秋晴れについ誘われて行者還岳
平成15年 10月4日(土)
【天候】晴れ
【同行】別掲
新装なった行者還小屋と行者還岳南璧


 先月の9月14日。大台ヶ原は三津河落山から眺めた烏帽子を倒した如きその特徴ある
姿を、まさか1ヶ月足らずの内に足下にしようとは思ってもいなかった。大普賢岳から八
経ヶ岳へと続く大峰山脈の主稜中に、何処から見ても直ぐそれとわかる特異な姿の行者還
岳。一度は歩いてみたい山を舞台のミニオフに、秋晴れに誘われて行ってきました。結果
はプロムナードあり、アドベンチャーありの変化に富んだ想像以上の素晴らしさでありま
した。

 まだ暗い内に起きだして山の準備。お誘い頂いたみずさんとは5時半の待ち合わせだ。
前日は急遽の飲み会で、帰宅は10時。帰宅途中に地形図の購入。帰宅してカシミールの
印刷、GPSデータセット、ガソリン補給。大童で準備していたらあっという間に12時。
慌てて床についたけれど、山行の時は何故か目覚ましが無くとも早起き出来るのが不思議
だ。只、心中では別の声が。『単に歳取っただけや』(笑)

 近鉄榛原でのりかさんと合流とかで、まず西名阪に向かう。ところが集中工事で6時ま
で通行止。思わぬ渋滞に見舞われたが、なんとか集合時刻の7時には間に合った。

 大台行きに使うR169。そのまま行者還林道の東からトンネル西口へ進めばいいのだ
が、川上村の湯盛温泉から五番関に抜ける林道も行ってみたくて、走って見ればなかなか
の道。狭いが全線舗装。澄んだ高原川に微かに黄葉の始まった雑木の山々は隠れた秋の名
所だ。その高原川の源流には大天井滝。名前は耳にしていたが、数段に別れて落ちる様は
名瀑の名に恥じない。

 そんな景色に目を奪われながら山を下って、洞川の中心部を抜けR309に入る。みた
らい渓谷からは清冽な川迫川が創った廊下沿いの狭い道で、景色に見とれていると危ない。
ダムを過ぎて更に遡行すると、ようやくデポ地の大川口(おおこぐち)に着く。ここは稲
村ヶ岳と山上ヶ岳を繋ぐ尾根の南から発する神童子谷と布引谷の合流点。そのつい先の関
電の懸けた吊り橋が今日のゴールである。神童子谷沿いの林道の広い路肩に水さんの車を
デポ。小生の車で行者還トンネル西口まで向かう。険しい地形の故か山側の崖を補修する
工事が盛んに行われている。命綱一本で斜面を補修する姿に、背筋が涼しくなるのは爽や
かな秋の風の所為ばかりでもない。
シャッターがある珍しいトンネルの行者還トンネル
行者還トンネル西口の弥山、行者還岳の登山口

 弥山、八経ヶ岳の登山口でもある行者還トンネル西口。早や路肩には沢山の車だ。その
一番端に駐車し、用意を整えて歩き出す。100mも進めば分水嶺の行者還トンネルで、
入口にシャッターがあるという珍しいトンネル。その右、小坪谷上流右岸沿いに弥山・行
者還岳登山口がある。行者還岳の取付きは、すぐの堰堤横から左手に。そのまま弥山に向
かっても良いが、ここを登れば1時間のショートカットが可能だ。

 ヒメシャラ、コナラ、イタヤカエデ等、自然林の美しい道だが、いきなりの胸突き八丁
の直登に、エンジンのかからない身にはとてもそんな周囲の姿を愉しむ余裕はない。皆は
冗談を交わしながらズンズン登っていくのに、こちらは何とも辛い。が、暫くして汗が額
を流れ出すと、すーっと薄紙を剥がす様に楽になり、周りを見回す余裕も現れる。

 いつの間にかツクシシャクナゲが目立ちだした頃、漸く1340mの尾根先端の台地に
出る。小休止を取ってやや緩んだ踏み跡を行く。トウヒか樅だろうか針葉樹とシャクナゲ、
ブナ等が混交し、イトザサの茂る清々しい雑木林の中、前方の木々に日差しが当たってい
る。ということは尾根はもう近い。そうなると現金な物で足取りも軽くなる。トウヒが寝
転がって株立ちとなったような大木があり、その横が奧駈道との出合。ガイド本には西口
に降りる場合、小さな道標を見逃すなとあったが、この特徴ある大木が目印になろう。

