弥山、八経ヶ岳〜天女花舞う近畿の最高峰
平成16年 7月 3日(土)
【天候】曇りのち晴れ
【同行】単独
弥山の天河弁財天奥宮から近畿の最高峰八経ヶ岳


 川迫川の深い谷を隔てて稲村ヶ岳や山上ヶ岳から眺める弥山、八経ヶ岳の山容は、大峰
の大きさを表すかの如く大きい。山歩きを始めてかれこれ7、8年。いつかは登ってみた
い山としていつも念頭にあった。そしてそこに咲く天女花とも呼ばれるオオヤマレンゲ。
咲く時期が丁度梅雨時で、しかも週末に限定すると、なかなか好天の機会に恵まれるのは
難しいのだが、雲に覆われるものの降雨は無さそうという前日の予報を捉えて、梅雨の中
休みとなった3日、出かけてみた。初夏を迎えた近畿の最高峰は、予想に違わずその清浄
な姿を垣間見せてくれたのでした。

 今日は長丁場を覚悟して4時半起き。夏至の頃とて、もう空はほの明るい。それを察し
てか、近くの寺の榎の大木に巣をかけたカラスがもう騒ぎ出している。夜半に雨が降った
ので、どんよりしているかと思いきや、空が白むに従って青空も顔を出してくる。予報に
反してまあまあの山日和ではないか。

 8時半の登山口スタートを見越して5時半に自宅発。至極快調。食料調達にコンビニに
寄り、ガソリン補給などをしながらも、8時には行者還林道に入る。途中で追いついた車
は豊橋ナンバー。いずれ日本百名山を目指すグループであろう。

 標高を上げるに従って、青かった空には雲が覆い、周囲には白いガスが流れ出す。幸い
雨が降る感じはない。30分近くワインディングをたどってようやく内部に照明のない行
者還トンネルを抜ける。ところが登山口であるトンネル西口にはもう沢山の車が。そこを
200m程行き過ぎて、やっと路肩に空きを見つけて車を止める。世界遺産に登録された
ことだし、花の情報も溢れかえる程あるから、多いだろうとは予想はしていたがこれ程だ
とは。(^^; あちこちでワイワイと準備に余念のないグループ。こちらも遅れじと準備す
る。

 ここ西口には昨秋、行者還岳に登って以来。たもとに登山ポストがある木橋を渡る。行
者還岳へのルートを左に分けて、小坪谷の渓流の右岸沿いに歩いていく。マムシグサは早
くも実をつけているが、白いウツギの花がまだ残っており、沢の対岸で満開の、ほの赤い
白はヤマボウシらしい。セミの鳴き声がかまびすしい。

小坪谷源流に架かる登山口の木橋

 谷川の合流点にある木橋。弥山、八経ヶ岳登山口の標識がある。いよいよ高度差400
mの直登、最初の胸突き八丁の始まりだ。最初はヒメシャラの茶色い幹が目立っていたの
が、次第にシャクナゲの密生する斜面に変わる。ジグザグに稲妻を切るようにつけられた
踏み跡は、粘土質の部分もあるかと思えば、石がゴロゴロした部分もあったりして歩き難
い。木の根を掴んで登らねばならない所も随所にある。風も通らないから、いくら涼しい
とはいえ一気に汗が噴き出す。立ち止まって顔を拭く回数が増える。顔を上げて周囲を見
渡すも稜線はまだまだ上の方だ。

 それでもいつの間にか、シャクナゲからシロヤシオに木の主役が代わり、新芽の黄緑が
美しいトウヒかシラベと思われる針葉樹が目立ってくると、少し斜度が緩み、上方が明る
くなってくる。まもなく道標と木株の椅子がある奥駈道との出合に到着。数人のハイカー
が休憩中である。こちらもお茶で喉を潤し一息つく。風が頬をかすめる。ややっ?カラッ
とした涼しい風ではないか。下界ではあれだけ蒸し暑かったのにまるで別天地だ。額の汗
もスーッと引いていく。いつもの赤飯お握りで腹の虫を宥めておく。

