馬ノ鞍峰〜台高深奥部の晩秋
 
平成18年12月 2日(土)
【天候】曇り時々晴れのち雨
【同行】別掲
狭い馬ノ鞍峰山頂。
土砂が流れ三角点が露出している


 台高山脈南部の深奥部に位置する馬ノ鞍峰は、後南朝ゆかりの歴史に彩られた山でもあ
って一度行きたかった山の一つ。以前はアプローチが不便で、台高縦走路を形成する通向
きのマイナーな山だったと思われるが、昨今の登山ブームの所為か、近頃では新聞社系の
旅行会の登山ツアーの募集を一度見たことがある。そんな山をこの週末を利用して訪れて
みた。冬間近、晩秋の静かさに包まれた山は、我々の他には誰にも会わず。やはり京阪神
からは不便な山であることも間違いなかったのでありました。

 冬至も近い事もあって午前6時はまだ暗い。もぐさんをピックアップして集合地の近鉄
榛原駅前へ。7時40分定刻、今日のメンバ6名全員集合して現地へ向かう。大台への国
道は通い慣れた道。大迫ダムで左折して何度か入浴に利用した入之波温泉前を右折、ダム
湖に沿ってひたすら上流に向かう。

 もうこの辺りになると、道路沿いに電柱が立っているので人の生活臭は感じられるのも
のの、普通の民家は見当たらない。栃原や三之公などの地名が残るくらいだから、昔はそ
れなりの生活が営まれていたのだろうが、今は林業関係者の作業場兼宿泊所みたいな建物
が散見されるだけ。筏場への道、北股への道を過ごして三之公川沿いに山懐へ分け入る。
舗装道路もいつか轍の掘れた狭いダート道になり、落石も散見されるようになる。すると
また何故か舗装路になり、右手に場違いな瀟洒な建物。川上村が建てたバイオトイレだ。
林道はその先100mで終点。路肩が広まり数台駐車できるスペースがある。勿論、誰も
居ない。車もない。車を降りると「ピーッ」。すぐ近くで甲高い鹿の警戒音。猿も見かけ
たというから、深山幽谷に来たものだ。

 準備を始めていると、三之公川の対岸に立派な東屋があるのを発見して吃驚。ところが
そこへは川原を石伝いに行かねばならないらしい。しかも川原へは通行禁止のロープまで。
「こりゃ、一体、なんぞ?」
その昔、平沼内閣だったか、「欧州の情勢、不可解」とかなんとか言って、総辞職した内
閣があったが、川上村のその意図、なかなか不可解。(笑)

カクシ平への道を兼ねた馬ノ鞍峰への登山口

 登山口は石垣につけられた階段かららしい。「遭難捜索費百万、二百万あなたもち」、
「無理無謀慎もう」の注意書きがある。山深い台高の懐深く入っているのだ。向かいにあ
るトチノキか何かをくり抜いた祠に今日の安全山行を拝んでおこう。

 カクシ平までは三之公川の支流、明神谷の右岸を行く。後南朝行宮跡を巡る遊歩道を兼
ねているので整備された道である。それでも谷は深く、幾つも滝を懸け、足を滑らせれば
危険な箇所も所々に見られる。山肌には時折、現れる大きな岩の中には、大普賢岳の麓に
ある無双洞に似た岩の庇もある。

 30分も歩いて、水音が一段と高まってくると明神滝への降り口である。30mほど下
ると大きな青い釜を持つ優美な滝の側に立てる。箕面の滝よりまだ落差のありそうな滝の
周りの木々の葉は、ほとんど散り果てているが、かろうじて紅葉の残照を惜しむ木々もあ
って、最後の紅葉狩りを楽しめた。
優美な明神滝

 滝から15分。2本のトチノキの大木が並んでいる場所にはカクシ平へ1.0kmの道標
とベンチ代用の朽ちた丸太がある。小休止を摂って、やや左に傾ぎながらようやく険しさ
を増した山道をたどる。右手の谷も険しさを増し、遥か下で次々に滝を懸け、あるいは苔
むした岩の廊下を形造る。とりわけ、二筋に分かれて数段に渡って流れ落ちる滝は美しく、
合わせれば50m位の落差があろうか。そして明神滝から約50分。谷の流れが近づいて
きて、左から涸れた沢が合流した所がカクシ平であった。
登山口から1時間半。ようやくカクシ平へ

