額井岳・戒場山〜深まる大和の秋を歩く
 平成14年11月 16日(土)
【天候】晴れたり曇ったり
【同行】単独
榛原町上井足付近から額井岳。その特徴ある姿は
象形文字の『山』そのものです


 明神平や高見山に向かう際、よく利用するR369。そのR369を都祁村を抜けて榛
原へ下る途中、左の車窓からピラミダルな山容と西に伸びる長大な稜線が目立つ山がある。
大和富士とも呼ばれる額井岳である。菟田野町へ向かう県道から眺めると、『山』という
象形文字はまるでこの山を見ながら作ったのではないかと思えるほどに、綺麗な文字通り
『山』形をしている。一度、足跡を残さねばと思いつつ今日までその機会が無かったが、
一時の寒さも緩んだ今日、出かけてみることした。

 相変わらずの遅い出発なので、渋滞を懸念したのだが意外にスムーズ。しかし、予想外
の事態。都祁村で大和高原マラソンがあるらしい。11時から通行規制だって?もう10
時半じゃないか。一寸焦る。しかもいつもより車が多い。紅葉狩りに行く車だろうか。

 都介野岳を見て、香酔峠を抜ける頃、目指す額井岳が三角形の姿を見せてくれる。玉立
(とうだち)橋の東詰で左折して広域農道に入り、赤瀬付近の空き地に車を止める。十八
(いそは)神社まで車で行けるそうだが、その車道は東海自然歩道。距離も1km程度だ
し、ウォーミングアップで歩くには最適。というわけで、農家を縫って『あたごの大ケヤ
キ』なぞを見物しながら、車道をゆるゆると登っていくことにした。といっても通った車
は1台だけ。それもハイカーの車である。

 右手に池が現れると、前方高台に朱塗りの鳥居と真っ黄色に色づいた大きなイチョウが
目立つ十八(いそは)神社。祭神は神倭磐余彦命(カムヤマトイワレヒコノミコト)とい
うから神武天皇である。春日造りの本殿があるこぢんまりとした郷社である。

十八神社の赤い鳥居と黄金色の銀杏のコントラストの妙

 その鳥居の前を左に折れて、棚田の畦を行く。ヨメナ等に混じって青紫のリンドウが花
を開きかけているのが印象的である。南には三郎ヶ岳に連なる山々と榛原の町並みが望め、
この辺りが結構高地であることが分かる。

 杉桧の人工林の中へ入り、深くえぐれた道を進めば、左から踏み跡が合流してくる。貝
ヶ平山方面を示す東海自然歩道の古い道標があるが、今はこちらは余り歩かれていない様
だ。道はここで右に折れると、間もなく右手に小さな水場。パイプからちょろちょろと清
水が湧きだしていて、日本酒のワンカップグラスが置かれてある。夏場なら一寸味見して
いたかも知れないが、今日はあんまり喉も渇かず、ちょっと遠慮だ。

 一車線の舗装林道に出る。額井岳林道らしい。道標に従って40m程左に進んで、林道
が大きく右カーブする辺りで分岐している林道に入る。森嘉林道と書かれていて車止めの
鎖で閉鎖されてある。暫く登ると再び分岐となり、左の道に入る。ここからは本格的な山
道となり、そして再び分岐。ここは道標が無ければ太い方の右を選択しそうだ。狭い左の
直登コースが正解。

 黄色く色づいた雑木と交互に人工林が現れる中、ジグザグに高度を稼いでいくと、ヒョ
ッコリという感じで尾根に出る。都祁村からの山道が合流してきていて、少し左に出れば、
北に額井岳の西のCa750m峰、西に貝ヶ平山、鳥見山の色づいた姿が眺められる。

 ここからは額井岳の西南尾根沿いの道で、距離は短いが岩混じりの急登である。突然、
ガサッという大きな音がする。鹿か?と姿を探したが、逆落としの植林帯にその姿はない。
息が上がりだし、休憩回数も増える頃、漸く杉木立が見えてきて、丈の低いササ混じりの
山頂に行き着いた。

