午年の初山は天王山から十方山

 平成14年 1月 4日(金)
【天候】 小雨のち曇り
【同行】 単独
十方山山頂のユニークな方向表示板


 毎年色々考えるその年の山初め。縁起を担いだり、干支に因んだりしたり。今年はどう
しようか?去年が世情的にも多難な年であったので、それと決別するというわけでもない
のだが今年は天王山から。慶佐次さんの本によれば、その奧にユニークな三等三角点の山
(十方山)があるというのでそれも訪れる趣向。

 準備を整えて、さて自宅を出ようと窓から外を伺うと、なんと小雨が降り出しているで
はないか。曇り空ではあったが、降水確率10%という予報だったのに肩すかしを喰らっ
た心境。が、まあ降り止まぬ時は天王山だけでもいいやととりあえず出発。R171をひ
たすら京都方面を目指して進む。右に男山。左に天王山が現れると大山崎町。しかし昔な
がらの町で道が狭い。駐車場所を求めてあちこち探すが適当な場所がない。町役場を考え
ていたが、今日は役所の仕事始めの日。「役所に関係ない人の駐車遠慮を」の看板に、ち
と気の引ける気弱な我が輩であります。(^^;

 街中の狭い道を西へ戻ると、阪急の大山崎駅近くに町営の有料駐車場を発見。ほっ。
(JR山崎駅沿いに町営駐車場、山崎聖天参道下に参拝者用?駐車場がありと後刻判明)

 依然として雨は降り止まず。ザックカバー、傘をさしての初山である。高架の大山崎駅
を潜ってすぐ、右手に宝寺の参道の石標、天王山近道とある。民家の間の路地を抜けてJ
Rの踏切を渡ると、急傾斜の広い道。天王山登り口の石標と共に山崎宗鑑の冷泉庵址の標
識。流石、京都。至る所に歴史が散りばめられている。

天王山登山口の一つでもあるJR踏切北側の宝積寺参道口

 アサヒビール大山崎山荘美術館を右に過ごして、左に巻いていくとまもなく宝積寺の山
門前に出る。重要文化財。境内に入るとこれも重要文化財の三重塔。ちらほら訪れる参拝
客に長寿ミカンを配っていたが貰いそびれてしまった。

 登山道は本堂の右手を抜けていく。右にフェンス、左に堰堤を見て分厚く木の葉が敷か
れた道をつづら折れに登っていく。正月のぐうたら生活の報いだろうか、妙に体が重い。
始動直後だからだろうと納得させ、ゆっくりと登る。右の小道からモノレールの軌道が現
れた。周囲が竹ヤブだからタケノコの搬出用だろうか。それからすぐに左手に広場が現れ
た。青木葉谷の展望所。南側の展望が良いはずなのだが、雨は何とか上がったものの、生
憎の空模様で視界は伸びない。淀川が鈍色にたゆたい、高槻の若山に連なるを尾根が印象
に残るのみ。

 山崎聖天からの道と合わさってから、また広場に出る。酒解神社の大きな石鳥居が聳え
る。左手に東屋とと山崎合戦の屏風絵があった。そういえばここは「旗立松」と呼ばれる
場所である。山崎の合戦は天正十年六月、本能寺に織田信長を討った明智光秀と、乾坤一
擲、中国大返しをうった羽柴秀吉が激突したもの。合戦が始まったのは午後4時。梅雨時
でもあり、天地は黒く暗かったそうだ。合戦は一刻余りで大勢が決し、敗走する光秀は細
川幽斎の勝龍寺城に退いた後、居城近江坂本城に戻る道すがら、山科小来栖で土民の竹槍
に落命したという。その合戦の際に士気を鼓舞する為、秀吉がここに旗を立てさせたそう
だが、今はその松も枯れて何代目かの小さな松が植えられている。ここには西に向けて展
望台が設けられていて、桃山丘陵から京都東山、鷲峰山方面が眺められるのであるが、前
述したように視界は優れず、僅かに眼下の円明寺辺りから、三川合流点が眺められるのみ。
眼下の名神上りは大渋滞。新幹線がその横を矢のように通り過ぎていった。

 道は相変わらず広い。鬱蒼とした杉が現れて道が分岐。但し、上ですぐ合流するのだが、
ここは左を採る。こちらには十七烈士の墓がある。元治元年、蛤御門の変で敗れた長州方
の真木和泉以下十七名が、京を落ちるに忍びずここで自刃したと云われる。尤も墓標を見
てみると長州出身者は少なく、真木和泉は肥後、他に土佐藩出身も目立った。

蛤御門の変で敗れた長州側の真木和泉等十七士の墓

 先程の道と合流したら酒解神社。こぢんまりとした社を想像していたのだが、無住とは
いえ堂々とした社殿である。板倉造りの神輿庫は重要文化財だとか。祭神は素戔嗚尊。一
名牛頭天王。これがこの山名の由来であろう。

 本殿を右に抜けると老杉主体から竹藪に代わり、天王山山頂100mとの道標がある。
それに従い、僅かに登ると広場に出て、右手の高みにこぶし大の石が積まれてあり、山頂
の印と風化した五輪塔が認められた。