 「カクシ平入口」の標識がある。なるほど一寸した扇状の土地で、言いえて妙。まさに
山懐に隠された平地である。水が涸れて岩がゴロゴロした沢はカクシ平谷。杉林の奥に数
分歩くと三之公行宮跡の石碑がある。尊義王の墓はさらに馬ノ鞍峰への踏み跡を過ぎて涸
れ沢を渡った向こう岸を50mも進んだ奥にある。杉桧のほかにブナの大木が一本。その
下に小さな石碑がぽつんと立っている。

 後南朝は1392年、60年にわたる南北朝の争いが両朝迭立を条件に合体した後、足
利幕府が約束を守らず、1412年、北朝の後小松天皇の後継に同じ北朝の称光天皇を立
てたことから、後亀山上皇が吉野に走り、再び南朝を開いたことをいう。尊義王は後亀山
上皇の孫、小倉宮実仁親王の子で、南朝再興かなわずここで病死したという。因みに尊義
王の二子、自天王、忠義王は後、赤松の残党に襲われ落命、その首級と神璽を奪い返した
川上村の郷民はいまだに毎年4月2日に朝拝式を催しているという。しかし、日も射さぬ
こんな山の中によくぞ隠れ住んだものだ。余程、幕府の神璽探索の眼は厳しかったのだろ
う。
林深く寂しげな尊義王の墓所

 11時過ぎと早いけれど、未明に家を出た人もいてそろそろシャリばて。水の涸れた沢
が日当たりも良く、風もないのでここで食事。今日もローソンで入手できた好物焼き鯖寿
司。ついでにきな粉餅を一個。

カクシ平から馬ノ鞍峰西尾根へ
胸突き八丁の急登が待っている

 私製の道標には馬ノ鞍峰まで90分とある。往復3時間。ということはカクシ平帰着が
15時前。暗くなる前に登山口に戻るには急がなくては。(^^; 後片付けを済ませて、道
標に従って、カクシ平の谷の東側の支沢を遡行する。この付近、エアリアマップには不明
瞭と朱書きがあったが、確かに踏み跡は薄いけれども予想外にテープが頻繁にある。およ
そ100mで、踏み跡は斜面を一気に登り始める。かなりの急斜面だ。所々、落ち葉で消
えたりもするが、テープに沿えば大丈夫。ブナやヒメシャラ、モミ、アセビなどの疎林に
ヤブは全く無い。落ち葉でズルズル滑りながら体を持ち上げていく。食後だから一寸きつ
い。それでもひんやりした空気の為か、汗は額を濡らすが流れるほどでもなく、タオルは
ザックからついに出さずじまいだ。存外早く空の明るみが上方に見えてきた。最後はトラ
バースするように狭い踏み跡は稜線に駆け上がっていく。

稜線に出ると別世界だ

 そこには別天地が待っていた。標高差200mを一気にクリアして上がった稜線からは
北方がバーっと広がり、解放感に溢れるものであった。池小屋山から弥次平峰に続く台高
主稜や白髭岳の鋭鋒が深い山並みを重ねている。そして東へ痩せた尾根が1,073m標高
点と思しき高みに向かって延びている。西へも尾根は延びているが、カクシ平への道標が
通せんぼしている。馬ノ鞍峰から下って来た時降下点を間違えないようにとガイド本がい
うのはここのことだったらしい。確かに道標がないと直進しそうな所だ。藪の全くない稜
線にはトガサワラ、モミやブナ、トチノキの大木が所々に佇立する。倒木に白い大きなサ
ルノコシカケ。珍しくコウヤマキの大木もあって、付近には高さ10cm内外のその実生も
ある。
モミの巨木とシャクナゲの1,073m峰


 徐々に稜線の高度が増すに従い、右手斜め後ろも開けてきて、意外に近くに大峰山脈の
稜線が俯瞰できるようになる。一際高いのは弥山、八経ヶ岳。峨々たる姿は大普賢岳だろ
うか。

 1,073m標高点辺りからはシャクナゲやヒメシャラの群生が見かけられるようになる。
中でもこれだけのヒメシャラを見るのは珍しい。それらの木々の根が絡まり、さらに土が
流されて浮き上がり、差し詰め山の血管みたいだ。

