傘峠・八宙山〜小さい秋見つけに芦生
 
平成16年 8月22日(日)
【天候】曇り
【同行】単独
傘峠山頂のプレート


 自然林に癒しを求めて今年2度目の芦生演習林。小さな秋でもないものかと、今日はま
だ訪れたことのない長治谷小屋から八宙山、傘峠付近をぶらりと。一見、芳しくない天候
と残暑の季節の為だろうか、帰り際に駐車地近くで大学関係者らしい男女3人組に会った
以外は人っ子一人にも遭わない、少し怖いくらいに静かな山歩きになりました。

 7時前。朝食を摂っていると、何だかサーッという音が。窓から覗くと裏の家の屋根が
鈍く光っているではないか。機先を制するような雨にムクッと弱気の虫が頭をもたげる。
「うーん。昨日行っとけば良かったかなぁ」
昨日は好天。が今更、臍を噛んでも仕方がない。予報では前線はこれからゆっくり北上と
か言っていたから、北はまだ大丈夫かもしれない。小雨程度ならと兎に角、現地まで行っ
てみることにする。

 空を見上げれば雲に切れ間もある。「何とかなるべぇ」。車を走らせる。京都付近で少
し本格的な雨になったけれども、幸い湖西道路に入る頃には止み、比良の山並みも霞んで
はいるが頂きまで眺められる。路面も乾いているし、こりゃ大丈夫そうだと内心ホッとし
たのは言うまでもない。

 生杉からの林道は、この間の台風の所為か、小枝やこぶし大の石も転がっていて少々荒
れている。すると突然、パサッと音がして右腕にカサカサした物が当たった。その正体が
何だか分からぬままに、車は三国岳の若走路谷の取付きを過ぎ、大きくカーブすると地蔵
峠への林道ゲート前へ。8台程が駐車していたが、ラッキーな事にゲート前に空きがあっ
た。

 ドアを開けるとポロッと落ちた物体がある。黒と黄のダンダラ模様の大きなトンボだ。
さっきの衝突事故の一方の当事者はオニヤンマ。敢えなく昇天なのだった。

 地蔵峠迄は約30分の林道歩き。おやっ?薄日が射してきた。

 峠からは枕谷へ向かってゆるゆると下る。あれっ?大きなミズナラが。差し渡し1m近
くはあろうかという大きなミズナラが、根元からボッキリと折れて道を塞いでいる。幹の
中心は完全に空洞。芦生近辺でミズナラなどが枯れ始めているという話も聞くが、この脆
さもそれと何か関係あるのかも知れない。

 枕谷出合で左に折れると、まもなく木地師の氏神だという中山神社。そこから直ぐの上
谷を渡り、野田畑谷方面とは反対方向に数分歩けば一軒の平屋が建つ明るい芝生の広場に
出る。長治谷小屋だ。テン場があって6張り程が張れるようになっているが、今日はカー
キ色のテントが1張り、でも無人の様子だ。

青い芝生の別天地、長治谷小屋

 道なりに林道を進む。この林道はケヤキ峠へ出て、幽仙橋から須後の演習林事務所へと
続く道だ。暫くすると左手に上谷量水堰、更にその先にコンクリート橋が現れた。傘峠へ
の取付きはてっきりこっちだと思って橋を渡る。扇谷見本林の表示板の左右に林道が延び
ていて、左は地蔵峠へと続く林道。右は由良川線とあり、こちらが由良川源流を辿る道だ
ろうと踏んで歩くことにした。左手の斜面に取付きはないかと注意しながら、数百メート
ル進んだところが、それらしい所もないし、林道自体に最近歩かれた形跡もない。こりゃ
おかしいな。おもむろにエアリアマップを引っ張り出しそして気ついた。「ガーン!間違
っとるやないの」

