大日岳から能登野越〜極上ブナ尾根に酔う

能登野越付近から見る大日尾根
近畿でも有数のブナ林だ
平成20年 5月 1日(木)
【天候】うす曇り
【同行】別掲


 琵琶湖の北東部、江若国境に広がる山々。その昔は木地師が山野を跋渉した山域であり、
何度も述べている通り、近畿でも数少ないブナの自然林が今でも残っている。その核心部
は三重嶽の北部、大日岳の南に広がる大日のブナ林である。秋の黄葉にでもと思っていた
ら、Mさんがまた行くというのでそれではとお供することに。またもや15kmを越える
長丁場であったが、期待通り萌え出した若緑の自然林にその疲れも癒される、湖北三部作
のトリに相応しい山行になったのでした。

 これで三週連続の出没になる。三重嶽、湖北武奈ヶ嶽、大御影山と主要な山を踏んだが、
仕上げはやっぱりブナ尾根だろう。というわけでコースはまず『抜土』と呼ばれる粟柄谷
林道を県境の車止めまで上がり、南西へ延びる尾根を歩いてビラデスト今津から上がって
くる大御影山メインルートに合流する。ここから大御影山までは先週のコース。大御影山
を二週連続で踏んで近江坂を通過、三重嶽北尾根に合流した後は北上して大日尾根でブナ
を堪能。続いて天増川源頭を巻いてKDD電波塔跡から南下して能登野越で能登野でゴー
ルという欲張りコースだ。私には長いかもと些かの不安もないではなかったが、登ってし
まえば準平原の地形で高低差は少ないのが救いである。(^^;

 靄がかかったような薄曇り。無風。でも雨の心配はないという。Mさんに午前6時半に
迎えに来て頂き、名神深草BSで久しぶりのRさんと一緒になり、道の駅『熊川宿』でH
さんと合流したのは予定通り8時半である。

 まずはデポ車を下山予定地の能登野に置かねばならない。倉見にある三十三間山のメイ
ン登山口はR27沿いに大きな案内もあって整備されているが、能登野の方には全く案内
はない。能登野越が八幡川に沿うのでこの川が目印である。広まった路肩にHさんの車を
置いて、次は新庄にある関電の嶺南変電所を目指す。耳川を遡行し浅ヶ瀬から最奥の松屋
の集落。ここを右折すれば能登又谷の白谷登山口だ。粟柄谷へは左に進む。ダートかと予
想したが舗装林道。が流石に雪深い若狭だけあって、一応片付けられた形跡はあるものの、
至る所に小さな落石や木片が散乱している。驚いたのは立派な説明板があって、昔関所が
あったというのだ。赤坂山の粟柄峠を越える古道がここへ繋がってきているのだろう。

 林道は大きなヘアピンカーブを繰り返しながら高度を稼いでいく。気がつくと前方を一
台のパジェロミニがずっと同じ道筋を行く。男性2人組。滋賀bセし、「やっぱり登りに
来たのかな」などと車内で噂しあっていたら、山屋ではなく渓流釣りのベテランさんなの
だった。

林道車止めのあるT字路。ここを進むと登山口だ

 大谷山への指導標識を左に見つけると目的地の峠だ。林道がY字に分岐していて鎖の車
止めがある。高島トレイルの指導標にはどういう由来があるのか『抜土』との表示がある。
釣り組の小父さんたちは百瀬川方面に行くらしい。こちらは準備を終えて粟柄谷林道の続
きを行く。「気をつけて」の声を掛けあって別れる。

 車止めの所為か、余り荒れていない砂利道。200mも進んだ所で右手に登山口の表示
とテープが見つかる。あんまりはっきりした踏み跡ではない。それも20mも進んだ先の
左側の支尾根への小さな斜面で不明瞭になる。足元はイワウチワで足の踏み場もない。と
りあえず尾根に乗ろうと疎らな杉の斜面を上がると、なんと深く掘れた道があるではない
か。何処でどうなっているのか、ちょっと狐に摘ままれたみたい。(笑) まあ、いい。正
規コースに乗ったのだ。しかし暑い。標高差200m近くの急登に久しぶりに額を汗が流
れる。今日は長丁場。こういう事もあろうかとお茶は2Lのペットボトル持参。セーブせ
ずに飲めるのは嬉しい。
大御影山登山口

