エアリアにも記載のない山域。ほとんど先行テープもなく、踏み跡もほとんどない部分
もあるというマイナーコース。それだけに手垢のつかない山域の、鮮やかな秋を楽しむ事
が出来た。案内いただいたSさんには感謝である。それにしても間断なき落石には、普段
でも小さな肝を更に冷やしながらの山歩ではあった。春も良さげらしいけれど、できれば
あの落石コースは歩きたくはないものだ。(^^;;





■同行: 裏人さん、さかじんさん、幸さん、タラちゃん、たるるさん、西野さん、
     ひろぴいさん、水谷さん
     (五十音順)

【タイムチャート】
7:00千里中央ローソン前(集合地)
8:55〜9:10妛原(あけんばら)(駐車地)
9:40〜9:43行者谷入口
10:10〜10:15行者谷中間点(小休止)
10:29重谷分岐
10:35〜10:39重谷先端
10:43重谷分岐
11:00〜11:02トロッコ道跡
11:53〜12:30583m標高点ピーク(昼食)
13:18〜13:20712m標高点ピーク
13:33笹峠
13:46712m標高点ピーク
14:10〜14:32行者のコバ
15:18妛原(あけんばら)(駐車地)



権現谷北尾根のデータ
【所在地】滋賀県犬上郡多賀町
【標高】Ca700m〜Ca500m
【備考】
アケン原の東から北にかけて、霊仙山西南尾根の末端を
形成しています。自然林が残され、春の青葉、秋の紅葉
はカレンフェルトの白さと相まって日本庭園の趣があり
ます。ただ、今回のコースには道標は勿論、テープなど
もほとんどなく、地形図、コンパスは必携です。また行
者谷は落石が頻繁で非常に危険ですので、十分注意が必
要です。単独行はやめ、複数で行動することを奨めます。
【参考】
2.5万図『彦根東部』『霊仙山』




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