豊臣秀吉が築城した山城址でもある天王山の山頂

 山頂はまた秀吉が築いた山城の址でもあり、土塁や石垣が残っているそうだ。山頂から
やや下った所に、半ば埋まってはいるが井戸跡を見つけた。

 檜の下に腰掛けるのに手頃な石が転がっていたのでここで昼食とする。

 しかし寒い。動きを止めると途端に冷気が身に沁みる。雨は心配なさそうだが、代わり
に風が出てきたようだ。かじかんだ手に手袋をはめ、タオルを首に巻き山頂を後にする。

 先程の道に戻ると、路傍に転がっていた石仏を集めた場所に出た。ここでGPSをセッ
ト。道標に従って小倉神社方面に向かう。

 鬱蒼とした竹藪の中の道は一間幅もあろうか。山崎から柳谷観音への巡礼古道だったの
であろう、所々に置かれた五輪塔や摩滅した石仏が往古を忍ばせる。

 いつしか竹藪は雑木林に代わっている。里山独特の枝道があちらこちらにある。それら
の分かれ道には私製の標識がぶら下がっており、結構、マニアが歩いていることが分かる。

 鳥獣保護区の標識が十方山への分岐の目印との事なので注意して歩く。一旦縮まってい
ったGPSの距離が逆に広がりだした。見逃したかな?と若干訝しみつつ先に進むと、や
がてまた縮みだし、「天王山山頂へ」の標識の着いた鳥獣保護区のプレートが目に入った。
左手鋭角に、雑木にテープが巻かれた綺麗な踏み跡がある。木を確認すると、三角点とマ
ジックで書かれた跡がある。十方山に間違いなさそうだ。

十方山分岐にある京都府の看板

 落ち葉フカフカの絨毯道。人型にくり抜かれたような雑木のトンネルである。ネジキ、
ヤマザクラ、キハダ、コナラ、ミツバツツジ、ヒサカキ。尾根筋を辿る踏み跡はほとんど
起伏がない。たまに獣臭い臭いが鼻をかすめる。時折、西方向に浄土谷近くのNTTのア
ンテナが望める。さらに高いのは小塩山からポンポン山に至る稜線であろうか。右前方に
小高い場所が見えてきたと思ったら、完全な三等三角点とユニークな方向表示板の立つ十
方山の頂上であった。

 頂上といっても山に登った感じはない稜線上のコブの一つといった感じだが、小学生位
の岩が数個ゴロゴロとあるのが特徴。だが、何といってもユニークな方向表示版が面白い。
大比叡、ポンポン山は許せるのだが、南十字星、モンブラン、アコンカグアとあるのには
思わず吹き出した。(冒頭の画像)

 眺望もないので、少々憩った後は往路を引き返す。分岐まで戻って更に北へ向かうとす
ぐに通称小倉山。柳谷への道と、小倉神社への道に別れる三叉路である。大山崎町の案内
板と、長岡京市の消防署の標識があった。時折、法螺貝の音が風に流れてくるのはどこの
寺からだろうか。ここは小倉神社へ降りる手もあったが、後の車道歩きが長いので、大人
しく天王山へ戻り、山崎聖天から下ることにする。

 旗立松の広場から左に道を採る。竹藪の中の葛籠おれの道を下ればすぐに観音寺の境内。
もともと観音菩薩の寺であったが、江戸時代に歓喜天を祀るようになって隆盛し、今では
山崎聖天の名の方が有名になったという。境内にはちらほらと参拝客。正面の急階段を下
りると車道に出る。そのまま西へ歩いていくと往路の天王山登り口であった。

 後片付けを終えて駐車場を出ようとすると、止んでいた雨がまた降り出した。歩いてい
る最中に降られずに良かった。今年もこんな感じでうまく行けばいいのだが..。(笑)
幸先としては悪くない、と思う、否、思いたい午年初山行でした。



【タイムチャート】
9:30自宅発
11:30〜11:40山崎ふるさとセンター有料駐車場
11:45宝積寺参道口
11:53〜11:55宝積寺
12:05青木葉谷展望地
12:10山崎聖天コース出合
12:15〜12:17旗立松
12:20十七烈士の墓所
12:25酒解神社
12:30〜13:20天王山山頂(270.4m)
13:40十方山分岐
13:50〜13:55十方山山頂(304.4m 三等三角点)
14:03十方山分岐
14:30酒解神社
14:35〜14:40旗立松
14:50〜14:55山崎聖天
15:10山崎ふるさとセンター有料駐車場



天王山のデータ
【所在地】京都府乙訓郡大山崎町
【標高】270.4m
【備考】 山城と摂津の境にあって、山頂近くに素戔嗚尊(牛頭天
王)を祀る式内社酒解神社が鎮座することが山名の由来
と思われます。京都盆地の南を扼する山であることから、
古来より戦いの舞台になってきましたが、最も有名であ
るのは、天正十年六月に豊臣秀吉と明智光秀が戦った天
下分け目の山崎合戦でしょう。山麓に宝積寺、山崎聖天、
アサヒビール美術館などがあります。
十方山のデータ
【所在地】京都府乙訓郡大山崎町、長岡京市、大阪府三島郡島本町
【標高】304.4m(三等三角点 点名『天王』)
【備考】 天王山の西北西の府境に位置する山です。以前は天王山に
三角点があったのですが、何時しか消失し、現在はこの山
に三等三角点が置かれています。四方八方が見渡せるので
八方山と名付けたが、その後、十方山としたそうですが、
残念ながら僅かに京都西山方面が垣間見えるのみです。
【参考】 エアリアマップ『京都西山』
「北摂の山(上)」慶佐次盛一著 ナカニシヤ出版
「大阪周辺の山250」ヤマケイ



   トップページに戻る

inserted by FC2 system