奧駈道出合

 三々五々、出発するハイカーに混じって、当方も出発。「ここまで来れば後は楽勝やろ」
この時、気楽な小生の頭には、後に控える聖宝八丁でまたまたしんどい目に遭うことなど、
想像さえ浮かんでいないのであった。(^^;

 5分程で石休ノ宿跡。その名前の由来らしい、緑の苔が付着して根の生えた様な岩が盛
り上がっているが、幾つかの「碑伝(ひで)」と標識がなければ見過ごす所。

 大きなブナの灰色の幹に触れたりして更に進んで、やや周囲から盛り上がった高みのあ
たりが弁天の森。倒木は苔に覆われ、トウヒやイタヤメイゲツなど広針混生の森は折から
の白い霧に包まれ清澄な感じがする。ここには三等三角点『聖宝』が置かれているが、な
んと奥駈道の真ん中に鎮座している。標高は1600m。

弁天の森付近の大台ヶ原を彷彿とさせる自然林

 さて、ネットで事前に調べておいたのだが、この季節にはショウキランという珍しい植
物がこの付近で咲くのだそうだ。天女花と共に今回の山行の目的の一つにしていたのだけ
れど、ここまで気づいたものは、コナスビの黄色い花に、至る所で咲き始めたバイケイソ
ウの花ばかり。見逃したかなとやや落胆した頃である。話し声が聞こえ、数人のハイカー
が額を集めている場所に出くわした。そして皆さんの視線の先に目をやると...。
「あるじゃないですかぁ!」(^_^)/

 想像していたよりも大きい花である。高さは30cm位。ピンクの花は直径4cmはあるだ
ろうか。鼻を近づけると、柏餅に似たほんのりいい香りがした。しかし登山道のこんなに
すぐ傍にあるとは驚きである。生息地はもう1ヶ所あったが、そこも道の横であった。よ
く盗掘されずにあるものだと思うが、よしんば盗掘したとしても、この腐生植物を育てる
のは不可能だろうが。

 1532m標高点を過ぎればやがて聖宝ノ宿跡。イタヤメイゲツに囲まれた小広場に山
伏の装束を纏った聖宝理源大師の青銅像がある。像に彫られた由緒書を読むと、大正年間
に大阪の有志が荒れていたのを整備して像を造ったのだとか。再び荒れたら整備してくれ
るようにとの依頼も同時に彫られてある。大師の像に手向けるようにナツツバキの花が一
輪落ちていた。

 聖宝ノ宿跡を過ぎると奥駈道は一気に右の山腹(弥山の北斜面)へと巻き登っていく。
これが聖宝八丁といわれる難所だ。高度差は約300mでかなりの斜面。崩壊を防ぐ土止
めの丸太や木の階段が整備されている部分や、1ヶ所、急傾斜の金属の階段もあるが、こ
ちらは所謂、新道。ジグザグの登りだけれど、旧道は一本調子の直登らしい。勿論、軟弱
の小生は新道経由。最後にこんな登りがあるとは頭になかったものだから、不意のボディ
ブローの様に足に響いてくる。周囲を見渡せばすばらしい自然林(オオヤマレンゲもある)
なのだが、それを愛でる余裕は余りない。それでも、「そこにオオヤマレンゲ咲いてまっ
せ」の声に反応する余力だけはありました。(笑)

 唸るようなエンジン音が徐々にはっきりと聞こえ出すと同時に、排気ガスの臭いが鼻腔
を刺激し始める。傾斜の緩んだ斜面から前方に目を向けると、白いガスの中にぼんやりと
切妻屋根の弥山小屋が姿を現した。やれやれだ。

霧に霞む弥山小屋

 小屋の周囲にはテーブルも置かれていて、多くのハイカーが休んでいる。その中を抜け
て、とりあえず弥山の頂上へ。狼平経由で天川へ下りる道の横に鳥居がある。くぐると天
河弁財天社の奥宮への参道で、50m程歩けば社前の広場に出た。ここが弥山の最高点ら
しいが残念ながら展望には恵まれず、三角点もない。ひとまず社前に腰を下ろし、一息つ
く。「フーッ」
天河弁財天奥宮