ブナの向こうにバリゴヤの頭が姿を現してきた
稜線は早や黄葉も。この世の天国やぁ

 この辺りの奥駈道は歩く人も少なく、楽園の中のプロムナードだ。群落があるというク
サタチバナはどれなのかハッキリしなかったけれど、ブナ、ナナカマド、ハウチワカエデ、
シャクナゲ、モミ、トウヒ、直径10pもあろうかというシロヤシオ等々。その上、木が
疎らになった鹿遊びの鞍部からは西と東が開けて北部大峰の主要な山々や大台ヶ原や台高
が望まれる。面々はアドレナリンやエンドルフィンが噴出して興奮状態。小生も叫ぶ。「
今日だけ1日が48時間やったらなぁ」「時間よ、止まってくれ〜」

 白っぽい石灰岩の岩屑が転がる辺りには、何故か夏の花のミゾホオズキの黄色い花が咲
いている。さっき追い抜いた犬連れの三人パーティから犬だけが先行してきて擦り寄ってき
た。「犬も機嫌がいいのかな?」

 前方に行者還岳が大蛇ーに似た姿を現した。右手には大普賢、小普賢の奇観。そこから
一旦下った峠が天川辻で、上北山村天ヶ瀬と天川村洞川を結ぶ古い道が通じていたらしい
が、大変な難所であったろう。それを示す横置きの石標が置かれているのが珍しい。また
辻に置かれた石仏は、光背に電線路安全と刻まれていたから、少なくとも鉄塔が通された
昭和初期以降に安置された仏と思われる。

行者還岳に近づくに従って、右前方に大普賢岳が

 天川辻の先には高圧鉄塔がある。奥駈道は尾根を少し外して、鉄塔のやや西側を抜けて
いく。そこに私製の道標が設けてあり、大川口へ下る踏み跡(関電道)がある。帰りはこ
れを利用する予定だ。

 ところで鉄塔からは東方向の展望が凄い。辻堂山の向こうに台地状の大台ヶ原が寝そべ
る。引っかき傷に似た山肌が見えるのはドライブウェイだろう。時折、日の光が車のガラ
スに反射して煌くのが目に入る。今日も大台は凄い人手に違いない。左に転ずれば、大普
賢は遮られているものの、その前衛の円錐形をした和佐又山が望め、奥には台高の山々が
重畳と居並び飽きさせない。ふと気づいたのは右手の樹林に覆われた尾根の中間。柵を持
つ展望台らしきものが建てられていることで、天川辻から天ヶ瀬へ下る道は林道に出会う
というから、林道の終点に設置されたものなかも知れない。

 山座同定を楽しんだ鉄塔を後にすると、その直ぐ先には新しく建てられた立派な行者還
小屋が建つ。覗かせてもらったら、無人だが毛布は完備、二階もあり、20人は充分宿泊
できるようだ。正午も近いので小屋の横で、樹林の向こうに弥山を眺めながら昼食とした。

 30分の大休止の後は、行者還岳までピストンである。小屋にザックをデポしても良い
が、根が貧乏性の悲しい性。何かあってはいかんとザックは担いで行くことにする。(^^;

 行者還岳の南は流石に登れず、奥駈道は東を巻く様に付けられている。やや下降気味に
山腹をへつって行く。真ん中が裂けた様に重なった巨岩には御札が備えてある。靡きの一
つなのだろうか。そこから緩やかに登って、最後は水場から木梯子のかかる岩壁を足元に
気を付けながら、行者還岳の北側の稜線に出て、奥駈道との分岐を左に折れる。トウヒ、
イタヤカエデの疎林の中、下草にイトザサの繁る稜線は、心地よいけれど食後の運動には
一寸きつい登り。ふうふうと息を切らせてシャクナゲの繁る山頂に出る。綺麗な三等三角
点とその横には山名板が取り付けられた錫杖が立てられてある。ここは展望が無いので、
シャクナゲの茂みの中を凡そ20m。南の端へ出るとこれが絶壁の上。恐る恐る前に進め
ば素晴らしい景色が広がる。眼下には樹海の中に行者還小屋の屋根。視線を上げれば鉄山
の尾根の向こうに弥山がどーんと。その肩に八経ヶ岳が顔を出し、その先は遠く釈迦ヶ岳
方面迄続く大峰主稜である。