 先入観とは恐ろしい。重い足取りで橋まで戻り、須後への林道を更にもう少し歩いてい
くと、ようやく目当ての道標が見つかった。

林道脇に立つ道標。これが傘峠への起点

 『本流方面 岩谷まで2.5q、七瀬まで7.3q 健脚向』と書かれた道標の指す方
向へ、細い踏み跡は土手の草むらを川(下谷)に降りていく。登山口を示すテープも無い
し、その上、道標に添えられていた『最近、遭難事故も発生しているので一人で入るな云
々』の文章も気になって、これでいいのかなと疑ってしまうほどだが、幅2m位の下谷の
流れを渡ると、そこは明るい杉林。杭に『傘峠→』と見落としてしまいそうなほんの小さ
な札が架けられていることで、間違いないことが分かる。

尾根突端の取付き。この尾根を忠実に辿る

 真に明快な尾根が立ち上がっている。その一番端から意外に確かな踏み跡が忠実に登っ
ていく。すぐに何の跡だろうか四角形の石積みを左に見た後、傾斜は角度を増していく。
のっけからの胸突き八丁だ。この尾根沿いもシンコボと同じくイワカガミが多く、春はさ
ぞかしピンク色に染まるだろう。岩がちな斜面に出ると今度はホンシャクナゲの群落。大
きな杉の枯れた株から幹を立ち上げている物まである。

 さっきまで遠くで聞こえていたチェーンソーらしい音も聞こえなくなった。足元に白花
ツルリンドウを見つける。尾根は依然として南を向き、なかなか西方向に振らない。テ
ープは一切なく、偶に青い布が枝に巻かれているのみだが、踏み跡ははっきりしているの
で迷うことはない。そんな時、初めて白いテープを見る。そこは小さなピークになってい
て、前方に巨大なダイスギが主の如く蟠居しているのに気づく。

 地面に置かれたプレートには『保存木 芦生演習林』。幹廻りは優に6mはあるだろう。
ダイスギは別名アシウスギ。日本海型の杉で立ち上がってすぐ枝分かれする特徴があるそ
うだ。一体何百年の間、風雪に耐えてきたのであろう。その杉を見ながら小休止だ。

Ca850m峰に立つアシウスギ
30p幅の白いプレートと較べて下さい

 さっきからワンワン羽音がしていたが、それが急に途絶えたと思ったら、二の腕に1.
5p程の緑色の目をしたアブが止まっているではないか。そうだ防虫スプレーを忘れてい
た。腕から首筋から万遍なく塗っておかなくては。これで一安心。

 GPSでチェックすると、この保存木のあるピークは850m標高点ピークの西のコブ。
ここでようやく西寄りにコースが変わる。笹が茂る中にブナ、ミズナラ、ハウチワカエデ、
アシタバ、リョウブ主体の広葉樹や杉が生える自然林。ミンミンゼミや野鳥の声以外、人
工の音は一切しない。一旦下る斜面には鹿らしき滑った足跡も見られる。と、踏み跡の真
ん中に何やら灰色がかった排泄物。少々下痢状ではあるが、ひょっとして熊のものではな
いのか。滅多に向こうから襲ってくることは無いと多寡を括っていたものの、そこへジャ
ッジャッと気味の悪い鳥の声、少し怖じ気づいてきた。(-_-;

 八宙山にはプレートが1枚架かるものの、それがなければ全く気づかない何の変哲もな
い尾根のコブ。丁度、明神平の明神岳に似ている。それにしても『八宙』の由来は何であ
ろうか?
自然林の中の八宙山山頂。尾根上のコブです

 この辺りから杉が目立つようになる。踏み跡も並んだ杉の間をすり抜けるような所もあ
る。シダの目立つ明るい鞍部へ下って再び登り返す。ここもきつい登り。だが長くは続か
ない。登りきると東西に長い台地状となり、殆どアップダウンもなくなったが、その中で
もやや小高い箇所が傘峠の山頂であった。ここもプレートがなければ恐らく通り過ぎるだ
ろう。ブナにコナラや杉が目立つ頂きである(冒頭の画像)。雑木にぶら下がったプレー
トが2枚、地面に落ちているのが1枚。

