ゼフィルスの森から三草山
 平成14年12月14日(土)
【天候】晴れ
【同行】単独
ゼフィルスの森の清々しい雑木林から望む三草山


 ゼフィルスとは一般に聞き慣れない言葉だが、ギリシャ語で『西風の精』。ラテン語で
は森林性の蝶、ミドリシジミの仲間のことを示すらしい。「大阪みどりのトラスト協会」
が中心となって、能勢の三草山でそのシジミチョウの保護運動を行っているという。その
ゼフィルスの森がを通るコースが『大阪環状自然歩道』に指定されていると聞き、歩いて
みる事にした。

 能勢町山辺でR173と分かれ、大阪府民牧場を左に見て、北へ向かう。以前、来た時
はこの辺りに車を置いたが、今回は例によっての出遅れを挽回しようと更に進むことにし
たが、うっかり神山への道を見逃した。それが為に長谷川沿いの新しい舗装路を走ること
になり、グルッと大きく迂回する羽目になってしまったのだが、却って今日のハイライト、
日本の棚田百選に選ばれたという長谷の棚田や、三草山の全貌を収めることが出来、なか
なかの絶景に出会えたのである。

 上所(かみんじょ)から下って神山へ戻り、慈眼寺の横の広くなった路肩に車を置かせ
てもらう。そこから西へ寺を廻り込めば、直ぐにゼフィルスへの森へ誘う環状自然歩道の
標識と、農道が山懐へ延びている。ゼフィルスの森まで1.2q、三草山へは1.9q。

 農道を登っていくに従って、南側は大きく広がって、横尾山、剣尾山など奧能勢の最高
峰が威勢良く居並んでいる光景が広がる。とりわけ、トンビカラの高圧鉄塔が良く目立つ。
横尾山の左肩には、なんと深山の白いドームまで顔を出しているのには驚いた。

 分岐が二カ所あるが何れも左。二つ目の分岐には石垣で囲った、古墳の石室のような建
造物がササに隠れて口を開いていたが、何だったのだろうか?

 左手に小さな池。ここまで車で入れるようだ。傾斜が緩むとCa420mの峠で、能勢町
教育委員会の説明板には清山寺跡とある。成る程、建物があったような感じがする場所だ。
その説明板によると、清山寺の由来は推古朝時代に遡る。白髪の翁が三草を手に現れ、そ
の三草が忽ち観音、不動、毘沙門に変わったのを畏れて堂宇を建てたのが始まりだそうだ
が、能勢塩川合戦などで悉く灰燼に帰してしまったとのことだ。

 その峠の辺りで、初老の小父さんとその連れ合いらしい女性、それに孫娘らしい中学く
らいの女の子が作業中である。栗かクヌギの枝が切り揃えられて山積みにされている。
「こんにちは。椎茸のほだ木ですかぁ?」
「そうです。」
のっそりと小父さんは答える。さっきのほだ木にされたのか、付近の直径30p位のクヌ
ギの木は全部切り株になっている。見知らぬ男に声懸けられたのが不審だったのか、生来
の無口なのか、あまり相手になりたくなさそうな素振りがほの見えたので、それ以上はこ
ちらも話しかけるのを遠慮する。

 右に曲がって良く踏まれた綺麗な踏み跡を行く。猪名川町側は雑木、能勢町側は桧の植
林である。所々にある大きな石は自然のものでなく清山寺に関連があるものだそうだ。

 雑木が出てくる。足元は靴が埋まる程の落ち葉。やがて鞍部。ゲートが見えてきて、そ
こがゼフィルスの森の森上側の入口であった。

 ナラガシワ、タンコウバイ、コナラ、クヌギ等々。化石燃料が一般化する前の里山はか
くあらんと思えるような雑木の森である。明るく、清々しい。人間と鳥や獣が共生する山
である。あちらこちらに認められる黄色い筒で囲われたのはゼフィルスの餌になる木々の
苗木らしい。
ゼフィルスの森の清々しい雑木林

ゼフィルスの森の縁を辿るように踏み跡は付けられている。ゆったりした斜面を登る内に
「ゼフィルスの森」と書かれた標識の後ろの疎林越しに三草山がもっこりと顔を出す。背
の低いササ原を抜けると、あまり手入れの良くない人工林で、丸太で補強された階段が現
れる。頂上直下、傾斜が増すがそれも暫らく。環状自然歩道の標識の横を抜けると懐かし
い5年ぶりの頂上であった。

