アサヨ峰〜アルプスデビューは
              雲上の展望台へ
 
平成18年 7月30日(日)
【天候】曇りのち晴れ
【同行】別掲
栗沢山からアサヨ峰を眺める(中央左)


 小生の山歩きの基本コンセプトはあくまでも日帰りで、いわば"Day Trekke
r"。それもあって、かつて踏んだ最高地点は近畿の最高峰、八経ヶ岳の1915m。が、
最近はそれがしばしば揺らぎ気味。大山を嚆矢とて、扇ノ山、佐々里峠などで山に登る前
に前泊をし始めた。そこへアルプスへ行かないかとの誘い。目的地は南アルプスの名だた
る峰々を指呼にする展望台、アサヨ峰。アルプスの話は前々からあったのではあるが、そ
の魅力に引き込まれて、後々、尾を引きそうな予感がするものだから、今まで敬遠してい
たのである。ところが話が出たのが酒の席だったこともあって、今回はなんでかホイホイ
と行く気に。(^^; 我輩の自制心は今いずこ。とはいうものの一度は行きたい3000m
クラス。1回くらいは話の種にいいだろう。(笑) そして今、危ない予感が現実のものに
なりそうだ。なぜならデビュー戦にはなかなか望めそうにないほどの天気に恵まれて、こ
の上ない素晴らしい展望の山旅を経験したからなのだった。

 前日の土曜日、例の如く千里中央に集まった面々は計4名。急ぐ旅でもなし。高速を名
古屋で降りて地道行脚。途中、食料や酒を調達しながら、6時半頃だったか、仮泊地であ
る仙流荘前の駐車場に滑り込む。広い無料駐車場も八分通り埋まっている。聞けば小屋泊
まりの人の車も多いそうだ。

 明るい内に到着できてラッキー。廃品を利用したテーブルと椅子で、各自持参の食料を
持ち寄り、明日の壮途?を念じて壮行会?。西の空には群雲をまとって浮かぶ三日月。星
も顔を覗かせて、明日の上天気を予感させくれているように思えた。

 明日は早い。バスの乗車券売り場の窓口が開くまで、下界ではまだ宵の口の9時半だか
10時だかに、車で仮眠をとることになったのだが、やはり足を伸ばせず、やや暑いこと
もあって、もともと不眠症気味の小生、いっかな寝につくことが出来ない。そこでバスの
乗車券売場の建物の前に設えられたベンチで寝袋をかぶることにした。だが、これも名案
ではなかった。車の出入りが結構多いのだ。それにトイレに行くついでにバスの時刻表を
確かめる人の話し声。とても寝られたものじゃない。結局、1時間ほどウトウトしただけ
である。そして思わぬ余波。徹夜で一番バスの席取りをしていると勘違いされたように思
えるのだ。まだほの暗い4時前にもうザックを持ってくる人がいた。(^^; こちらは眠れ
ず4時過ぎにベンチを撤収したのだが、こんな状態だからこちらも負けじとザックで場所
取り。そんなこともあってか白々と明け始めた4時半過ぎには続々とザックを持った連中
が集まり始めたのだった。
朝5時のバス乗り場
もう大勢の登山客がたむろ

 それらの人々を乗せる南アルプス林道バスは、伊那市営にもかかわらずサービス満点で、
いつもは5時半を回ってから開く窓口が5時過ぎには開店?しかも、本来は6時始発のと
ころが、臨時の一番バスは5時半に出発したのだった。結果的には5台の臨時バスが出た
ようで、我々の乗った一番バスから遥か下の林道を次々と登ってくるのが見えた。バスは
羊腸の林道を辿って1000mの高度差を1時間かけて登っていく。曇り空でガスがかか
り、山並みははっきりしないが、車窓から覗くと遙か数百m下の谷底を噛む戸台川の白い
流れが、アルプスの高度差を感じさせる。高度を上げるにつれ樹相も変わる。シラビソや
カラマツ、シラカバの林の中を、ウンウン唸りながらマイクロバスは木立に囲まれた北沢
峠に到着。そう、ここはもう標高2000mの世界。長衛山荘に宿泊していた登山客と、
バスを降りた登山客でごった返す山荘前である。因みにバス賃は手回り品込みで1300
円。これは値打ちがある。(^^;
北沢峠に着いた南アルプス林道バス