 まだ昼には時間があるので、昼食は八経ヶ岳で摂ることにして腰を上げる。国見八方睨
への道を左にして、奥駈道はしばらく水平に続いた後、弥山と八経ヶ岳との鞍部へと針葉
樹林帯の中を下っていく。本来なら目の前に八経ヶ岳の姿が見えるはずなのだが、白いと
ばりで視界はさえぎられている。時折、針葉樹の葉先から冷たい雫が落ちて首筋を濡らす。

 青いネットが現れる。そのネットには鉄格子の扉。「必ず閉めること云々」と書かれた
注意書き。その扉の向こうを見ると咲いている、咲いている。お目当てのオオヤマレンゲ
だ。扉を開けるのももどかしい。

オオヤマレンゲ自生地は鹿ネットで保護されている

 意外に背が低い。もっと高い木を想像していた。が、いかにも天女花というに相応しい
馥郁と匂う直径7cm位のアイボリーホワイトの花。でも花の命ははかないらしく、もう
咲き終わって茶色く変色しているのもあれば、まだ蕾のものもある。将にドンピシャのタ
イミングに訪れたことになる。その天女花の周囲にはカラマツソウが彩りを添え、サンカ
ヨウの青い実も目立つ。鹿除けネットで保護された甲斐があって、大分、復活してきたら
しく、結構多くの花を見ることが出来る。花の前には大きな一眼レフと三脚を担いだカメ
ラマンもいれば、携帯でお手軽にとレンズを向けているハイカーもいる。そんな中に混じ
って、こちらもカシャカシャ忙しい。

弥山と八経ヶ岳の鞍部付近はまるで日本庭園

 天女花を堪能した後は、幾つかの扉を開け閉めして、八経ヶ岳への最後の登りにかかる。
石混じりの歩き難い登りで、シャリバテの身には堪える。6、70mの登り返しをようよ
うこなすと、狭い八経ヶ岳の山頂に飛び出した。

 流石に日本百名山。山頂は満員。それもそのはず、十数人からなる団体ツアーの人達の
他に、数人のグループ、夫婦連れなどが先着し、八経ヶ岳の標識の前は記念写真待ちの人
が並んでいる始末。(笑)。勿論、ミーハーの小生も並んで、厚顔にも見知らぬ人に頼んで
撮影してもらったのである。

八経ヶ岳山頂にて

 ところで三角点はと。あちこち探すが良くわからない。すると、積まれた石の中に頭に
十字形のある角が欠けた石柱が...。目を凝らさねばそれと分からぬ痛々しい姿で、こ
れじゃ積まれた石と区別できんわなぁ。

 こう混んでは昼食は別の場所でと思ったが、幸い団体さん達が記念撮影の後、引き上げ
てくれたので、ここで食事と決定。石積みの横に東向きにどっかと座り込んだ。

 相変わらずガスは濃く薄く流れていく。本来ならば360度のパノラマが展開するはず
なのだけれど、残念。それでも上空の隙間に青空が覗き、ガスの切れ目から弥山の姿が現
れだす。トウヒ、シラベの白骨木。南に見える三角錐は明星ヶ岳らしい。東側の稜線の先
端に尖った山が浮き出したが、名前などよく分からない。目を凝らしていると、上空高い
所で黒いものがヒラヒラと上昇気流に乗って舞っているではないか。その内に徐々に高度
を下げてきたと思った瞬間、ふわっと羽ばたいた。アサギマダラだ。それは暫く山頂付近
を漂ってから、スイーッと風に乗って消えていった。そんな光景を楽しみながら、近畿の
最高峰で飲むコーヒーの味はまた格別である。

