イチゴ谷山(ヘラ谷奥)
         〜野趣豊かな静寂の山へ
 
平成19年 4月 8日(日)
【天候】晴れ
【同行】別掲
Ca820mジャンクションピークから
木の間から望むイチゴ谷山


 長年山歩きをしている人でもイチゴ谷山と言ってどこにあるか答えられる人はそう多く
ないのではないだろうか。滋賀県の湖西地方、芦生から流れてくる針畑川の西に城江国境
を区切って南北に伸びる山域がある。その中でサンゴクと呼ばれる三国岳から南へ行くと
経ヶ岳。そのまた南に位置するのがイチゴ谷山だ。三等三角点が置かれていて点名は『久
多』。イチゴ谷山は山城側の久多の呼び名で近江側の平良ではヘラ谷奥と呼ばれている。
しかし地形図には山名の記載はない。それだけに注目されることもなく静かな山歩きが楽
しめそう。というわけで今回はそのイチゴ谷山。当初の予想通り、山では誰に会うことも
なく鳥の声や風の音以外は我々の声のみ。ブナの大木の見上げながら、静寂の半日を過ご
したのでありました。

 今日の基点は旧朽木村平良の集落。釣り堀のある小川の集落を更に北に入った集落であ
る。勝手知ったる芦生への道。梅ノ木で国道と別れ、現地で名古屋帰りの水谷さんと合流
して、平良分校近くに1台の車をデポして出発地点の平良谷橋に移動。早速準備を調え「
ミゴ越 二時間」の標識が置かれた橋を渡る。無風。いい天気だ。

ミゴ越まで2時間の取付き林道

 夜来の雨でややぬかるんだ地道の林道はまもなく二手に別れるが、左側の道を採る。周
囲の杉の木はよく手入れされ、いずれも直径50cm以上の大木。その中の流れは透明で岩
は苔むしいい感じだが、道の湿った感じはもう少し暖かくなればヒルが出てきそうな。(^^;

 前方でチラッと岩陰に人影が動く。渓流釣りの小父さんだ。林道に置かれていた軽四輪
の持ち主だろう。小ぶりだが天然アマゴやイワナがいるという。

 四駆でないととても上がれそうにない部分はセメント舗装。鹿の頭蓋骨が転がっている。
そんな中に古い芦生杉があって、山桜やその他の植物が杉の折れて枯れている部分に根を
張って大きく伸びているのがある。長老ヶ岳近くに確か『七色の木』とかいうのがあった
が、それに良く似たもの。すごい生命力だ。
ダイスギに種々の木がとりついた
七色の木。その大きさを見て下さい

 橋から30分。林道終点には熊の檻らしい錆びた鉄格子の箱が放置してある。その前を
通って進む。谷が大きく二分している。いずれも同じくらいの太さで、しかもどちらにも
踏み跡がついているので紛らわしい。テープ類は一切なく、GPSも衛星を受信できず参
考にならない。ただ、西に向かえば経ヶ岳との稜線上に出るのは間違いないのだけれども、
ここまで来ればドンピシャでミゴ越に到達したいもの。とにかくもう少し沢を詰めてみる
ことにする。

 今まで弱受信でむずがっていたGPSが衛星を補足した。あれ?意外に稜線に近づいて
いるではないか。あと200m足らずを水平移動すれば稜線のはずなのだが...。その
稜線に向かう谷沿いには踏み跡らしきものがあるが、左手の疎林の斜面を眺めるとうっす
らとした踏み跡発見。それも直登しているわけではなくて、ジグザグに折れながら続いて
いる所を見ると、明らかに人為的に付けられたものだ。これに違いないというわけでこの
斜面を登ることにする。

 薄い踏み跡は斜面を引っかいたようなもので、立ち木も疎らなこともあって人が歩かな
いと雪や風雨などですぐに削られてしまうほどにはかない。それでも何となくそこに踏み
跡があるなと分かり、虎テープも目に入って、ミゴ越の道はこれに間違いないらしいこと
が分かる。ザレた山腹をトラバース気味に、辿るのには少々危なっかしい部分もある。左
の谷からはゲコゲコ、ヒキガエルの春の合唱が沸きあがってくる。

 斜面に立つ芦生杉の傍で小休止し、水を補給する。もう稜線は見えており、何処でも直
登できそうだが忠実に詰めてみる。薄い踏み跡は芦生杉の枯れ株の間を抜けて、左下から
上がってくる谷と合流する頃、右に古い炭焼き窯跡が現れ、立ち木には朽ちた道標が立て
かけてある。それに導かれて進むに従って、どこかで見た風景が展開する。そう、廃村八
丁近くのソトバ峠の風景に似ているのだ。U字形に丸く曲線を描く枯葉の斜面。そしてそ
の先が『ミゴ越』であった。"ミゴ"とは京都府側の谷の名前。ここにも支柱が朽ちた道標
があって、「経ヶ岳1.1km、イチゴ谷山1km、平良谷橋2.8km」とある。京都府側は
鹿ネットが張り巡らされ、それに引っかかった小さい鹿の足の骨の先はまだピンクがかっ
て生々しい。その鹿ネット越しに初めて京都府側が見渡せる。北には三角点が無いのが不
思議なくらい堂々とした経ヶ岳。そうして天狗峠、小野村割岳など由良川源流域の山々が
居並び、山の奥深さが実感できる。
「ミゴ越」手前の素晴らしい斜面

