頭巾山〜緑に染まる若丹尾根
 
平成18年 5月28日(日)
【天候】曇り時々晴れ
【同行】のりかさん
八ヶ峰、芦生方面に延びる緑一色
のたおやかな若丹尾根


 一度は訪れたい山だった。頭巾山。名前がいいではないか。若丹国境の西に悠然と構え
る信仰の山である。梅雨の走り、懸念は空模様であったけれど、結局、予報されたほどの
雨は降らず、日差しも柔らかで格好の山行きとなったのだった。

 6時半、いつものローソンでのりかさんをピックアップした後、摂丹街道、京都縦貫道
と継いで、園部町、日吉町を経て美山町へと抜ける。R162を名田庄村に向かい、南丹
市営バスの田土バス停で左を流れる棚野川を渡って、今度は合流する山森川沿いに進み、
山森のY字路を右に取る。ここに設置されている頭巾山ハイキングコースの地図が役に立
つ。

 最奥の今時珍しくなった茅葺きの民家を過ぎ、舗装路が地道に変わる頃、集会所のよう
な建物が川沿いにひっそり建っていて、その横に数台駐車できる空き地がある。

美山町が管理する林道福居上谷線が取付き

 サンショウの木が数本。花が咲き終わって小さな実が育ち始めている。不届き者がいる
ようだ。『サンショウを採るな 家主』と書かれた札が落ちている。林道福居上谷線の起
点は目の前で、美山町が管理しているらしくゲートが閉じられている。準備万端、ウオー
ミングアップのつもりでゆっくり歩き始める。山菜採りの人が入ったらしく、ワラビやイ
タドリ、ゼンマイの茎の先のないものが多い。それでもまだまだワラビがあったので帰り
に少し戴くことにしよう。(笑)

 カジカのコロコロいい声が清流から聞こえてくる。緑の最も冴え渡る季節、昨日の雨で
更に精気を増した緑の中にタニウツギのピンクが目立つ。川に架かる金属の橋は関電の巡
視路。頭上高く送電線が横切っている。そこからしばらく進むと林道の分岐で、右に分か
れる支線の方向に向けて頭巾山3.1kmの標識がある。直進は上谷。ここは素直に支線方
向に足を向ける。

 まもなく右の谷に砂防堰堤が見えてきて、そちらへも道が上がっている。登路は関電巡
視路の予定であったから、林道の進行方向が鉄塔のある尾根から離れて行く様でどっちだ
か少し迷う。そこで堰堤の所まで登って偵察。が、堰堤の先は不明瞭のようだ。ここも素
直に林道をつめることにする。するとその先で林道はヘアピンを描いて鉄塔方向に登り始
めたではないか。「OK、OK」(笑)

 木材搬出用のディーゼルエンジンやワイヤが放置された辺りを過ぎると、徐々に荒れた
印象に変わっていくのに比例して、道はジグザグにぐんぐん高度を稼ぐようになる。昨夜
来の雨で足元は悪い。良い所をよりながら登る。無風で汗が額に噴出してきた。

 道を横切る鹿ネットを潜る。周囲は伐採地。知らぬ間にだいぶ高度を稼いだようだ。ま
すます荒れた感じだが、そこを過ぎるとブナ、コナラ、トチノキなどが混じる雑木林。な
んと林床はビッシリとイワカガミの絨毯。これだけの大群落は初めてである。もう少し早
ければそれこそ一面ピンクであったろう。

 と、林道はそこで終端。辺りを見回すと青いPPヒモが斜面の木に結んである。それを
確認し小休止だ。
林道支線終端。古道が通じる稜線への入口

 斜面の踏み跡は薄い。茨など下草がほとんどないのでどこでも歩けそう。所々にある目
印の青ヒモを確かめながら高みを目指す。半透明のギンリョウソウが顔を出す中、しばら
く登れば前方が明るくなって尾根が近いことが分かる。そうして尾根に飛び出した所には、
トラテープもあって下降点であることを示してはいるが、ここから下山する時は、うっかり
していると見逃すかもしれない。

