歩けば暑し座れば涼し葛城古道
平成15年 7月 6日(日)
【天候】曇り
【同行】単独
金剛山の山懐に抱かれた「隠り国」高天の集落
中央の緑深い木立が高天彦神社


 天川や十津川に向かう場合によく利用するR309と県道山麓線。ものの本によればこ
の辺りは大和盆地でも最も古く開かれた場所だという。その山麓線を走っていると神話の
里「高天」「鴨神」などの表示があって、前々から興味を抱いていた。その葛城の地を結
んだ古道を歩いてみようというのが今日の趣向。白洲正子の「かくれ里」や司馬遼太郎の
「街道を歩く」でも取り上げられていて、雨でも歩ける所として在庫?しておいた所でも
ある。地道なども結構あるかな?と当初は期待していたのだが、車道歩きが多くこの時季
の蒸し暑さは堪えたけれど、地元の方の親切にも触れることが出来、車ではなかなか得ら
れない面白い歩きともなりました。近鉄のHPからダウンロードしたルート図を手元に、
9時過ぎ、いざ出発。

 金剛・葛城の峰はガスの中であったが、高曇りというのか空は明るい。府県境の長いト
ンネルを抜けてR309の名柄交差点を右折、高鴨神社を目指す。県道山麓線をしばらく
南下し、現れた標識に従って神社に向かうと南面する赤い鳥居が見えてくる。その隣は葛
城の道歴史文化館。その駐車場に車を置かせて貰って、歩く準備を始めてはたと気づいた。
ないっ!食料とお茶がない!アチャー。途中適当にと今日はいつもの店で買わずに来たの
だった。面倒だがコンビニ探し。R24に出て、幸い車で5分の所にローソン発見。フー
ッ。それにしても気勢を殺がれるのは嫌なもんだ。

 あらためて用意をして出発。まずは隣の式内社高鴨神社から。村の鎮守程度の小さな神
社と思ったらさにあらず。堂々とした立派なお社。説明書きを読んで納得。鴨族の総本社
で、京都の上賀茂神社、下鴨神社の元宮なんだそう。本殿向かって右に社務所。左は大き
な池で、名前の通りカモが泳いでいる。石段を登れば室町期の建築で重文指定の本殿だが、
その本殿の石垣に面白い物があるらしいのだ。興味津々、早速探したけれど不得要領。社
務所の前に戻って、折からハナショウブの手入れをしていたお爺さんに尋ねる。
「石垣に石灯篭が埋め込まれているらしいと聞いたんですけど?」
「右の方に歌碑があるやろ?その一間くらい右やけどなぁ」
そこへお宮参りについて来られたらしい小父さんが寄ってきた。お神酒が入っているのか少
々顔が赤い。
「あるよ。けどよう見んと分からんよ。よう信心したら見えてくる。ハハハ」
「はぁ?信心足らんかな。もう一回探してみますわ。」
それでもわからない。ためつすがめつしていると、やって来たくだんの小父さん。
「分からんかぁ?この辺やけどなぁ。シダが生えてて分かり難うなっとるなぁ」
かく云う小父さんも首をひねっている。
「実はこの神社の氏子総代なんやけど....。わしにも分からんわ。」
苦笑いの最中に、タイミングよく宮参りの準備にやってきた巫女さん。
「もう一つ、右の方にもあるんですよ」
その教えに従い、探してみるとなるほどあったあった。完成した石灯籠がそのまま埋め込ま
れているのかとばかり想像していたのが大間違い。石垣を築く際に自然石を灯篭形に埋め込
んだらしいのである。まるでジグソーパズルであるなぁ。
「ところで、やっぱり鴨族なんですか?」
「そうや」
まことに奈良は古い。因みにこの近在の茅原の出の役小角も鴨族。
 
高鴨神社本殿右の石垣に
埋められた石灯籠。判りますか?

 本殿の幔幕の紋は菊水。参道右手に楠正成の像があったので関係を尋ねてみると、像は元
々近くの学校にあったそう。とくに正成とは関係はないのだが、紋が菊水ということで千早
赤阪からお参りに来られますとのことであった。なるほど。題字は本庄繁とあったが、確か
元関東軍の司令官だったよなぁと、これは余談。

 再び、社務所の前まで戻ってくると、お爺さんに「あったかいな?」と尋ねられ、「おか
げさんで..」高鴨神社は宮司が蒐集した数千鉢ものサクラソウでも有名だそうで、季節には
数多のピンクの花に沢山の観光客で賑わうそうな。