八経ヶ岳から弥山。弥山小屋が見える

 40分程の昼食タイムを終えて、弥山小屋に戻ると、午前中にも増してハイカーの数が
増えている。折角なので国見八方睨へ寄ってみる。こちらも芝生の広場に大勢のハイカー。
小屋付近から何から総てを合わせれば100人位はいたのではないだろうか。ときたまガ
スが切れて八経ヶ岳の姿が見えるようになっていたので、八方睨から展望が得られるかし
らんと期待したものの、そうはイカのなんとやら。残念だが仕方なし、帰途につくことに
した。

 弥山の北斜面を滑らないようにと慎重に下っていると、上空はいつの間にやら青空が広
がってきている。大普賢岳の姿もうっすら。更に近くの鋭い盛り上がりは鉄山だろうか。
往路では全く白霞の向こうであったが...。ガスで暗かった奥駈道も日の光で明るい。
小鳥の囀りも盛んになった感じに思える。弁天の森の三角点付近で振り返れば、弥山から
釈迦ヶ岳に続く大峰主稜のスカイライン。それにしてもここから見る弥山は高い。往路で
見ていたら一寸これから登るのがいやになっていたかも...。(^^;)

 お茶は1L持参したけれど、少し不足だったようで、奥駈出合で殆ど尽きてしまった。
まあ後はトンネル西口まで下るだけだしとここで全部飲み干すことにした。

 トンネル西口への長い下りは木の根が浮いた部分や浮き石もあるので慎重に下らねば危
ない。30分も下って少しいやになった頃、ようやく谷川の音がはっきりと聞こえ始める。
その内に眼下に白い川原と木橋が見えてきて、ほっとする。

登山口の木橋を渡らず、思わず谷川に下りて顔を洗う。清冽な水は手を浸しているだけで
千切れる位の冷たさだ。「気持ちいいわぁ」

 念願の近畿の最高峰に立てたし、目的の花々にも会えたし。これで展望があればとはい
いますまい。それは「空気が澄む頃にまた来い」という誘いだと思うことにしよう。弥山、
頂仙岳、明星ヶ岳、八経ヶ岳と周遊するコースも整備中だというし。今年3度目の大峰は
眠い目を擦りながらやって来た甲斐がありました。


■今日会えた花々
満開のバイケイソウ。でも毒草です

ショウキラン。ギンリョウソウと同じく葉緑素無し

オオヤマレンゲ

オオヤマレンゲ

カラマツソウ


【タイムチャート】
5:35自宅発
8:10〜8:20行者還トンネル西口(駐車地)
8:25登山口
9:07〜9:15奧駈道出合
9:20石休ノ宿跡
9:37〜9:40弁天の森(1600.1m 三等三角点『聖宝』)
10:051532m標高点
10:10〜10:12聖宝ノ宿跡
10:52弥山小屋
10:57〜11:02弥山(1,895m)
11:30〜12:20八経ヶ岳(1,914.6m 二等三角点)
12:52〜13:05弥山小屋、国見八方睨
13:41〜13:42聖宝ノ宿跡
13:511532m標高点
14:09〜14:10弁天の森
14:19石休ノ宿跡
14:26〜14:35奧駈道出合
15:05登山口
15:10行者還トンネル西口(駐車地)


弥山のデータ
【所在地】奈良県吉野郡天川村
【標高】1,895m
【備考】 大峰山脈の主要な峰の一つで、最も目立つ峰でもありま
す。山頂には弥山小屋、天河弁財天社の奥宮があります。
国見八方睨からの展望も秀逸です。
八経ヶ岳のデータ
【所在地】奈良県吉野郡天川村、上北山村
【標高】1,914.6m(二等三角点)
【備考】 紀伊半島の脊梁、大峰山脈の主峰で、八剣山、仏経ヶ岳
とも呼ばれます。弥山との鞍部付近にはオオヤマレンゲ
の群生地があり、7月の開花期は白い天女花が咲き乱れ
ます。山頂からの展望も素晴らしく、大峰の主だった峰
々が望めます。トンネル西口からのコースは日帰りが可
能です。
■日本百名山■近畿百名山■関西百名山
【参考】2.5万図『弥山』



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