 ところで『峠』というが、この辺りではピークの事をそう呼ぶ。しかし、本来の所謂『
峠』もあるからややこしい。また峠のことを『坂』と呼ぶ場合もあるが、だからといって
ピークを『坂』とは呼ばないのは当たり前だ。何かこんがらがってきた。(^^;

 ザックを下ろして一休みする。生憎、ここも展望はない。山頂から少し下がった所で、
木の間越に三国岳方面が眺められたくらい。南側にチラッと見えた深い谷には由良川本流
が流れているはずだ。飴玉を一個、口に放り込んで戻ることにする。

 ほとんど下りだから帰りは速い。進路が北に曲がるとやがて遠くで沢音が聞こえだし、
それが徐々にハッキリとしてくれば尾根の突端は近い。

 取付きの上谷と下谷の出合の川原で食事することにした。川の水で顔を洗う。手頃な石
を見つけ腰掛けにして、今日は豪華?に幕の内弁当。食後のコーヒーを沸かして、ラジオ
は「素人のど自慢」。それにしてもこの辺りはトチノキが多い。今年は当たり年なのか、
いずれも鈴なりに実をつけている。近くの大きなカツラの木からはカラメルに似た芳香も
漂う。林道沿いにはススキも薄茶の穂を出し、と思えばタニウツギの花がまだある。演習
林は夏から秋への衣替えに忙しいらしい。

 長治谷小屋の広場から北へ、林道を戻ると右手の上谷の流れの周囲は湿原になっている。
季節にはトキソウが咲くというので、今の時期、サギソウでもないかなと、林道から疎ら
な雑木の間を抜けて近づいて見たけれども、めぼしい物は発見できなかった。

 上谷に架かる橋を渡り、杉木立の中の簡素な中山神社の前を抜ければ、地蔵峠は間もな
く。涼しい微風がそよぐ。ザックを下ろし、案内図を見て一休み。

 薄い青空も見え始めた下をブラブラと林道歩き。目の前をツィッーとオニヤンマ。崖か
ら流れる小さな流れ沿いに餌を探しているらしい。この林道沿いには結構花々が見られる
のであるが、今の時期は端境期なのだろうか、目立つ花々がない。クサギの白い花が目立
ったくらいか。

 パラッときたけれど直ぐに止む。ゲートに戻るとまだ10台近くの車がある。だがここ
まで、冒頭に記した様に、林道で外国人を含む3名組とすれ違ったのみだ。みんな何処へ
行っているのやら。

 帰りは生杉で少し寄り道をする。小入谷方面に少し走ると、『カキツバタの湿地』と呼
ばれる小さな湿地があるのだ。木道などは無く、道の端から眺めるだけだが、丁度、紫紅
色のミソハギの花が鮮やかで、今日を締めくくる彩りとして相応しかったのではないだろ
うか。

 芦生に小さい秋を見つけに来たけれど、お山はまだまだ着替えの最中。秋はさぞかし綾
錦。本当に静かな山歩き。奥深い芦生の一日でした。


【タイムチャート】
7:20自宅発
9:20〜9:30林道ゲート前(駐車地)
9:57地蔵峠
10:12地蔵峠、上谷・杉尾峠分岐
10:14長治谷小屋
10:28〜10:40中山付近うろうろ
10:45傘峠取付き
11:13〜11:17アシウスギ保存木のあるピーク
11:25八宙山(872m)
11:38〜11:45傘峠(935m)
11:53八宙山
11:59〜12:00アシウスギ保存木のあるピーク
12:20〜13:00傘峠取付き(昼食)
13:25長治谷小屋
13:30地蔵峠、上谷・杉尾峠分岐
13:42〜13:48地蔵峠
14:09林道ゲート前(駐車地)


傘峠のデータ
【所在地】京都府北桑田郡美山町
【標高】935m
【備考】 京大芦生演習林の中央部、ブナノキ峠の東に連なる尾根
上に位置します。山頂は東西に長く、ブナ、ミズナラ、
杉などに囲まれ展望は利きません。
尚、コースはハッキリしていますが、テープ、道標類が
無いので地形図、コンパスは必携です。
【参考】エアリアマップ『京都北山(二)』



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