ツクシシャクナゲに囲まれた行者還岳の
山頂の錫杖と三角点

 今度は西の端へ向かう。シャクナゲに苔、ひねたトウヒと木の根。雰囲気は七面山の東
峰にそっくりである。先端の岩の上に出ると、こちらは木々に遮られてパノラマとは行か
ないが、バリゴヤの頭の起伏の北に稲村ヶ岳が意外な近さに見える。ナナカマドの赤い実
が美しい。

 引き返して奥駈道との合流点。素直に戻らずにもう暫らく奥駈道を北に七曜岳方面に辿
ってみる。東の開けた箇所からは大台ヶ原が眺められる。その先の鞍部にはケルン。小屋
の西側、昼食を食べた付近に立掛けられてあった板に墨書されていた大阪工業大学WV部
の遭難記念碑(みなきケルン)である。昭和40年5月に20歳の若者が疲労死したとあ
る。大峰の厳しさを垣間見た感じだ。ケルンの横には咲き遅れたトリカブトが淡い紫色で
密やかな風に揺れている。

 さて、元にとって返して行者還小屋。相前後したさっきの犬連れのパーティがおられる。
西口へ下りられるらしい。こちらは全員揃ったところで高圧鉄塔の西側から大川口へ。

 明快な踏み跡が続き、ミカエリソウの群落もある。目を上げれば小坪谷支流の谷を隔て
て、今朝登ってきた尾根の向こうには大きな弥山に鉄山の尖峰が眺められ、ルンルン気分。
だが行者還岳の南から西壁へ山腹を巻いていく踏み跡は次第に荒れた感じになっていく。
山腹を引っ掻いたような踏み跡であるのは、流石、岩盤まで削る事が出来なかったようだ。
根こそぎ倒れたヒメシャラの大木。岩盤の上の土の部分が薄い為だろう、意外に根が浅い。
その先、ワイヤーを懸けた岩壁を抜けると桟道が現れた。桟道の板の隙間からは奈落が。
しかも桟道の根太が腐っているのだ。スリル満点。期せずして「ガイド本の解説は嘘だぁ。
ほんまに関電道?」の声。
老朽化が激しい桟道を行く

 更には谷の源頭には山抜け箇所が幾つか。苔むした累々の岩。土石流に流された木株。
疎らなテープが唯一の目印である。時々立ち止まってはテープを探す。電源を切っていた
GPSを慌てて取り出し、緯度経度から現在地を割り出す。誤りが無いことがわかって安
堵。

 何時の間にか周囲は雑木林から植林となる。その中に何の仕業だろうか、幹の皮が大き
く剥がれた木が幾つかあったが、漸く踏み跡もしっかりしてきて、そうこうする内に高圧
鉄塔直下に出た。「ふーっ。」

 白川線bR7、昭和3年11月の表示がある。ここは展望がよい。おりしも雲間から光
線がサーッと帯の如く弥山を照らす光景が目の前に展開する。「おおっ!デジカメの電池
の残量が....。」こんな時に限って、もどかしい。(^^;

弥山に雲間から光の束が。手前の尖峰は鉄山
(bR7鉄塔付近から)

 西側のピークに次の鉄塔が見えている。一旦鞍部に下りて少し登り返さなければならず、
「まだ桟道あるかも。気は抜けないねぇ」等と言い交す。
 再び山懐に潜り込む感じで踏み跡は続く。予期通り、所々に思い出した様に梯子が現れ
るが、幸い先程のような事はない。北(右)側が植林、南(左)側が雑木の尾根筋に出て、前
方がぽっかり開いた所が鉄塔bR8であった。

bR8鉄塔付近から行者還岳。左に偽ピーク

 ここは木の墓場みたいな所で、針葉樹らしい白い枯れた木株がゴロゴロとあるガレた尾
根の高み。その分、ここも南方向の展望が良い。同じ位の高さだった鉄山を少し見上げる
感じになり、かなり下ってきたことが判るが、垣間見える行者還林道はまだ遥か下。手元
のGPSはまだ1100m程度を示していて最後の急降下を暗示している。