 尾根には予想以上にいい道がついていたのだが、ここでふと疑問。(待てよ。関電道は
どこやろ?)手元のGPSで現在位置を確認。すると、なんと横尾峠の南に伸びる尾根に
いるではないか。どこで関電道を見過ごしたのであろう。狐につままれたようだ。でも
「まっ、いっかぁ」
こっちの道の方が尾根道で良さげだものと思った途端にギョッとして気づいた足元に散ら
ばる白骨。ネットに引っかかったのか鹿の骨であった。でも、なぜか肋骨部分が見当たら
ない。キツネが生息するらしいから食べられたのだろうか。そういえば、イヌ科のものら
しい糞があった。

イワカガミ群れる横尾峠越の古道
(のりかさん提供)

 直ぐそばでツツドリが鳴く。イワカガミの時期にはピンクに染まりそうなお花畑のすこ
ぶるいい道だ。所々、クマザサも刈りとってくれている。平坦な新緑のトンネルは時折、
東の八ヶ峰方面が見晴るかせて気持ちよい。と最初はルンルンだったのだが、だんだん怪
しくなってきた。刈り取りが行われたのも途中までらしく、後半はツゲをはじめとする雑
木の枝やササが張り出して、少々歩きにくい。閉口したのは雑木の葉先のしずく。スパッ
ツは装着していたもののズボンの腿から下はぐっしょりである。しかし、踏み跡自体は明
快でU字形に深く洗掘されている部分もあって、古道の雰囲気がある。前方にちらちら見
えていた若丹尾根がようやく近づいてくると、またまたブッシュ。手ごわいイヌツゲを払
いのけて飛び出すと、
「アッ!横尾峠」
そうだった。そうだった。歩いた道はエアリアマップの破線で示されてある横尾峠越の古
道だったのだ。頭には関電巡視道の先入観で一杯だったので、横尾峠に出て吃驚したのだ。
道理で古道の雰囲気があると思えたわけである。関電道を歩くつもりが怪我の功名とでも
いうか、まことにいい道を歩かせてもらった。石の窪みに安置されている二体の石仏に感
謝しておきましょう。でもズボンに大きなササダニが...。さっきのササ漕ぎで取り付
いたらしい。(^^;
飛び出した所は横尾峠だった


 さて、小休止して西に折れて頭巾山を目指す。今日のメインディッシュ若丹尾根歩きだ。
予想以上に綺麗な道が伸びている。高低差もほとんどない新緑のプロムナードである。ま
もなく、大きな高圧鉄塔下。大飯幹線bT0。福井の大飯原発からの送電線である。予定
ではこの辺りに出てくるはずだったのだがと、注意しながら歩くと少し先に道標があった。
ここには芦生でも見かけた『若丹国境縦走路』の木札もある。


 気持ちの良いコルへ下る。柔らかい曲線に縁取られた場所だ。ヤマフジの薄紫の花が盛
りである。若丹尾根は狭くなったり広くなったりしながら、ゆるゆるとしたアップダウン
を繰り返す。非常に歩きやすい。広い部分ではガスが出ると少し分かり難いかもしれない
が、一貫して東西の尾根なのでコンパスがあれば大丈夫だ。その間、小さなヌタ場のある
東の783m標高点は南をかすめ、西の783m標高点は真上を通る。時折見える若狭や
丹波はいずれも緑なす山また山の重なりである。

西の783m標高点付近から頭巾山

 人の足跡はついぞ見かけないが、さっきからずっと鹿の足跡。やせ尾根上のぬかるんだ
黒土にはさらに明瞭な足跡があって、何頭かの群れらしい。歩きやすい所をえらんでいる
ようだが、滑った痕跡もあるのが面白い。

 この辺りでようやく頭巾山が顔を出す。頭巾山から南に派生する835m峰も大分、頭
が低くなってきた。もう一息だと思ったら、あらら、どんどん下りだした。

 山頂手前のコル。上谷への踏み跡が下っていて、上谷を示す茨工(大阪の茨木工高らし
い)の標識が落ちている。そこからは80m位の最後の登りだが、それほどきつくないの
は、ややジグザグを切って登っているからだろう。振り返れば、歩いてきた稜線が一望。
高圧鉄塔も824mピークの影に小さく見えている。「あそこまで戻るんやなぁ」

