貴公子低山紀行〜初秋の大和三山巡り

平成13年 9月16日(日)
天候: 晴れたり曇ったり
同行: 単独
天の香具山付近の北浦から藤原京址越しに畝傍山
遠景は金剛、葛城の山並み


 日曜の朝。夜来の激しい雨からは想像も出来ない真っ青な空が広がっている。この好天
を逃すのは惜しい。が、機先を制された身には、俄に何処へ行くという当ても無し。こう
いう時は時間だけが刻々と過ぎて行く。それと反比例する如く増していく焦燥感。

 ふと頭を掠めたのが、何故か「三山」と言う言葉。「三山」と言えば「大和三山」。だ
が、果たして登れるのだろうか?とくに畝傍山は橿原神宮の境内のような気が...。ま
あ何はともあれ、行くだけ行ってみよう。明日香の地は他にも見所は多いし...。とい
う訳で10時過ぎに家を飛び出す。

 今日は市街地にある標高200mにも満たない低山。山というよりは丘に近い。そこで
足元はデッキシューズ。ジーンズ地のデイパックにデジカメとタオルを放り込んだだけと
いう軽装。食料もお茶も現地でと、行き当たりばったりのお手軽模様。が、少々甘く見す
ぎたところもあったよう。水だけは常に手元に用意しておくべきでした。

 ところで大和三山には面白い伝承がある。中大兄皇子の歌。
「香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相争ひき 神代より かくなるらし いにしへも
 然なれこそ うつせみも 妻も あらそふらしき」
 畝傍山を女山とし、男山の耳成山と香具山が相争ったというのである。額田王と中大兄
皇子、大海人皇子の三角関係を三山に例えて詠ったのか?。その他にもよく似た桜児の伝
説や蔓児の伝説も万葉集にある。そういえば三山は三角関係を現すように等距離に綺麗に
並んでいる。

@耳成山
畝傍山から望む耳成山

 西名阪道は香芝ICで降りて、R165からR24に入る。二上山から金剛・葛城の山
並みが近い。まず最初は耳成山へ。近鉄大阪線大和八木駅と耳成駅の中間辺り北側に見え
る山である。後で読んだ説明によれば、もともと火山であったのが、盆地の沈降によって
頂上部だけが取り残された死火山だそうだ。遠くから見て耳が無いように見えることから
『耳無』転じて『耳成』となったとのこと。

 幹線道路から住宅地の生活道路に折れて進むと、山沿いに周回する道になる。やがて右
手に公園が見えてきて車も数台止まっている。丁度、左手に鳥居がある辺りに車を止める。

 式内社の耳無山口神社の参道の右手には、耳成山を周回する道もあるようだ。やや荒れ
てシダが生えこみ、湿っぽい感じの参道の右手には寄進された石灯籠が続く。カシの木が
覆い被さる辺りは薄暗い。黄金グモを始めとするクモの巣。犬の鳴き声や近鉄電車の音が
下から登ってくる。5分ほどで高皇産霊神、大山祇神の二神を祀る山口神社の拝殿下に出
た。苔むした狛犬。どこからともなくすり寄ってきた藪蚊がうるさい。古い絵馬の懸かる
拝殿を潜ると左手に小さな金比羅社。雨戸の閉まった社務所のような建物の縁側で地元の
方が雑談中。挨拶して「山頂へは行けますか?」と問うと、そこの踏み跡を辿っていけば
良いとのこと。カシの林の薄暗い落ち葉道を抜ければ直ぐに山頂であった。

明治天皇統監記念碑と耳成山の三等三角点

 ササの茂る中に南向きの綺麗な三等三角点。それもそのはず平成10年に再埋設された
もの。その横には明治百年記念の石碑が建つ。なんでも明治41年に明治天皇が陸軍の演
習をここから統監した記念の碑らしく、その頃は周囲がよく眺められたのだろうが、現在
は木々が茂って眺望は良くない。その間にもちょくちょくと地元の人が上がってくる。ウ
ォーキングをする人、夫婦。散歩のおじさん。地元のいい散歩道になっているよう。道理
で道があちこち錯綜しているはずだ。西南側に降りていくと神社の石段の横に出た。