 鹿の糞やクワガタの死骸を見つけたりしながら、bR9の鉄塔を経由して尾根筋を歩き、
次の鉄塔bS0と緑色の鉄塔bS1で尾根筋を離れる。高圧線に触れさせない為か、雑木
が皆伐されているのは少し痛ましい。

 さて、踏み跡は予想通りここから最後の急降下、300m近くを一気に下ることになる。
ジグザグを切りながらぐんぐん下る。途中から膝は笑いっぱなし。パイプで補強された階
段を下れば林道もだいぶ近づいてきて、デポしたみずさんの車も見えてくる。耳元でパサ
ッと音がしたと思えばナラの青々した団栗が転がり落ちて足元に転がっている。そんな些
細な事にも今日の達成感を噛み締める。

 さっきまで微かだった谷川の音が喧しくなってくる。少し岸沿いを歩いたその先に関電
の吊橋が現れた。
大川口の布引谷に架かる関電の吊り橋。よく揺れます

 プラスチック板で出来た吊り橋は揺れる揺れる。3人以上渡ってはいけない旨の注意書
きがまたスリル感を誘う。全員渡りきった所で、面白かった今日の山行も大団円。ザック
を下ろして一息ついた後は、デポしたみずさんの車でトンネル西口へ戻って解散する。皆
さん、お疲れさまでした。(橋のたもとの水位計測塔への通路奧に見つけたテープは鉄山
への取付きでした)

 ところで今回の下山路だが、ガイド本では一般路の表記だけれど、歩いてきた感じでは
少し難路だ。普通、関電の巡視道はしっかりしているはずなのにbR9以東は最近整備さ
れた形跡がない。この前の台風が影響しているかもしれない。しかも例の『火の用心』の
赤い標識も結局最後まで見当たらなかった。山抜け付近はテープも疎らで歩くのは少し注
意が必要だろう。
最近、熊の目撃情報や襲われたとの情報があります。鈴やラジオなどを携行して下さい。

行者還林道の東側から大台ヶ原。中央右の台形型が大蛇ー

 解散した後、小生は行者還林道を東に下り、西日に山襞までハッキリと眺められる大台
ヶ原を眺め、余韻に浸りつつ帰途に着く。それにしても大峰は麻薬だ。知れば知る程、そ
の魅力に取り付かれるなぁ。危ない危ない。でももう抜けられなくなっているのかも。(笑)
帰宅してもまだ充実感一杯の行者還岳でした。



■同行 のりかさん、水谷さん、もぐさん(五十音順)

【タイムチャート】
5:35自宅発
7:00〜7:15近鉄榛原駅前
8:55〜9:05大川口(車デポ地)
9:15〜9:20行者還トンネル西口(駐車地 1094m)
9:25行者還岳登山口
9:52〜9:58Ca1340m尾根先端
10:18奧駈道出合(Ca1430m)
11:36〜11:39天川辻
11:42〜11:47高圧鉄塔
11:53〜12:18行者還小屋前(昼食)
12:40〜12:55行者還岳(1546.2m 三等三角点)
13:02奧駈道・行者還岳山頂道出合
13:08〜13:13みなきケルン
13:19奧駈道・行者還岳山頂道出合
13:31〜13:37行者還小屋前
13:39高圧鉄塔横(大川口分岐)
14:30〜14:35高圧鉄塔(白川線bR7)
14:45高圧鉄塔(白川線bR8)
15:30〜15:45大川口(車デポ地)
15:55行者還トンネル西口(駐車地)


 行者還岳
【所在地】奈良県吉野郡天川村
【標高】1546.2m(三等三角点)
【備考】 大普賢岳、弥山、八経ヶ岳と続く大峰山脈の主稜線上に
あり、山頂を巻いて南北に奥駈道が通じています。どこ
から見ても判別できる特異な姿をした鋭峰で、あまりの
険しさに行者も引き返したというのが名前の由来で、山
頂南のテラスに立てば、弥山を始めとする大峰核心部が
一望です。
■関西百名山
【参考】2.5万図『弥山』、エアリアマップ『大峰山脈』



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