 今風のアルミの屋根で囲われた石仏が現れると山頂は近い。すぐに散乱した御神燈と刻
まれた石燈籠に祠と避難小屋が見えた。
頭巾山山頂。祠の裏に三角点がある

 意に反して誰も居ない。と思ったら綾部側から熟年ご夫婦が上がってこられた。聞けば
野鹿から登ってきたそうである。山頂にある祠は冠布山十二所大権現を祀るなかなか立派
なもので、今でも信仰篤く大切にされている様子だ。御神燈の裏に寄進者の居住地と名前。
佐々江は日吉町の神楽坂の南の村、殿は美山町鶴ヶ岡付近の村、そして納田終は頭巾山の
北東、若狭の名田庄村の集落である。信者が近在一円に亘っていることが分かる。そして
その祠の裏に二等三角点がある。祠の前は、君が代で云う"さざれ石"に似た形状の露岩で、
これが本来の磐座なのかもしれない。恐れ多いがその上に立ち、四方を見回す。残念なが
ら靄って視界は伸びない。が、それでも北に青葉山が意外に近くにそびえているのが分か
る。右にあるのが久須夜ヶ岳を擁する内外海半島だろう。その間は海のはずなんだがなぁ。
ガイドにはうっすら潮の香りもするとあったが、見えない海同様、香りもしない。東は八
ヶ峰から芦生の山々が見えているのだが、どれがどれだか。西によく目立ったのは弥仙山
の三角形である。長老ヶ岳や三岳山、大江山もあるはずだが、土地勘のない悲しさ、判然
としない。そうする内にブンブン羽音がするので、すわっ、スズメバチかと緊張したが、
何のことはないクマバチだった。

 一坪ほどの避難小屋には登山ノートが置かれている。記帳していると腹の虫が鳴った。
何はともあれ食事にしよう。壊れた御神燈の台座をテーブルに拝借する。目の前に小さな
ササユリがこれまた小さな蕾を揺らせている。

 今日はカップ麺は端折ってサラダ巻きのみ。のりかさんからタケノコと山独活を頂く。
食後のコーヒーで一服した後、また展望を楽しんでいると何だか鈴なりの花が目に付く。
サラサドウダンだ。鮮やかな赤い縦じま模様。結構、古木である。気がつけばあちこちに
ある。帰宅してガイド本を広げると石楠花もあるらしいのだが、これは見落とした。

鈴なりだった可憐なサラサドウダン

 当初の計画では上谷コースで下山を考えていたが、谷はえてして暗いのと、一粒で二度
おいしい若丹尾根をもう一度味わいたいと関電道まで戻ることに計画変更。そこへまた一
組のご夫婦。こちらは福井県は三国から来られたとか。場所を譲ってこちらは下山にかか
る。その時またまたブーンと。今度は本当のオオスズメバチ。クワバラ、クワバラ。

苔の生えた朽木にあったモグラの死骸

 行きには気づかなかったけれど、サラサドウダンの木は多い。それも結構幹が太い古木
だ。シロヤシオに似た木もあったが実際は何なんだろう。遠くでコゲラがドラミングして
いる。ふと目の前の苔むした朽木。ギョッ、黒いものが...。モグラ。まだ生きている
ような雰囲気であったが、トレッキングポールで小突くも動かなかった。

 行きは遠く思うものの、帰りはえてして短く感じるもの。1時間足らずで、いつの間に
やら関電巡視路分岐に戻っていた。ここでまた小休止。

 流石に関電巡視路。ブナが灰褐色の肌を見せ、フカフカの落ち葉の歩きやすい道である。
左手に往路の横尾越の古道が走る稜線を眺めながら、凡そ10分ほどで高圧鉄塔。しかし、
鉄塔を過ぎた辺りから道が細くなりだした。沢音がはるか下から這い上がってくる。下小屋
ヶ谷へ下り始めるのだ。稲妻型にジグザグを切って降りる谷の斜面は薄暗い。しかも斜面に
無理やり引っかいたように付けられた道は幅20cm程度の所もあって、油断すると危ない。
と云っている尻から、谷底近くで路肩が崩れ、ズ、ズ、ズと滑った。なんとか持ちこたえた
が危ないところであった。おかげで尻は土でべっとり。怪我がなかったのが幸い。沢で汚れ
た手を洗うって一息つく。(^^;