 参道を戻り公園に出てみる。向こう側は池。前述の蔓児の入水したと云われる池ではな
いようだが、水草が茂っていわくがありそう。その向こうにはたおやかな畝傍山や天の香
具山。左手には多武峰が望めた。

「耳無の 山のくちなし得てしがな おもひの色の 下染にせむ」 よみひと知らず

A畝傍山
 次は畝傍山。三山の内では最高峰である。といっても200m程だが...。そして、
これほど歴史に翻弄された山はない。戦前のある時期には頂上に茶店があるほど親しまれ
た山。そして神武天皇陵建設。戦争中の国粋主義時代には、畝傍山へ登ることさえ不敬罪。
そして戦後。

 近鉄の踏切を南へ抜けて幹線道路へ戻る。観音様で有名な小房から南へ。鬱蒼とした橿
原神宮の杜の左手、橿原市体育館前に駐車場があったので拝借させて頂く。
 
 弓道の試合があると見えて体育館周辺は多くの高校生がたむろしていた。その間を縫い、
道路を横断して大きな木の鳥居の下に出る。さて、登り口を捜さねばならない。とりあえ
ず山に近づこうと砂利の敷かれた広い参道を西へ。「空母翔鶴の碑」「甲種飛行学生の碑」
を右に見てしばらく行くと、右手の小径に「畝傍山登山口」のプレートを発見。意外に早
く見つかった。しめしめ。(^0^)

 1m幅の整備された道である。左に澱んだ池、右に庚申塔や地主神であろう東大谷日女
命神社を見て、道はゆるゆるとした登り勾配で山腹を巻きながら続く。雑木が茂って鬱蒼
としているが、しばらくすると左手が開けて、明日香周辺や多武峰、音羽山塊が目の前に
広がる。先行していた初老の男女3人グループが喚声をあげていた。

 グループを追い抜き先に歩を進める。道は相変わらず山腹の巻き道。いっかな高度が上
がらない。風もなく蒸し暑くなってきた。喉が渇く。ところが、食べ物はおろか水も持参
していない。もっと簡単に登れると思っていたが、意外に山歩きをさせられる。右に緩や
かにカーブする辺りでは、左手は予想外の深い傾斜であった。

 漸く前方左手に頂上と思われる高みが望めるようになる頃、畝火山口神社からの道との
合流点に出る。右ヘアピンカーブし、序々に傾斜が増してきたと思ったらようやく頂上手
前の緩い尾根であった。蒸し暑さに少々汗をかいた。水を持ってくりゃ良かったと後悔し
ても後の祭り。

 ここにも説明板がある。畝傍山も耳成山と同じく死火山だそうだ。頂上はそこから50
mほど。明るい小広場という感じ。モミらしき大木と何かの建物跡らしき礎石があり、そ
の奥に小石にまみれた三等三角点がある。

結構広い畝傍山の山頂。意外に展望抜群

 期待をいい方に裏切ったのはその展望の良さ。予想していなかっただけに得をした気分
である。東は木々に阻まれているものの、他の三方はなかなかの眺め。東南は明日香から
多武峰、音羽山塊が。西には金剛・葛城の山並み。葛城のケーブルの軌道がよく見える。
更に二上山から生駒山。北は遠く愛宕山から比叡山、鷲峰山。若草山、竜王山、三輪山か
ら隠国の初瀬の山々。いい眺め。うまし国だ。

B天の香具山
膳夫付近から天の香具山

 最後は天の香具山。持統天皇の「春過ぎて夏来るらし白妙の衣干したり天の香具山」で
名高い山である。多武峰から派生した支尾根のまた支尾根という感じの山だが、古代の神
はこういう場所が好きだったという。『天降りつく(あもりつく)』と詠われるように、
『天』という枕詞のつく特別な山であった。

