戸知山の不思議を質す |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||
府道沿いにある『マリアの墓』の道標に取り 付けられた戸知山登山口の案内板 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||
R423の豊能町余野から箕面へ通ずる府道は抜け道としてよく利用するのだが、最近、 その中間にある豊能町高山の「マリアの墓」への案内標識に白い標識がぶら下げられてい るのをご存じだろうか。確認の為、車を止めたら「戸知山登山口」とあった。帰宅してエ アリアマップ『北摂の山々』で調べると入山禁止と注意書きのある山であった。 登ってもいい山になったのだろうか?気になる山だ。兎に角、尋ねてみることにする。 同行は水谷さん。折角の休養日を申し訳なし。(笑) 午前中は三女の幼稚園の父親参観。ミニ運動会の後、プレゼントをもらい感涙にむせぶ 貴公子であります。(笑)それもあって、午後1時、高山公民館の駐車場を集合地にする。 10分前に到着すると、早くも水谷さんの車は先着である。 準備を整えて府道を北上する。田植えを終えた田圃には夥しいオタマジャクシ。ヤブツ バキの古木のある旧家を左に見て、カーブを曲がるとたおやかな明ヶ田尾山が西に蟠る。 右に「マリアの墓」の道標があるが、その下に「戸知山登山口」とある例の白い案内板。 一体、誰が設置したのだろうか?【不思議その@】。(冒頭の画像) まず「マリアの墓」に詣でる。自然石四つの素朴な墓。花や供物があるところを見ると 世話をする人がいるようだ。説明板によると、余程、迫害が激しかったとみえ、キリシタ ンの里の高山でも江戸時代中期にはキリシタンも途絶えたそうである。 一旦戻って、右へ緩くカーブする道を行く。白いホタルブクロが咲いている。右後の明 ヶ田尾山が大きい。植林帯に入る。と、そこにも白い道標。ボルト止めもしてあり、素人 にしては手が混んでいるなぁ。まさか山主ではあるまい。 左に直角に曲がると深くえぐれた道が続く。大きな岩が道に転がっている。ヨイショと 岩を過ごすとホトトギスがすぐ近くを交わして啼きながら遠ざかっていく。 T字型に、荒れてはいるが広い道に出くわす。ここにも道標。左は「マリアの墓」とあ る。それにしても広い道だ。何なんだろう?これ?【不思議そのA】。 道標に従って右に曲がる。暫くすると突然、カヤトの荒れ地が現れた。大きな木もなく コンクリートの側溝迄ある。バブル時代の開発のなれの果てなのか?【不思議そのB】。 やや荒れ気味の道は左手のカヤトの荒れ地を巻いてついている。植林帯の縁をへつるよ うに進んでいく。 ようやく雑木の中に出る。アケビ、クズ、モチツツジ、アセビ。勢いのない笹のトンネ ルをくぐって進むと、高圧鉄塔が頭上に。左手に地形図にあるアンテナ施設が見えてきた。 左へ捻れるように笹のブッシュを漕いで最後の急登をこなすと、大きなアカマツがドーン と控えた切開きに飛び出した。と、先行していた水谷さんが身構える。ガサッと音がした と思えば、大型動物の逃げていく音。近くのイヌツゲの幹が皮を剥がれているところをみ ると、どうも鹿がいたようである。こっちも驚いたが鹿はもっと驚いたに違いない。
か!標識は豊能町が作成した物だったのか。道理で素人にしては手が混んでいる訳だ。不 思議その@解決!(^o^)/ でも山名の由来と思われた「栃」の木は全く無かった。 山頂は東に開けていて、深い谷を隔てて茨木高原カントリーのコースが眺められる。プ レイするゴルファーの声も風に流れてくる。赤い屋根のクラブハウスの裏手は北摂唯一の 一等三角点がある石堂ヶ岡である。 山頂の西にはドコモの豊能無線中継所がある。ということはエアリアマップの戸知山の 位置表示は誤りのようだ。しかも標高にも誤植がある。 小休止してとってかえす。途中の水が滲み出てジクジクした箇所ではカエルが多い。蛇 も出てきそうで薄気味悪い。 再びカヤトの荒れ地。向こう側には天台山らしいアンテナのある山。この明らかに人工 の荒れ地のルーツは?、豊能町の役場にでも問いただすかと話題にしていた矢先である。 ふと下を見るとブリキ板が転がっている。ひっくり返すと何やら文字が。なんと昭和51 年から55年まで産業廃棄物の捨て場になっていたのだ。【不思議そのB】 異様に太い道路は残土を捨てるトラックが入る為だったのだ。ここじゃ人目を盗める訳 だ。ひどいもんだ。この下にはダイオキシンやアスベストが一杯なのか?が、いずれにし ろ廃止になって良かった。というわけで異様に広い道の理由【不思議そのA】もこれで判 明である。
の荒れた林道である。しばらく下ると、再び分岐に出たがここは真っ直ぐ、笹を被った廃 林道を進む。 元はコンクリート舗装だったらしいが25年以上の年月を経て、ひび割れて笹が茂り、 荒れ放題。一人じゃ不気味な道である。すると突然、笹薮でガサガサと大型動物がいるら しい物音が。ギョッとして耳を済ますが音は徐々に遠ざかていった。 クズの蔓に絡まった古い廃車がある。そこを左にドッグレッグして暫くである。またま たガサガサっと後方で物音。一際バサッと音がしたと思ったら、鹿だ!100sあると思 われる雌鹿の大物である。今度ははっきり姿が目に焼き付いた。まさかの人間の出現に、 鹿は慌てて茂みに消えていった。 明るい荒れ地に出たと思ったら、見覚えのあるこんもりした小さな高みが左に。「マリ アの墓」の裏手らしい。重機が放置されている。林道が半分崩落した辺りを慎重に越えて、 鎖を跨ぐと、いつも府道で見慣れたログハウスの民家の横に出て、飛び出した所は登山口 の約100m西の辺りであった。 ウツギ咲く府道を戻る。明ヶ田尾山が大きい。棚田には早苗が風にそよぐ。慶佐次さん の『北摂の山』にも記述のない山、戸知山。豊能町高山の不思議な山の探索であった。同 道頂いた水谷さん、有り難うございました。
|