 さて、高鴨神社を辞して門前の道を山際へ歩いていく。神社の裏手を巡って暫らくは車道
歩き。それでも昔の古い道なのだろう、所々に石地蔵が祀られている。コミュニティバスの
伏見バス停を過ぎ、立派な大和の民家と用水池の間の狭い路地を抜けると県道山麓線で、高
天彦神社への道標がある。やや急な斜面につけられた道を登っていく。パタッと止んだ風に
汗が一気に噴き出す。目に鮮やかなヤブカンゾウの朱色や、白いホタルブクロに目を和ませ
ながら我慢して歩くと、広い車道に出あう。それが右に大きくカーブする辺り、鬱蒼とした
杉林に吸い込まれる道が現れる。

朱色が鮮やかなヤブカンゾウの花

 ようやく山道である。勢い良くほとばしるように流れる水路が山道の傾斜を示す。手をつ
けてみると冷たく心地よい。水路から分かれて右にジグザグに登って行くと、まもなく平坦
となって左に石碑の立つ台地、右手はフェンスが現れる。フェンスの向こうはアジサイ園ら
しくベンチや遊歩道が設けられていて、青いアジサイの花が盛りであった。

 下り坂になり急に細くなった道は杉林を抜け出すと、田圃の畦道へと変わり、前方の山懐
には神社の森と家並。高天の集落である。誠に「隠り国」のイメージとはこれだろう。足元
に蜘蛛窟まで40mとの標識があるので寄ってみれば石碑があるだけ。正式な名称は忘れたが、
神武天皇霊蹟顕彰会だったかが建てたらしい。この辺りは神武天皇と争った土蜘蛛の住地だ
ったのであろうか。
 
 駐車場横にある梅の木は鴬宿梅。それ程の古木でもない。昔、小僧さんが亡くなったのを
住職が惜しんでいると、鴬が来て
「初春やあした毎には来れどもあはでぞかえるもとのすみかに」と詠じながら啼いたとか。

 参道の両側には三抱えも四抱えもある杉の古木。真新しい休憩所を左にして、正面には珍
しく赤い塗り瓦で葺かれた式内社高天彦神社拝殿。古族葛城氏の氏神で高皇産霊尊を祀り、
御神体は神社の裏の円錐型の山らしい。

 涼やかな風が吹く参道脇のベンチで昼食をしたためた後、汗も引いたので周囲を探索して
みる。神社南側に山道がある。これが郵便道と云われる奈良県側から最短の金剛山への登山
道である。また神社の北側には蛙の形をした岩が置かれていて名前を福蛙。触ると良い事が
あるそうな。早速、なでなでしておく。

「福蛙」。福帰るの語呂合わせなのでしょう

 立派な民家が並ぶ高天の集落に沿って北に歩いていけば、自然に橋本院の参道になる。参
道といっても村道兼用みたいだが、並木の様にアジサイの植えられた道を下るのも風情があ
る。田圃の中の道を左に折れれば、橋本院の甍が見えてくる。そしてこの高台一帯が天孫降
臨の伝説の地、高天原とか。橋本院は、元は行基が開いた高天寺の一院で、今は葛城修験宗
の根本道場。住職が花好きと見えてここもアジサイが多い。瞑想の庭と名づけられた広場に
は蓮の花も咲いている。 
「葛城の 高間の草野 早知りて 標刺さましを 今そ悔しき」

橋本院境内の「瞑想の庭」で咲いていた蓮の花

 ここから古道は「瞑想の庭」を突っ切って杉林の中に入っていくのだが、やや分かりづら
い。少し暗い深く掘れ込んだ道を抜けると、良く手入れされた杉木立の道となる。更にずん
ずん下って砂防堰堤を渡ると、長い物が出そうな雑草の繁る湿った道となる。途中にある分
岐はどちらを採っても行けそうだが、左の方を採って進むとやがて民家の間を抜けて、北窪
バス停近くの県道山麓線に飛び出した。

 向かいに酒屋(Y商店)があり、ベンチが置かれていたので小休止。ペットボトルの茶を
飲み干し、新たに一本購入しておく。

 近くの浄土宗仏頭山極楽寺の鐘楼門を見学して、再び県道。南郷バス停付近、大きなアン
テナの所で古道は右の脇道へ。辺りは柿畑で、早くも青い実がなっている。時折、遥かに大
和盆地が見晴らせ、畝傍山がぽっこりと浮かんでいるのが長閑だ。