 畝傍山から東に向かう。ここもまず登山口の探索から。集落を抜けてヒガンバナが群れ
咲く稲田の中の舗装路。角の何かの店に入ろうとする茶髪のバイク兄さん。
「すみませ〜ん。天の香具山の登り口はどこですかぁ?」 
「あの、今車が走っているところの先の信号を左に行くといいっすよ。」
丁寧に教えてもらえた。

 教えられたとおり信号を左折すると登り勾配の道は山の中に入って行く。しばらく進む
内に「万葉の森」の表示とバス停。その付近に小さな駐車地があったので停める。

 駐車地の横に万葉の森の案内図があった。森の中は縦横に遊歩道が走っているが、道な
りに高みへ登っていけば香具山へ行き着けそうである。

 コンクリートの道を歩いていくと、大型ゴミの不法投棄。誰だろう。不謹慎な輩もいる
もの。(-ヘ-#)

 道は所々に道標があるので迷うことはない。心なしか力のないツクツクホウシの声を聞
きながら右手に折れると「ハチ、マムシに注意」の看板。そういえばジメッとして、いか
にも出てきそうな雰囲気がある。更に階段を登った先に梯子。ここを登ると緩い尾根に乗
った。丈の低いササが疎らに茂る植林の中である。尾根沿いに踏み跡をたどると祠が見え
てきて、ちょっとした広場に飛び出した。右に国つ神の国常立神、左は雨乞いの神、高竈
神を祀る祠が立つ。

 山頂に立ってデジカメで撮影していると、南からご夫婦が上がってこられた。奈良から
来られたとかで、南浦から登ってきたという。三山巡り出来ますよと教えると、これから
行ってみると張り切っておられた。もっとも奥さんは乗り気でなかったような...。

「大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登りたち 国見をすれば 国原は
煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は」 舒明天皇

天の香具山山頂の国常立社と高竈社

 さて、車に戻って北に山を降ると「膳夫(かしわで)」。難しい地名だが、聖徳太子の
后に膳手姫、非業の最期を遂げた長屋王の子に膳夫王がいる。いずれもこの辺りに関係す
るのに違いない。

 膳手から西へ。重く頭の垂れた稲穂の中の道を行くと西の方に畝傍山が神奈備山を思わ
せる優美な姿を見せる。北に耳成山、南に香具山。この近くには藤原京の大極殿があった
というから、大海人皇子や持統天皇もこの景色を朝な夕なに眺めたであろう。車を降りて
写真を一枚。畦には真っ赤なヒガンバナ。本格的な秋の訪れも近い明日香を久しぶりに愉
しんだ一日でした。



【タイムチャート】
10:10自宅発
11:30耳成山公園
11:37耳無山口神社
11:42〜11:50耳成山(139.7m 三等三角点)
12:00耳成山公園
12:20橿原市体育館
12:25畝傍山登山口
12:45〜12:55畝傍山(199.2m 三等三角点)
13:15畝傍山登山口
13:45万葉の森公園駐車地
13:55〜14:05天の香具山(152m)
14:15万葉の森公園駐車地



大和三山のデータ
【所在地】 奈良県橿原市
【標高】  天の香具山(152m)
      畝傍山(199.2m(三等三角点))
      耳成山(139.7m(三等三角点))
【備考】  日本で最も有名で最も歴史的に古い三山でしょう。藤原
      京の左右にあった神奈備山であったと思われ、畝傍山、
      耳成山は元々、火山で橿原の盆地が沈降した際に取り残
      された山だといわれています。周囲は歴史的な史跡が多
      く、歴史探訪がてら、手軽なハイキングが楽しめます。
      最寄りは近鉄大阪線大和八木駅、橿原線橿原神宮駅等で
      す。



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