 尾根は登るに従って、杉林が消えて早くもリョウブやブナの自然林が広がる。先週から
1週間。その間に芽吹きはどんどん進んでもう萌黄色が満ち満ちている。小鳥が鳴き交わ
しカタクリも顔を出して春爛漫だ。

 この辺りは一旦登ってしまうと後はゆるゆるしたアップダウン。まことに歩きよい。こ
こもそうでヤブもなく明るいが、れっきとした中央分水嶺なのだ。粟柄谷は日本海へ、南
の百瀬川は琵琶湖へ注ぐのだ。雪が多い為かブナに負けずここのリョウブも根性リョウブ。
ユズリハの群落などを抜けて、810m標高点を過ぎると、大御影山の南尾根が大きくな
ってきて大御影山登山道との合流点は近い。カタクリの花も先週より開花株が増えてきた。

林道車止めから一登り。早くも清々しい広葉樹の林が

美人のカタクリ

 見覚えある登山道合流点。ここから先は先週と同じ道。誰か歩いてくるかと思ったが誰
にも会わず。まだ10時半なのでビラデストから上がってくるにはもう少し時間がかかる
だろう。ここの尾根もブナの枝先は芽から淡い産毛をまとった若葉に変貌している。考え
てみれば凄いエネルギーだ。

 誰もいなかろうと山名板の所へ上がると、なんと初老の単独登山者が1名休んでおられ
我々と入れ替わりに下山していかれた。代わって占領した山頂からの視界は先週より霞が
きつく延びない。野坂岳を同定しようとしたが果たせず。だが、目の前の野呂尾は魅力的。
テープもあるので松屋方面に降りる踏み跡があるのかもしれない。西に首を捻ると三重岳
の谷間の雪も大分消え加減だ。足元にはオオバキスミレが一株、ひっそりと咲いている。
10分ほども休んで小腹宥めのアンパンを齧ったらさて歩を進めよう。先はまだまだ長い。

 私にとってここから先は未踏。先週には残っていた雪も消えた道を、関電の反射板を左
にして西方向に降りる。雑木の枝が少し張り出しているが、幾世紀の間、あまたの旅人や
猟師や木地師たちが行き来したのであろう、深く洗掘された近江坂の古道は足に負担がな
いように”直滑降”ではなくジグザグに降りていく。降りるに従って目の前の三重嶽がど
んどん高く大きくなる。斜面も谷も笑い始めた若緑。嗚呼、着て良かったと思う瞬間であ
る。

三重嶽を眺めながら近江坂の古道をゆく

 白谷方面かららしい夫婦ハイカーとすれ違う。白谷コースの分岐を過ぎる。三重嶽北尾
根とのジャンクションピークまでは1.3kmだ。尾根が北西方面へ向きを変える頃、北
はイヤ谷、南は本谷となる象の背の様な綺麗な尾根になる。そこには素晴らしいブナ並木
が展開する。なんだ!これは。溜息が出るなあ。

近江坂からジャンクションピークへの尾根はブナ並木

三重嶽の尾根筋が近づいてきた。再び西に向きを変えた近江坂はジャンクションピークに
向って100m強の登りに転ずる。背後には反射板を頂いた大御影山が屏風のようにわだ
かまっている。タムシバが白くひらひら花びらを揺らす最後の登りをこなすと、根性ブナ
がドンと中心を占めるジャンクションピークだ。人声がしたのかしなかったのか空耳だっ
たらしく誰もいない。12時少し過ぎ。出発が9時50分だったからここまで2時間強。
ほぼ半分の行程は順調すぎるほどだ。鳥の囀りを聞きながらここで昼食だ。

Ca850mのジャンクションピーク
真の858mピークは100mほど南で標識は誤り

 先々週、山の会の方が持っていたオフィシャル紐がここにも結ばれている。例の明朝体
の山名板もある。でもその”P858”の表示は誤っている。本来の858m標高点はこ
こから100m南だろう。

 さてエネルギー供給の後は道標に従って大日へ向う。電波塔まで3.5kmとある。そ
の内の大日岳までの間が本日のハイライトだ。4、50m下った後はほとんど高低差がな
い。尾根上には下草もなく分厚い落ち葉が敷き詰められている。所々に太いブナも散見さ
れるが、大半は直径20から30cm級のブナだ。木の周りにはブナの殻が散乱していて、
実生も数多く芽を出し、2、3年生のブナも多い。