ミゴ越。手前が経ヶ岳方面で奥がイチゴ谷山へ

 県境尾根には今までと違って、切開きがあり、しかも頻繁にテープがある。鹿ネットの
支柱はしばしば雪で折れ曲がり、意味を成していない。それでもイチゴ谷山は東側なので、
移れなくなっても困るからネットの東側を歩く。そこここに鹿の骨や、ほんの数分前のも
のと思われる鹿の糞が落ちている。

 ネットも消え、Ca820mピークでイチゴ谷山へ続く尾根は東に向きを変える。ポカポ
カと日当たりのいい山頂で一休み。東にイチゴ谷山の姿が雑木の枝越しに見えている。サ
サの茂みを抜けると鹿の寝床がある尾根道は清々しい自然林となり徐々に高度を上げる。
木々の隙間から北方には百里ヶ岳が端正な姿を見せている。そうするうちに植林が現れ、
それを抜け、さらに最後の登りをこなすとポッカリと円形の広場に出る。幾つかのプレー
トが架かるイチゴ谷山(ヘラ谷奥)の狭い山頂である。山頂で道は東方向と南方向に二手
に別れ、東方向は平良の学校近くの登山口に降りていく道だろうか。我々はブナの巨木が
あるという909mピークに向かってさらに南の尾根へ向かう。

イチゴ谷山(ヘラ谷奥)の山頂

 お腹も空いてきて適当な明るい尾根で倒木に座って食事。どこかでコゲラのドラミング。
人工音は皆無。静寂そのものだ。

 909mピーク手前のCa890mピークは大きな芦生杉が目印になる。これも杉の朽ち
た部分に山桜が寄生し土中に根を伸ばしている。すごいものだ。このCa890mピークは
分岐ピークで、東に下りるテープがある。下山路はこれを採る積もりなのでまた戻ってく
る事になる。つまり300mほど先にふんわり盛り上がる909mピークへはここからピ
ストンする事になる。杉に巻かれたビニールテープに久多方向とあり、これに従う。西に
方向を変えて直ぐまた南に方向を変えながら尾根は続く。見れば大木が大きく幹を張って
いるのが遠目にも分かる。あれがブナらしい。以前は密生していたであろう背よりも高い
ササが生えるが、今は切開きがされていて助かる。そして所々にブナが現れ始め、中には
幹周りが2mはありそうな巨木もある。苔むした幹から四方八方に広げる枝先の芽吹きを
楽しみたかったけれども、惜しい事に今しばらく後のようだ。その間を抜けてササに覆わ
れた909mピークへ。今回の山行での最高点。武奈ヶ岳や蓬莱山などの比良の山並みや
白倉岳方面が一望出来る。そうして909mピークから南に続く尾根もたおやかで、行っ
てみたい誘惑に駆られる尾根だ。

909mピークへの尾根には
ブナの巨木が

909mピーク南の稜線。奥は比良の山並み

 しばらく景色を堪能して分岐ピークへ戻る。小休止して東の方向へ。南東に向かう尾根
に引き込まれないようにしなければならないが、なんと新しい鉈目が入っている。切断面
にまだ樹液が沁み出しているものもあるからつい数日前のものだろう。これは道を整備し
たというのではなくて、造林公社の標識や赤プラ杭沿いだから、春を迎えて敷地の境界を
整備したのであろう。おかげで非常に歩きやすい。(^_^)/ それを伝いながら急に斜度を
増した所で北東方向に降りる。時たま現れるテープとプラ杭が目印である。そのうちに次
第に尾根が顕著になり、694m標高点の尾根に乗っているのが分かりホッと一安心だ。
ユズリハの群落を抜け、右下方に送電線が見え始める。

694m尾根からの下りにて

 だがまだ気は抜けない。今回のコースで一番難しいのが694m標高点の尾根から送電
鉄塔方向へ向かう尾根へ移るタイミング。694m標高点まで行ってしまうと行き過ぎで、
降下ポイントは標高点から凡そ100m手前。するとそれと思しき辺りに二重の赤テープ
を発見。どうもこの二重の赤テープは方向転換点に限って巻かれているようだ。最初は尾
根とは見えないが、滑るように下って行くに従って、はっきりしなかった尾根の形状が地
形図通りのはっきりした姿に変わり始める。北側は柔らかい曲線に落ち葉を敷き詰めた沢
の源頭に、芽吹き直前で枝先が赤みを増した雑木の白い幹が林立する素晴らしい林。沢が
徐々に深みを増した頃、また二重赤テープが忽然と現れる。今までの例から言えばここで
曲がれの合図、すなわち谷へ降りよの合図だが、このまま尾根を辿れば送電鉄塔に行き着
いて巡視道が利用できるはずと踏んで、今度はこのまま尾根を辿ることにする。