ブナと美しいヒメシャラの純林の稜線

 尾根を歩く事40分。大分、台高主稜の山並みが近づいてくる。木々の根剥き出しの細
尾根を登って行くと、その先に小さな頂を持つ高みが見えてくる。枯れ枝が重なり、ごつ
ごつとやや荒れた感じがする。10m程度を一気に登れば、馬ノ鞍峰山頂である。

馬ノ鞍峰への最後の登り

 狭い山頂は我々が歩いてきた西からの稜線と、南北に伸びる台高山脈主稜の合する三叉
路になっていて、数枚の山名板が木に引っ掛けられている。台高主脈を行く縦走路には北
の池小屋山、南の山ノ神の頭への道標がある。その狭い山頂中央に小さな高みがあって、
揺らせば動くほど露出した三等三角点の石標。登山者や風雨で土砂が流されたのであろう。
ということは1,177.8mの高さはもうないかも知れないなぁ。可愛そうなのでOさん
と石くれで根元を補強してやる。(^^);

 エアリアを広げてもこの辺りの山の名は余りわからない。北に赤ー山から白髭岳へ延び
る稜線が目立ち、東に国見山か鰔谷高らしい円錐形の山があるのがわかる程度だ。それで
も紀伊半島の奥深くにやってきた感慨深いものがある。

 20分も休んだだろうか。やはり尾根の上は風が強い。日が翳り、北からの風は冷たく
て、じっとしていると寒く手もかじかんでくるようだ。

 帰路はまた見える景色が違って、違う尾根を歩いているような感じがする。基本的に下
りなので歩もはかどる。尾根の両側は結構厳しい傾斜である。尾根の下降点からカクシ平
へ。踏み跡がジグザグにつけられており、滑る事もなく、案外楽に降りることが出来る。
最後は落ち葉の絨毯道をルンルン気分。14時過ぎ。思いの外、早く戻ってこれた。それ
を待っていたかのように空からはポツリポツリと来だした。

尾根からカクシ平への急降下道はフカフカ

 カクシ平で一息いれる。皆さんまだ尾根の余韻に浸っているようだ。でも14時過ぎと
いうのに、谷はもう薄暗い。少し急いで15時半、無事登山口に戻ったのだった。

 シロヤシオの頃、もう一度来たい。そんな馬ノ鞍峰。でもヒルのメッカだというからど
んなものであろう。それでもやっぱり春に訪れたい。そんな気にさせる静かな台高深奥部
の晩秋。天候は段々良くなるという予報とは裏腹に、大迫ダムに戻る頃には本格的で、辺
りはもう夕闇が迫ると見紛うほどに暗い。明日はもっと冷えるらしい。台高にもきっと初
雪が舞うだろう。


■同行 Oさん、たらちゃん、もぐさん、水谷さん、ランナーさん(五十音順)

【タイムチャート】
5:50自宅発
9:10〜9:20林道終点登山口(駐車地)
9:56〜10:10明神滝
10:26〜10:33大トチノキの下のベンチ(小休止)
10:56カクシ平入口
11:00〜11:03行宮跡
11:08〜11:13尊義王墓
11:15〜11:40カクシ平谷(昼食)
12:10馬ノ鞍峰西尾根(カクシ平降下口)
12:261,073m標高点
12:50〜13:10馬ノ鞍峰(1,177.8m(三等三角点))
13:321,073m標高点
13:46馬ノ鞍峰西尾根(カクシ平降下口)
14:10〜14:18カクシ平谷
15:05明神滝
15:39林道終点登山口(駐車地)

■馬ノ鞍峰GPS軌跡...谷沿いの遊歩道は弱電波の為、途切れています。
 (罫線は10秒=約300m 国土地理院2.5万地形図閲覧サービス、
  フリーソフト『カシミール』を利用しました)  先頭へ


馬ノ鞍峰のデータ
【所在地】奈良県吉野郡川上村、三重県多気郡大台町(旧宮川村)
【標高】1,177.8m(三等三角点)
【備考】 台高山脈の深奥部にあり、大台ヶ原の北、池小屋山の南
に位置します。後南朝ゆかりの遺跡が南麓にあり、川上
村によって道が整備されています。山頂まで続く稜線は
快適で素晴らしく、途中、ヒメシャラの群落が見られま
す。最寄の入之波温泉とセットにすればいい山旅となる
でしょう。不便なので車でのアプローチが無難です。
【参考】
2.5万図『大和柏木』



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