大日尾根のブナに囲まれた784m標高点ピーク
左は能登郷、直進は大日岳へ

 784m標高点は賑やかに道標が立っている。能登郷への分岐道は関電の巡視道を利用
しているらしく、黒いプラ階段が天増川の谷へ下っている。こちらも行ってみたい誘惑に
駆られるなあ。鹿が存外近くで警戒音を発した。

 直径1m級のブナの古木が倒れている。頭上は大きくポッカリ空間が開く。倒木更新の
現場だ。

 前方が明るくなって裸地が現れた。おお”猫鉄塔”。若狭幹線乙15、甲17のペアの
高圧鉄塔だ。左を見ると三十三間山の山並みが轆轤山を従えて整列しているが見える。左
手前にはこんもりしたKDD電波塔を頂いた726m標高点ピーク。パラボラアンテナみ
たいなのを想像していたが、高さ30mはありそうな梯子状の塔である。

猫鉄塔とツーショットの三十三間山

 前方のこんもりした林が大日岳山頂。普通、大日岳というと険しく目立つ山が多いが、
ここのはほとんど目立たない。だからなのか全く欠けのない三等三角点標石。ビラデスト
今津の立てた木柱が立つ。
大日岳山頂の三角点

 大日岳山頂からすぐ岩谷経由で新庄へ下る道がある。これも関電巡視路を利用している。
1時間くらいで大日開拓地に出るらしい。そのルートを右に見て左に進む。ここは天増川
の源頭に当たる地である。明瞭な尾根が電波塔へ向かっていて、右手が開けると三方五湖
が眺められる。今年初めて聞くツツドリの鳴き声。こいつを聞くと、深山に来た気持ちに
なる。

電波塔跡へ向う尾根から三方五湖

 726m標高点へ少しの登り。標高点から30m北方の台地がKDD電波塔跡である。
50m四方はある広場で、北の端に取り付け道路がある。かすかに轍があったがこの道路
は天増川林道になるはずで、土砂崩れで通行止めと聞いているから何処から来た車なのだ
ろう。それともモトクロスのバイク?高い木がないので展望良し。三方町方面の水が張ら
れた田が整然と並ぶのが望める。東には大日岳と猫鉄塔。広場の南には「近江坂入口」と
書かれた木製の標識がある。小休止。

KDD電波塔跡は今も綺麗な広場になっている


KDD電波塔跡から大日岳。目立たないピークだ

 726m標高点付近に戻って真っ直ぐ南に下りる。踏み跡ははっきりしているが、今ま
でに比べれば急にヤブっぽくなった。ビラデスト今津の発行地図を見ると、オフィシャル
ルートは電波塔への取付け道路をしばらく歩く事になっている為らしい。雑木や草本類の
枝が張り出しているが、今の時期、歩きに支障はなく、前方に見える三十三間山を目標に
南に進めばよい。と言いつつ腰のタオルを一度落としたが。(笑) 小さなイカリソウが
花盛りと思う間もなく右手に道が...。想像より早く取付け道路と合流である。

 しばらく林道歩き。但し、林道をそのまま行くと反対側の天増川へ出てしまう。林道が
左に折れる辺りに尾根の先端があるので良く見ると、字がかすれ加減だが、「三十三間山」
と書かれた古い板の案内標識を見つけることが出来る。地肌が見えた尾根突端を迂回して
斜面になんと朽ちかけの丸木階段がある。10年以上前らしいがなんでここだけ整備した
のだろう。まあ、世の中不思議な事ばかりだ。

 ユズリハなどの枝が張り出したりして歩き難い所もあるが、踏み跡ははっきりしている。
そして僅かな下りの向こうには、見覚えある鞍部の草むらが広がる。

 ここは本来の能登野越えの場所とは100m程度北にずれているようである。それでも
草むらの峠は、ここの方が能登野越の峠に相応しいと思わせる。東下するテープは天増川
源流域にあった木地師の集落跡である能登郷に出るルートで、林道に出た後は大日尾根の
巡視道分岐があった784mピークに直登出来るようだ。目の前に今歩いてきた大日尾根
がドーンと延びている。