 南アルプス林道は山梨県側の広河原へ降りていくのだが、しばらくはそれに沿って歩く。
仙丈ヶ岳二合目への遊歩展望コースを右に見て、バスの待機場を過ぎると左にそれる林道
がある。小さな流れを右に、なだらかな下り基調の道を左に折れていくと、川の瀬音が響
く中にカラフルなテントが見えてくる。長衛小屋のテン場である。小屋の前には水場があ
る。まずは咽喉を潤おす。そばにヤナギラン。花弁が細かく切れ込んだタカネナデシコ
もあって、とりあえずデジカメに納める。振り返れば、ガスが晴れてくっきりと初めて目
にする南アルプスの山並み。一際高いその頂は小仙丈だ。日が射し始めて青空が覗く。下
界でどんよりした空を見上げて、やや諦めかけていたけれど、これはすごい展望が楽しめ
るに違いない。さあ早く尾根に出よう。はやる気持ち。だがそうそう甘くないのだとこの
後、思い知ることになる。

北沢に架かる橋を渡って樹林へ直進
左は甲斐駒への道

 小屋の前の川にかかる橋を渡って遡っていけば仙水峠を経て甲斐駒ヶ岳。アサヨ峰方面
は取付きを直進する。いきなりの急登は聞けば700mの一気呵成の登りだそうだ。エン
ジンがいまだかからず、しかも寝不足の体には少なからずつらい。いつもの低山なら、蒸
し暑さの為に、ここでもうヘロヘロ一歩手前であろうが、そこは南アルプス。風もなく、
額に汗が滲むが、乾燥していて顔を流れるということもなく助かる。コマドリが自慢のソ
プラノで歌うシラカバ、カラマツ、ウラジロモミなどが混生する林を、ひたすら高みに向
かっていく。しかし、そろそろエンジンもかかった筈なのになぜか体が重い。息が上がる
間隔が何だか普段より短いのだ。心臓も早鐘。空気が希薄な所へもってきて、昔の喫煙が
原因で肺のガス交換機能が常人より良くない所為なのだろうか。休み休み、先に登るメン
バを追いかける。

 上のやや朝日で明るくなった所が尾根だろうとそこまで行くとまだ先に斜面。何度かだ
まされながらも、ようやく尾根に出る。木々の間で窓のように開けた所からぐんと突き上
げる姿は北岳。白峰三山の雄、日本第二の高峰である。もっともっさりした姿と先入観が
あったが、大間違い。すっきりしたピラミダルな山容だ。でもこちらからはバットレスが
見えないのが残念だ。

 やや傾斜も緩み、シラビソやシラカバの白い幹が林立する中を一歩一歩。シャクナゲが
目立ち始めた頃、ついに樹林が開けて四方が見渡せる位置に出た。周囲はハイマツ、ハク
サンシャクナゲがびっしりで高い木はない。いつの間にかガスが晴れて、というよりも雲
の層を突き抜けたという方が正解。この上ない青空だ。その下にデーンとついに姿を現し
た甲斐駒ヶ岳。雪のように白く輝くのは山体が花崗岩を主とする組成で出来上がってい
る所為なのだという。そして直立する摩利支天の姿が雄雄しい。

 早く四方を見渡せる頂に出たいと、ハイマツに覆われた斜面を露岩を巻くように登れば、
ようやく狭い栗沢山の山頂である。そこにはテレビや本でしか見たことのない大展望が眼
前に展開しているのだった。北に深く仙水峠を隔てて甲斐駒。峠から三角型の尾根が突き
上げている。甲斐駒の左側は双児山から鋸岳だ。そして仙水峠付近に白い無数の石が堆積
しているのが分かる。氷河が削り押し出したモレーンといわれる岩屑だ。甲斐駒の右肩遠
くに浮かぶのは八ヶ岳。東には長々と金峰山を中心とする奥秩父の山々。そうして南に目
を転ずれば、雲間を通して地蔵のオベリスクが覗いている。その右にはアサヨ峰とそれに
続く尾根。更に右方に間ノ岳を従えた南アルプスの主峰である北岳は襞に雪を残す。西に
は仙丈ヶ岳が惜しげもなくその広大なカールの全貌を見せており、右奥にはうっすらと中
央アルプスの山並みがあって、そちらはまだまだ雪を被っているようである。バスで登っ
てきた北沢峠はいまだ真っ白な分厚い雲海の下であった。