 住吉神社から葛上中学校の前を過ぎる。汗を拭き拭き歩いていくと、街道筋の面影も残る
立派な民家の並ぶ通りになる。道はその昔は高野街道とも呼ばれたらしいが、その賑わいも
今は昔。その重厚な民家の中にとりわけ大きな板塀の建物がある。杉玉をぶら下げた玄関。
葛城酒造の文字。かねて聞いていた造り酒屋だ。地酒を一本仕入れるべく売店を探したがな
い。仕様がないので玄関の引き戸を覗くと酒瓶と冷蔵庫が見えた。ぐぁらりと戸を開け案内
を請うと、応答があって杖をついたお婆さんが姿を見せた。
「お酒売ってますかぁ?」
「はいはい、どれ?」
大吟醸を買う金もないので、お婆さんが冷やもええよと教えてくれた手頃な無濾過の純米酒
を買う。(笑)奴豆腐に冷や酒が楽しみだわい。ついでに杉玉の事を尋ねたところ、新しい
杉玉は新酒が出来た事を知らせる為にぶら下げるそうで、桜井の三輪明神から貰ってくるの
だという。この頃は作れる人も減ったとか。暫らくそんなこんな世間話をして辞去する。

 確かに名柄は昭和期を髣髴とさせる所。その中に面白い物があった。所々剥げ落ちた水色
のペンキが塗られた洋風の木造家屋。ガラス扉の上側には「夜間非常公衆電話」の文字が。
なんだこりゃ?送話口が固定され、ハンドルを廻す例の黒い電話が中にあったのだろうか?
ガラス戸を覗くと受付の台の様なものがあったが、仔細はわからず。

 古道は一言主神社、九品寺と更に北上していくが、今日はここまで。龍正寺の辻を東へ折
れて、長柄神社の前から寺田橋バス停へ向かうことにする。一面に広がる田圃の中を歩いて
バス停へは2時10分。五条バスセンター行のバスは19分とドンピシャのタイミングであった。
右側に屏風の様な金剛葛城の山並み。その麓の歩いた道筋を眺めながら約10分で風の森。そ
こから田の早苗がそよぐ中をまた10分強程歩いて高鴨神社に戻る。

 無料だそうなので歴史文化館を覗いてみたが、見るに足る目ぼしいものがないのが残念。
そこを辞した後はベンチでお握りと茶で一服しながら、背後にある案内地図で歩いた道筋を
確認する。そうそう、忘れるところだったけれど最後に六地蔵を見物して帰らないとねぇ。

 というわけで帰路、櫛羅へ寄り道。葛城山ロープウェイへの道の途中、猿目橋バス停横に
車を置く。カメラ片手に村道を下るとすぐ左手に石仏が並んだ祠があった。折り良くそばで
畑仕事のおじさんが居たので聞いてみた。
「これが六地蔵ですかぁ?」
「いや、違います。ここを真っ直ぐ、歩いて2、3分位です」
またまた親切に教えていただく。確かに歩いて2、3分、民家の前に目指す六地蔵はあった。
花が供えられてある。能勢の野間にある六地蔵に似て、ドンと構えた花崗岩の大きな石に彫
られているが、風雨で摩滅して今では肉眼でも分かり難くなっている。果たして写真で分か
るものやら。でも一応、カメラに収めておく。

猿目橋バス停東にある六地蔵。室町期に遡るとか

 毛並みの綺麗な人懐こい子猫が居て、ひとしきり遊ぶ。後を追ってきて車の下に入るので、
発進できず苦労する。(^^; 誰か猫好きな人に拾われろよなぁ。

 偶にはタウンウォッチングも良いもの。親切な人々との対話もあったし、山行きの合間に
またどこか散歩してみたいものだ。もっと山深い古道歩きもあるのかとも思ったけれど、そ
れなりに得るものも多かった葛城古道でありました。


【タイムチャート】
9:10自宅発
10:40〜10:45葛城の道歴史文化館駐車場
10:45〜11:10高鴨神社
11:30コミュニティ伏見バス停
11:58〜12:15高天原神社
12:30〜12:45橋本院
12:55〜13:00県道出合(安川商店)
13:02〜13:05極楽寺
13:15住吉神社
13:20葛上中学校
13:30〜13:50名柄
13:55長柄神社
14:10R24(寺田橋バス停)
14:19〜14:30バス(風の森迄)
14:42葛城の道歴史文化館駐車場


葛城古道のデータ
【所在地】奈良県御所市
【標高】
【備考】 金剛・葛城連山の東麓を南北に延びる古道です。周辺は
大和盆地でも最も早く開けた地域で、上世の時代から神
武天皇の東征伝説、葛城族、鴨族のルーツをなす神社と、
数々の歴史に彩られた道です。
【参考】近鉄てくてくまっぷN『葛城の道コース』



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