 次は沢の渡渉が待っていた。これも濡れた石に不用意に足を乗せると滑って危ない。慎
重に、慎重に。それにしても見上げるとかなりの急斜面である。その為に狭まった空には
さっきから灰色の雲が覆いだしていたし、おまけに植林だから、周囲は黄昏時のように暗
い。自然と足は速まる。腐りかかった丸木橋を渡る頃、とうとうポツポツと来た。

 少し前方が開けたようだ。荒れた林道が見えてきた。ところがここでも最後の難関の渡
渉が待っていた。最後が肝腎。慌てずにゆっくりと。そうして林道に立って”関電道、謎
の蒸発”の疑問は氷解。

最後の難関?ナメ沢越え

関電巡視路と林道の出合
関電の赤い標識もない

「あら?ここかあ」
関電道の開始は支線の林道が谷から離れて一気に斜面を登り始めるヘアピンカーブの所だ
ったのである。目印は太い杉に巻かれた青いPPヒモのみ。関電巡視路を表す例の赤い標
識もなく、これじゃぁ、ここが初めての人間には見過ごすのも道理である。利用してもら
いたくないのかも。ようやく腑に落ちた。

 堰堤が見えてくると、林道の出合いはまもなく。よく手入れされた杉木立を抜け出て、
ワラビを摘みながら集会所の横の駐車場所へと戻る。

 集会所の様な建物の傍に橋があって山際にもう一軒の家がある。吸い寄せられるように
その家方向へ歩き、何気なく目をやると、何やら石が置かれている。刻まれた文字は
『右わかさみち、左やまみち』
と読めた。
「これは何だ?」
ふと人の気配を感じて振り返ると、知らぬ内に、白の軽ワゴンからジモティーの小父さん
が出てきた。
「こんちは。この道標は何なんですかねえ?」
「これは昔の峠道や。昔は水乞いにここから登ったもんや」
確かにトラテープが立ち木に巻かれている。コピーしてきた地図を見せると、そこに描か
れた破線がここなのだった。小生たちが登った尾根を南に辿るとここに出てくるらしいが
ほぼ廃道に近いらしい。なぜ詳しいかといえば、その小父さん、なんとこの一軒家で生ま
れたのだという。道理で詳しいはず。
「へーぇ、奇遇や」

 滴るような緑に包まれた若丹尾根を堪能した一日。アッ!またズボンにダニが...。(笑)


【タイムチャート】
6:30〜6:40江坂駅北(集合地)
8:35〜8:50福居集会所横(駐車地)
9:03林道福居上谷線支線分岐(頭巾山3.1km標識)
9:37〜9:43林道終点
9:50横尾峠南尾根(645m標高点南100m付近)
10:12〜10:15横尾峠
10:20高圧鉄塔(大飯幹線bT0)
10:25関電巡視路分岐
10:43東の783m標高点ピークの南
11:02西の783m標高点ピーク
11:15上谷分岐
11:27〜12:26頭巾山(871.0m 二等三角点 昼食)
12:35上谷分岐
12:50〜12:51西の783m標高点ピーク
13:07東の783m標高点ピークの南
13:21〜13:25関電巡視路分岐
13:36高圧鉄塔(大飯幹線aH)
13:45下小屋ヶ谷出合
13:58林道(福居上谷線支線)出合
14:10林道福居上谷線支線分岐(頭巾山3.1km標識)
14:40福居集会所横(駐車地)


頭巾山のデータ
【所在地】京都府南丹市美山町、綾部市、福井県遠敷郡名田庄村
【標高】871.0m(二等三角点)
【備考】 若丹国境にある西の名山です。昔から雨乞いの山として
知られ、近在の尊崇を集めていました。山の形が山伏の
被る頭巾に似ているから名がついたと云われますが、銅
禁山が正しいようです。登路は綾部市古和木、美山町福
居、名田庄村野鹿からありますが、福居コースは登山口
がやや不明確で注意が必要です。
【参考】
2.5万図『口坂本』



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