アサヨ峰(右)早川尾根の向こうの雲間に
地蔵岳のオベリスクが天を突く

 いつまで眺めていても飽きないが、アサヨ峰に行けば、今度は富士山が見えるかもしれ
ないという。直線でほぼ1km。天上の遊歩道を行こう。

 距離は短いのだが、歩くに存外時間のかかる稜線である。薄緑色の地衣類がこびりつい
た大きな石が積み重なって、左右はハイマツ、シャクナゲ、ダケカンバが緑で覆っている。
テープを巻く大きな木もないので、石に書かれたペンキの赤丸や、岩に積まれた小さなケ
ルンが目印である。岩陰にはトウヤクリンドウゴゼンタチバナが花をつけ、丈の低い
ハクサンシャクナゲも花とともに綺麗な緑の葉を広げている。岩場となり、四肢を使うこ
とも多くなってきたので、適当な所でストックをデポする。とは言っても一箇所、2m程
度の岩登りが難所といえば難所。相当深く切れ込んだ尾根と思うのだが、緑が多く、恐怖
感を抱くほどの所はない。周囲の山々を見ながら、何とも贅沢な1時間の雲上散歩。グイ
ーと登り返してアサヨ峰の岩上に出る。

アサヨ峰山頂。左に三角点が見える。
岩の間から甲斐駒

 こちらも栗沢山と同様に大展望。地蔵のオベリスクが若干近づいて、見るだに良さげな
早川尾根の付け根には早川小屋がチョコンと見える。南西側直下は山梨側の登山基地であ
る広河原だ。襞深く林道がうねる。目を上げれば遠くに伊那平。しかし南に目を凝らして
も、惜しいかな富士の姿はなかった。

 三角点は岩上の最高点ではなくその直下にある。風雨に曝されて土砂が剥れたのか、5
0cmくらい突き出ている。ここで2799.3m。岩は2m位の高さがあるから、岩の上
であれば2800mを越えると思うのだがどうであろうか。(笑)

 登頂の記念撮影をした後は、朝が早かったこともあって岩を降りて食事を摂る。行動食
のバナナとパンそれに魚肉ソーセージだ。紺碧の空と白い雲の流れを見ながらであるが、
いかに3000m近いとはいえ、日光の直射は暑い。30分ほどして、栗沢山へ戻ること
にした。
アサヨ峰から栗沢山

仙丈ヶ岳をバックに記念撮影
左が筆者(水谷さん提供)

 涼しい風が吹き抜ける。栗沢山頂に人が立っているのが見える。東から湧き出した雲が
尾根を乗り越えようとしている。甲斐駒も雲のベールの向こうに姿を消し始めた。

 栗沢山に戻り、仙水峠へ向かって北へ下る。傾斜が急で膝が笑う。腰まで辺りのハイマ
ツ、シャクナゲに混じって、こちらはダケカンバが多い。振り返れば急峻な緑の壁の栗沢
山の山腹。右手に遠く望まれる広闊な平地は甲府盆地だろう。峠から登ってきた若い男女
ペアとすれ違う。爽やかな二人で、泊りで夜叉神峠まで行くのだという。それにしても女
性はチャーミングでありました。(*^^*)

 モレーンを形成する石が一つ一つ見分けられるようになると、ハイマツ帯はカラマツ主
体の清澄な林に変わる。林が尽きると、賽の河原もかくやと思われる灰色がかった大小の
石が積み重なった仙水峠に出る。ケルンが幾つも積まれてある。仙水峠は東に大武川、西
に北沢を分ける峠だが、いずれも末は富士川になり太平洋に注ぐ。ここから顕著な尾根を
駒津峰経由で行く甲斐駒への登山道がある。その道標の所から左に折れて仙水小屋方面へ。