 山頂には杉木立の下、東屋と水神を祀った祠があり、その奧に四等三角点が見える。南
側には丸太で造った展望台があり、2組4人の先客が昼食中であった。

額井岳山頂の水神の祠。裏に三角点が見える

 展望台からは室生ダム湖や赤人橋が手に取るようで、三郎ヶ岳と高城山の奧にうっすら
と大台ヶ原と大峰。榛原の町を縫って走る近鉄の特急が模型のようだ。西に廻れば鳥見山
に貝ヶ平山。奧には生駒山の姿。北には都介野岳が望める。また東側の杉木立を抜けると
青山高原と名張市街が霞んでいる。なかなかの展望に満足して、さて食事にするかぁ。陽
が翳ると汗が冷えて寒い。ウインドブレーカーを羽織って湯を沸かし、カップ麺とコーヒ
ーで暖をとる。

 戒場山へのコースには大意「倒木、道標が不備の為、入らないほうが無難です」云々と
書かれた榛原町の立て札があるが、インターネットでの事前調査では特に問題なしとの事
なので、予定通り戒場山へ向かう。

 一気の下り道。アセビ等の常緑樹が多い所為であろうやや薄暗いが、概して狭いけれど
も明瞭な道が続く。すぐに傾斜が緩んで鞍部に出、登り返して暫らく進むと前方が開けた
小さな広場に出る。水資源開発公団の無線反射板の立つ切り開きである。そこからは目指
す戒場山が意外に遠くに蟠っているのが見える。南斜面は植林で深緑だが、こちら側の斜
面は錦織なす雑木帯。いいねえ。でも結構、鞍部は深いようだ。登り返しが一寸きつそう
だなぁ等と独りごちる。

無線反射板の伐採地から戒場山。右は断崖の薬師山

 暫らくは大したアップダウンのない尾根道である。狭い岩尾根などもありなかなか楽し
める道で、額井岳への道よりもこちらのほうが静かで好ましい感じがする。

 榛原町の立派な道標が現れた。それに従って、右に折れる。やや急な斜面を下れば再び
アップダウンの少ない道に戻る。クマザサが現れるが道沿いは刈り込まれていて苦になら
ない。小さな鞍部を越えた先が戒場峠。昔から良く歩かれていた感じのする峠で、ここに
も道標があって、峠を下れば「山部赤人の墓」に出られるようである。直進して戒場山に
取り付く。

 反射板から眺めたように、ここからは結構きつい登りである。振り返れば額井岳が綺麗
に見えるポイントがあるがそれもすぐに雑木の陰。適当に立ち止まっては息を整える。や
がて植林帯に入ると、すーっという感じで傾斜が緩み、木に架けられたプレート類が目に
入る。その下に南向きの欠けのない三等三角点があった。全く展望はないが静かな山頂で
ある。小休止。

 戒場山の人工林に覆われた山頂から南側は、地形図では崖の表示。そこでルートは東へ
迂回する。こちらも急傾斜であるが距離的には短い。すぐに明るい伐採地に飛び出す。振
り返れば東の支峰(Ca740m峰)を従えた額井岳の端正な姿。一息入れるには良い所だ。
お茶を一口含んで再び小休止である。

 再び暫く降ると、榛原町の設置した道標が立つ峠に至る。指示の通り右折して、薬師山
と呼ばれる裏山から逆落としの如く一気に下る。辺りは山襞の浅い沢という感じで、疎ら
に生えた杉、桧と雑木の混交林である。倒木が転がるので足元を気にしながらではあるが、
仰げばカエデの黄色から紅への美しいグラデーションが目に飛び込んでくる。エノキもハ
ラハラと黄色い葉を降らせる。シャガの緑と好対照だ。

 やがて、足元遥か下に車の屋根が見えてくる。寺の甍も目に入るようになると、それは
ぐんぐん近づいてくる。降り立った駐車場の横には、サネカズラのルビー色の実が沢山ぶ
ら下がっている。

 寺の隣はひっそりとした戒場神社。噂に聞いていたホオノキの巨木がある。目通り6.
2m。樹齢300年は下らないそうで、真ん中は完全な空洞であったが、ヒコ生えがそこ
に根を下ろしていて、老いて益々盛んである。