 その選択は正解で、もうしばらく下っていくと、忽然と花の絨毯が現れた。イワウチワ
(トクワカソウ)の群落が出迎えてくれたのだ。フリルつきのピンクの花びらは清楚その
もの。そして中に混じる白い花は大柄である。やはり今年は花が早いようで、オオイワカ
ガミももう蕾が赤くなっている。そこから間もなくの鉄塔台地は素晴らしい展望で、水分
補給しながら楽しむ。針畑川を隔てて東の858mピークが大きい。
 
可憐なイワウチワが咲き乱れる

 思った通りさっきに比べれば超楽チンな巡視道だ。『火の用心』マークを通り過ぎて南
側の高圧鉄塔に出ると、鉄塔は急斜面に立っていて、なんとその先には明確な巡視道がな
い。「はて...?」

 はるか下に針畑川と県道が望める。そこまでは無理をすれば行けないことも無かろうが、
かなりの急峻な斜面を覚悟しなければならない。必ず巡視路はあるはずなので、これは引
き返してみるにしくはなしと、先程の『火の用心』マークまで戻る。するとそこはT字路
になっており、下から上がってくる巡視路が北側と南側の高圧鉄塔へと別れる分岐なのだ
った。
「こりゃあ、北の鉄塔から来れば、そのまま直進して南の鉄塔へ行ってしまうわなあ」

 T字路から東へ進むと、明快な巡視路が植林帯を降りていき、すぐに谷の源頭付近に降
り立つ。よくもまあこんな所にと思える向こう側の急斜面にトタンなどの作業小屋の残骸
が散乱している。道はここで右に曲って流れに沿って降りていく。所々に『火の用心』マ
ークの分岐があるが、流れに沿えば必ず針畑川に出るはずなので、下へ下へと行けばよい。
簡易水道のコンクリート水槽を右に見る。手入れがされているので植林下でもそれほど暗
くはなく、ミヤマカタバミやスミレが咲いている。やがて杉林の向こうに舗装路が現れる。
飛び出した所は平良の南ほぼ1.5km地点付近であった。

巡視道から県道に出てきた

 車を置いた場所まで県道をブラブラと歩く。「ムム。」ここに出てくるなら、こっちに
1台デポすれば良かったか。(笑) 当初は橋の横の民家の庭先にある『ヘラ谷奥登山口』
と書かれた所へ降りてくるのかと思っていたのだけれど少し違った。(^^; 前からやって
きたバイクに乗ったジモティの小父さんが何処へ登ってきたかと問いかけてくる。「ヘラ
谷奥」だと答えれば「そうか」と残し反対方向へ去っていく。

 イワナシやキケマンの花を愛でつつ県道沿いを歩けば長くも感じず、20分程度で朽木
西小学校の平良分校(廃校)の建物が見えてくる。橋を渡った所が水谷さんの車のデポ地
である。

 『ヘラ谷奥』は今まで歩いた山の中でも最も野趣に富んだ部類の山であった。今西錦司
さんはじめ旧制三高の登山愛好家が好んで歩いた感じが、現在でもよく分かる気がする。
秋もよさげだろう。そんな期待を感じさせる城江国境の静かな山でした。



■同行 たらちゃん、水谷さん、もぐさん

【タイムチャート】
7:00桃山台駅西ロータリー(集合地)
9:10〜9:20平良谷橋付近の県道横(駐車地)
9:55〜10:00林道終点
10:35〜10:38芦生杉の下(小休止)
10:45〜10:52ミゴ越
11:02〜11:10Ca820mピーク
11:25〜11:28市後谷山(ヘラ谷奥)(892.1m 三等三角点)
11:40〜12:05芦生杉のある分岐ピークの北地点(昼食)
12:15芦生杉のある分岐ピーク(Ca890m)
12:25〜12:35909mピーク
12:46〜12:52芦生杉のある分岐ピーク(Ca890m)
13:34694m標高点手前の支尾根降下点
13:40〜13:50イワウチワの斜面
13:55〜14:07北側の高圧鉄塔(bS87)
14:10〜14:12南側の高圧鉄塔
14:15火の用心マークのある巡視路分岐
14:40県道783号線出合(巡視路入口)
15:10小学校分校北の橋(車デポ地)

イチゴ谷山GPS軌跡 (罫線間隔は10秒=約300m)
 国土地理院2.5万地形図閲覧サービス、フリーソフト『カシミール』を利用しました)


イチゴ谷山(ヘラ谷奥)のデータ
【所在地】滋賀県高島市(旧朽木村)、京都市
【標高】892.1m(三等三角点)
【備考】 琵琶湖の西、京都府と滋賀県の府県境界を形成する湖西
トレイルに属する山です。山頂は雑木の中で展望もなく
地形図に山名の記載されていないというマイナーさです
が、その分静かな山歩きが楽しめます。また南の稜線の
909mピーク付近には幹周り2mを越える大ブナがあ
ります。尚、主稜線以外に道標はほとんどなく、磁石と
地形図は必携、記載のルートはルートファインディング
が必要となります。
【参考】
2.5万図『久多』



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