 異様な感じを受ける北沢源流のモレーン帯は非常に歩きにくい。浮石も多く足も必要以
上に疲れる。行けども行けども黒灰色の石。そのモレーン帯歩きにもいい加減飽きた頃
、注意力が散漫になったのであろう、すねを大きな石で擦ってしまった。
「痛ったあ〜」
仙水峠のモレーン帯

 ようやくモレーン帯と別れてシャクナゲやカラマツの茂る樹林帯の下に入った。ほとん
ど平坦な道を進むと、沢音が徐々に大きくなってきて、テントが二張り。その先を少し下
ると仙水小屋の建物が現れた。ここには美味い水があるという。流し台が置かれていて、
引かれたパイプから豊かな水が流れ落ちている。すくった手が千切れるほど冷たい。聞け
ば、小屋主のおやじさんが地下を流れる雪解け水を掘削したのだそうで、水温は3.7度
とか。飲んでみると最高の美味さ。甘露、甘露。ああ、たまらんなあ。

 北沢の流れに出て、あとは沢沿いの涼しい道。小屋泊まりの人やハイキングする人々が
行き来する。だいぶ、足も重くなりつつある。足の裏も少し痛い。長衛小屋までの30分
がいやに長かった。小屋が見えてほっとするが、まだまだ北沢峠間で戻らねばならないの
だ。北沢峠のバス停までは15分くらい。やや登りなので尚更長い。広場で回送のマイク
ロバスが時間待ちをしている。(乗せて行ってくれんかなあ)(笑)

 長衛山荘の前にある北沢峠バス停のテントには下山客がたむろ。乗客が集まれば随時臨
時バスが出るという。というわけで並ぶとすぐにバスに乗れ、1時間後には再び俗界の人
に戻ったのだった。

 帰りは鋸岳の荒々しい姿を見晴るかす仙水荘の露天風呂で汗を流し、缶ビールで疲れを
癒して車中の人に。こうしてアルプスデビューは正味8時間をかけ、充実の内に大団円。
フロントガラスの前には、昨日より少し太った上弦の月が、明日の天気を約束するように
我々を見下ろしていた。ご同行の皆さんありがとうございました。

 最後にアルプスデビューの感想。登山前日は初夜を迎える乙女の心境とでも言おうか。
正直な話、期待と不安がこもごもな心境だったが、案ずるより生むが易し。但し山が大き
く、一山こなすのに時間がかかるなぁというのが感想。しかもやはり空気が薄い。当然の
ことながら、近場の山々より以上に無理は禁物と思った次第である。しかし、ほんと、癖
になりそうです。(^^;


■同行 あかげらさん、幸さん、水谷さん(五十音順)

【タイムチャート】
5:40仙流荘
6:30北沢峠(Ca2,040m)
6:48〜6:52長衛小屋
7:52〜7:55小休止
9:10〜9:18栗沢山(2,714m))
10:18〜10:50アサヨ峰(2,799.1m 三等三角点)
11:44〜11:49栗沢山
12:58〜13:00仙水峠(2,264m)
13:31〜13:40仙水小屋
14:10長衛小屋
14:25北沢峠
15:25仙流荘



アサヨ峰のデータ
【所在地】山梨県南アルプス市
【標高】2,799.1m(三等三角点)
【備考】 南アルプス北部にあって早川尾根の最高峰です。甲斐駒
ヶ岳、仙丈ヶ岳、北岳と南アルプスの名だたる山々が周
囲を囲んでおり、富士山も望め、比較的容易に、遮るも
ののない絶好の展望を得る事が出来る山です。登山路は
早川尾根、北沢峠、仙水峠からが一般的です。
■日本三百名山
【参考】
2.5万図『仙丈ヶ岳』、『甲斐駒ヶ岳』



栗沢山からのパノラマ展望画像
駒ヶ岳の中では最も高い甲斐駒ヶ岳。
花崗岩で雪を被ったように白い。右手前が摩利支天
北岳(左の)の右肩に間ノ岳。右は大仙丈沢カールが雄大な仙丈ヶ岳。中央は仙塩尾根

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