蝉の羽化 | |||
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羽化したクマゼミ |
私は毎朝、ある神社の横を通って通勤しているのであるが、7月ともなれば、そのささ やかな鎮守の森からセミの鳴き声が聞こえ始める。私の子供の頃は、セミの声もニイニイ ゼミ、アブラゼミ、ツクツクホウシの順だったように思うが、今は殆んど、以前は珍しか ったクマゼミの声である。ニイニイゼミもアブラゼミも今も生息しているのであろうが、 あの騒々しいクマゼミの声に掻き消されているのであろう。不思議なことに東京にはクマ ゼミは少なく、ゼミの声の代名詞みたいなミンミンゼミが多い。東京の人に言わせれば、 大阪は人も騒々しいが、セミまで騒々しい揶揄するが、大阪人にとってもあの鳴き声には 辟易だ。 午後10時近く。ある夏の蒸し暑い夜である。帰宅の途上、神社の横を通っていて、何 気なく這わせた視線の先に白いものが蠢いているのに気づく。近寄ってみると、境内を区 切る玉垣を登るクマゼミの幼虫なのだった。体長5p位だろうか、ショベルに似た前足に はまだ乾いた土がこびりついている。脱皮するに適当な場所を探しているのに違いなかっ た。その時、ふと家に持って帰ってやろうと、悪戯心が湧き出た。が、次の瞬間、愕然と した。子供の時分は大抵は平気であったものが、今は素手ではとても幼虫類を掴めなくな っているのだった。情けないなぁ。仕様がない。適当な小枝を取ってセミの幼虫をぶら下 げることにした。 家に帰ると早速、窓辺の網戸に掴まらせる。幼虫も初めは戸惑って動き回っていたが、 次第にじっと、ひとところに留まるようになった。それを見届けて、食事で席をはずすこ と1時間。戻ってみたら、初めて見る光景である。おおっ、背中が割れて白い成虫の体が、 露わになっているではないか。10秒に1度の割合で蠕動を繰り返し、徐々に割れ目を広 げ、そっくり返る感じで殻から抜け出ようとする。思いの外、円らな瞳?で、そうして存 外早く全身を現わし、一寸濡れたような光沢の成虫が網戸にしっかとつかまっているのだ った。黄緑色に縮こまった羽根は少しずつ伸びるのと相前後して透明となり、体も漆黒に 変化していく。その光景に少し興奮気味の小生である。 朝。網戸を開けると、大合唱を始めた先輩の蝉に呼ばれたかのように、すっかり羽が伸 びたセミは元気に飛び出して行った。生命の神秘とは少し大袈裟だが、初めて見る蝉の羽 化の一こまでありました。 |