 しばらく憩って、ザレた部分と木立の境目部分に沿って付けられているテープに従って
能登野へ降りる。ここはかつて04年の10月に能登野から三十三間山を歩いた際に使っ
た道なので、詳細はそちら(能登野から秋時雨の三十三間山)に譲ることにしよう。特
筆すべきは、下っている最中にタヌキを見たことだろう。枯れた倒木が散乱する斜面をヒ
ョコヒョコ歩いて、足音に気付いたのか立ち止まって怪訝げにこちらを振り返る。静止す
る事、十数秒。何事もないかのようにおもむろに朽木を潜って去っていった。しかし、短
足やなあ。(笑)
タヌキ。雄だろうか単独行動

 この付近にタヌキが多いことは林道に出た所で死骸があったことでも分かる。山から出
た辺りの巨大堰堤横では鹿の白骨が二体。猪も死んでいたというから、薬莢もあったこと
とて、シーズンには猟師が入るのかも。

 谷川が合流する地点で能登野越の道は林道になる。ニリンソウ、ヒトリシズカ、そして
本当に名の通り一輪のみのイチリンソウが印象的だった。

 鹿よけのゲートを開けて能登野の里へ。出発地点の車を回収に向った車を待つ間、さっ
き電波塔跡から下界が見渡せたので、下からも見えるか確かめてみた。するとRさんが立
ち木の間に見えるという。目を凝らすと細い直線が空に向って直立しているのが薄っすら
と望める。ほんの2時間前まであそこにいたと思うと、なんだか感無量ではあるなあ。(笑)

 直ぐ前の田圃は老夫婦が田植えの最中だ。ケロケロ、カエルが鳴く畦で、おばあさんが
おじいさんの作業をじっと見守っている。良き日本の農村風景。こんな夫婦あこがれるね
え。(笑) 所在ないところで四方山話。おばあさん曰く、能登野の方で作っているのは「
花越前」という品種。自前で食べる分を作っていること、子供が米を取りに来ること。鹿
が米を食べてしまうこと。昭和の日に三十三間山の山開きがあったこと。などなど。大阪
から来たというと驚いていた。そうだ、風神の由来を聞いておくべきだったなあ。

 峠までの往復はやはり相当の時間がかかり、4時半、ようやく車が戻ってくる。日が長
延びてまだまだ明るい中、Hさんとはここでお別れ。愉しい一日有難うございました。げ
っぷの出るほど堪能したブナ林。黄葉の秋にでも又歩きたいものだ。素晴らしい連休の一
日はこうして暮れたのでした。


行程図はこちら

■同行 ひろぴぃさん、水谷さん、ランナーさん(五十音順)

【タイムチャート】
6:30自宅発
8:30〜8:40道の駅『熊川宿』
9:40〜9:47抜土(粟柄谷林道の県境通行止地点)(駐車地)
9:50大御影山(粟柄谷コース)登山口
10:32大御影山コース出合(大谷山分岐)
11:03〜11:12大御影山(950.1m 三等三角点)
11:30近江坂(新庄分岐)
12:05〜12:30ジャンクションピーク(Ca850m)(昼食)
12:55784m標高点
13:05若狭幹線iウ15
13:07〜13:10大日岳(750.9m 三等三角点)
13:23726m標高点
13:26〜13:32KDD電波塔跡
13:39天増川林道出合
13:42林道別れ
13:55〜14:00荒地の鞍部(能登野越北100m地点)
14:36林道終点
15:12能登野



ブナの息吹き


▲芽吹き


▲大木幾星霜(1) ジャンクションピーク東にて


▲大木幾星霜(2) 大日尾根にて


▲清澄なブナ林 大日尾根にて


▲倒木更新 ぽっかりと空いた空間に次世代のブナが芽吹いている


▲これ以上美しい緑はない 大日尾根にて



大日岳のデータ
【所在地】福井県三方郡美浜町、滋賀県高島市
【標高】750.9m(三等三角点)
【備考】 江若国境上にあって、三重嶽と大御影山の尾根が合わさ
った先に位置します。この山の特徴はなんと云っても南
側尾根の超一級のブナ林です。下草のない清澄な尾根に
は直径1mものブナも見られます。
【参考】
2.5万図『熊川』、『三方』


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