 神社と地続きの寺の境内は一面イチョウの落ち葉。まるで黄色い絨毯を敷き詰めた如き
壮観さ。これも天然記念物のお葉つきイチョウの落ち葉だった。

 戒長寺は別名「戒場薬師」と呼ばれるように藤原末期の薬師如来を本尊とする真言宗御
室派の古刹。聖徳太子が創建したともいわれ、平安時代には隆盛を極めたともいう。本堂
に向かうと、内陣が開かれていて、運良く本尊の前立の半丈六の薬師如来が拝める。大き
いなと感心していると住職が上がれという。おまけに案内してくれるという。言葉に甘え
て上げてもらうことにした。

 秘仏の榧の一木彫の薬師如来立像、珍しい半跏の地蔵菩薩像、千手観音像等を案内して
もらう。おまけに薬壺から膏薬を掌に頂いたが、カラメルの匂いがした。
「また時間があったら寄れ。」とおっしゃる。機会があれば寄せて頂こう。

 寺の前は地形図にも記載されている長い石段。両側にアジサイが植栽されている。梅雨
時もなかなか風情があるに違いない。石段を下りるとそこは戒場集落で、散在する農家の
間の畑の前には、採れたて野菜を売る屋台がある。農家の庭からおばあさんが出てきて、
タカノツメは要らんかと勧める。この長閑な秋の風景は大阪では考えられんなぁ。

 真正面に聳える額井岳を眺めながら山部赤人の墓方面へ進む。時おり、三郎ヶ岳を始め
とする室生の山々が折り重なってたたなづく様が左手に。流石、『隠口』の初瀬の奥の山
々である。なんと山深いんだろうかと思わずにいられない。

 うねうねと額井岳の山裾をトレースすると林道出会い。戒場峠からの道はここへ出てく
るらしい。やがて前方にこんもりとした林と東屋が視界に入ってきた。

 山部赤人の墓は鎌倉期らしき大きな古い五輪塔である。赤人の歌を彫った石碑がある。

『あしひきの山谷越えて野づかさに今は鳴くらむ鶯の声』万葉集

山部赤人の墓と云われる五輪塔

 杉木立の中に天満台東三丁目への木札がぶら下がっているが、ここは再び舗装路に引き
返す。ぶらぶら歩いて額井の民家の庭先を巡り、右にカーブすれば出発点の一八神社の赤
い鳥居に戻る。そこから駐車地迄は15分程。農家の軒先の柿の実が、傾いた陽を照り返し
ていたのが印象的であった。

 気楽に周回するはずが、殊の外、手応えのある良い山歩きとなった。しっとりと深まる
秋の大和路でした。



【タイムチャート】
9:30自宅発
10:55〜11:00広域農道赤瀬集落付近(駐車地 Ca410m)
11:20〜11:22十八神社
11:30額井岳林道出合
11:32森嘉林道分岐
11:55〜11:57都祁村コース出合
12:08〜13:10額井岳(812.6m 四等三角点)
13:20鞍部
13:26〜13:30水資源開発公団反射板
13:52戒場峠(Ca600mピーク)
14:08〜14:20戒場山(737.6m 三等三角点)
14:27〜14:30戒場山東の伐採地
14:45〜15:30戒長寺
15:55〜15:56山部赤人の墓
16:05十八神社
15:10広域農道赤瀬集落付近(駐車地)


額井岳のデータ
【所在地】奈良県宇陀郡榛原町、奈良県山辺郡都祁村
【標高】812.6m(四等三角点)
【備考】 大和高原が中央構造線の地溝に落ち込む部分に盛り上が
る室生火山帯に属する山で、その秀麗な姿から大和富士
とも呼ばれます。山頂には水神が祀られ、旱魃時には「
岳まいり」と称して登られたようです。北の麓にはスズ
ランの自生地があります。
■近畿百名山■関西百名山
戒場山のデータ
【所在地】奈良県宇陀郡榛原町、奈良県宇陀郡室生村
【標高】737.6m(三等三角点)
【備考】 額井岳の北東に連なる山です。南麓の戒長寺は飛鳥時代
創建といわれる古刹です。近くに山部赤人の墓があり、
額井岳と合わせて周回すれば、歴史ハイクが楽しめます。
【参考】2.5万図『初瀬』



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