三草山の広い山頂の中央にある三等三角点

 気のせいか、前に登った時より南側の眺望が良く感じる。妙見山や高代寺山が近い。そ
して長く伸びる稜線は五月山から六個山、奥箕面の鉢伏山、明ヶ田尾山。阪神高速の橋脚
の向こうには大阪空港から大阪市街。OBPやキタのビル群が良く見え、ATCの高層ビ
ルの向こうには大阪湾が霞んでおり、二上山らしき山影まで認められる。中山連山から六
甲の山並みの手前は川西の新興住宅地がびっしりと。それに比して眼下の槻並や阿古谷の
集落は昔ながらの家屋が点々と。あいだからのんびりと野焼きの煙が上がっている。

 そんな景色を眺めながら、山頂南側の日向ぼっこが出来る斜面で遅い昼食とした。食後
のコーヒーを入れながら、前回は三角点にコーヒーカップを置いたなぁなんて思い出す。

 それにしても静かだなぁ。人気の山だし土曜で暖かいのに、上がってきたのは才ノ神峠
からの中年夫婦のみ。それもすぐに下山していかれた。殆んど独り占めの山頂である。

 下りは才の神峠へ廻る。以前よりは余程歩き易くなっている。滑りやすい斜面には、こ
こにも丸太の階段。松の倒木が一箇所あった以外は何の障害物も無かった。

 人工林からは傾斜も緩んで、まもなく8本の道が集合離散する才ノ神峠である。三草山
の登山口の向かいに南無妙法蓮華経の石標と道しるべ、その間に小さな石仏が鎮座してい
る、まことに峠らしい峠である。これで茶店でもあれば最高なのだが....。(笑)

 時間があれば竜王山に廻るつもりであったが、石油ファンヒーターが壊れ、家人とM電
化へ買いに行く為、早く戻らねばならない羽目に。で、竜王山は早春にでも訪れることに
して今日は戻ることに。

 能勢側へ下るのに、前回は美濃谷から登ってくる林道の一つ左側の林道を下ったので、
今回は一番左の舗装路を下ることにする。200m程進むと右手が開けてきて、眼前に棚
田から剣尾山の山並み迄がバァッと広がる一大パノラマが展開する。地上に映る雲の影ま
でクッキリなのである。何時まで眺めていても見飽きないのだが、なかなか下の道へ降り
ることが出来ないのには閉口する。(^^;)

林道途中から棚田を隔てて望む横尾山と
剣尾山には雲の影が

 仕様がないので棚田の畦を通らせてもらうことにする。するとあることに気づいた。そ
れぞれの棚田は、斜面に作られている関係上、上の棚田との間に段差というか、壁がある
わけだが、その壁の中央に人頭大の石で作られた樋の様な建造物があるのだ。どうもこれ
が『がま』という灌漑施設の出口であるらしい。棚田の地下に水路を作り、上の棚田に水
を入れて余った水がこの水路に落ちて下の棚田に流れる仕組み。こうして水を上から下へ
有効利用すると同時に、地下にすることで狭い田の面積を水路で損なわない工夫がなされ
ているのだ。狭い棚田は10坪にも満たないが、米に賭ける先人の執念を垣間見た感じで
ある。うーん、その知恵、勉強になるなぁ。

 茅葺の農家も点在する長谷の集落は、失礼ながら大阪府とは思えない日本の原風景であ
る。早苗たなびく初夏皐月、畦に彼岸花が咲き、稲穂が黄金に染まる仲秋、淡雪被る冬景
色と四季折々の姿が彷彿としてくる。

棚田の向こうに茅葺きの農家。日本の農村って
感じがしませんか?

 畦を伝いながら、漸く能勢町営バスが通る車道に出る。ぽくぽくと下所、美濃谷、神山
とバス停を過ぎ、三草山の北麓を巻いて慈眼寺へ戻る。

 慈眼寺は室町時代の宝篋印塔がある臨済宗の寺。周囲はしっとりとした民家が点在する
落ち着いた雰囲気である。なんか時がゆったり流れる感じだなぁ。

 そんな雰囲気に名残を惜しみつつ、西日が翳って早くも夕色迫る能勢を後にしたのでし
た。


【タイムチャート】
10:30自宅発
11:55〜12:00慈眼寺横(駐車地 Ca260m)
12:03三草山登山口
12:20〜12:22清山寺跡
12:30〜12:35峠(ゼフィルスの森のゲート)
12:52〜13:45三草山(564.1m 三等三角点)
13:55〜14:00才ノ神峠
14:20長谷集落
14:50慈眼寺横(駐車地 Ca260m)



三草山のデータ
【所在地】大阪府豊能郡能勢町
【標高】564.1m(三等三角点)
【備考】秋晴れの能勢三草山』をご覧下さい。
【参考】2.5万図『妙見山』、エアリアマップ『北摂の山々』



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